深川浅景

4話 深川浅景(4)

3,672字 約7分 2018年2月2日 公開

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「お(かほ)を、ご(らん)()りますか。」

「いや()ういたして。……」

「こゝで(はい)をして(まゐ)ります。」

 と、同伴(つれ)もいつた。

 ()はよく(きよ)めたけれども、(はね)()げて、よぢれた(すそ)は、これしかしながら天女(てんによ)(めん)すべき風體(ふうてい)ではない。それに、蝋燭(おらふ)取次(とりつ)いだのが、(だう)()(ひと)だと、ほかに(ことば)があつたらう。居合(ゐあ)はせたのは、近所(きんじよ)から一寸(ちよつと)留守番(るすばん)(たの)まれたといつた前垂(まへだ)(がけ)年配者(ねんぱいしや)で、「お(かほ)を。」――これには遠慮(ゑんりよ)すべきが當然(たうぜん)(こと)(いま)(おも)ふ。()して、バラツクの假住居(かりずまひ)(えん)に、端近(はしぢか)だつた婦人(ふじん)さへ、(やま)()から(あし)()けた不意(ふい)侵入者(しんにふしや)に、(かほ)()せなかつた即時(そくじ)であつた。

 潮時(しほどき)(おも)はれる。(いけ)(みづ)はやゝ()したやうだが、まだ材木(ざいもく)波立(なみだ)たせるほどではない。場所(ばしよ)によると、(まち)()になつた(ところ)もあるのに、(おぼ)えて一面(いちめん)(あし)(しげ)つた(いけ)(へり)は、右手(みぎて)にその(あし)(たけ)ばかりの小家(こや)()ウばかり(かず)(なら)べて、(あし)()んだ(すだれ)(まばら)に、(そろ)つて野草(のぐさ)()えぬ露出(むきだし)背戸(せど)である。しかし、どの(うち)も、どの(うち)も、裏手(うらて)水口(みづぐち)勝手元(かつてもと)(みな)草花(くさばな)のたしなみがある、(この)みの盆栽(ぼんさい)()()ぜて。……失禮(しつれい)ながら、缺摺鉢(かけすりばち)松葉牡丹(まつばぼたん)蜜柑箱(みかんばこ)のコスモスもありさうだが、やがて(なつ)(なか)ば、(あき)をかけて、手桶(てをけ)(たらひ)(まないた)柄杓(ひしやく)()にも朝顏(あさがほ)(つる)など()けて、家々(いへ/\)後姿(うしろすがた)は、花野(はなの)(おび)白露(しらつゆ)()るであらう。

 (いろ)なき(いへ)にも、草花(くさばな)姿(すがた)は、ひとつ/\(をんな)である。(のき)ごとに、(かほよ)(むすめ)がありさうで、(みな)(やさ)しい。

 (よこ)のこの()ならびを正面(しやうめん)に、(かぎ)()になつた、工場(こうぢやう)らしい一棟(ひとむね)がある。――その(ほそ)()れめに、(ちひ)さな()(はし)(わた)したやうに()()つたのは、(をり)から小雨(こさめ)して、四邊(あたり)(もや)(かゝ)つたためで、同伴(つれ)注意(ちうい)()つまでもない。ずつと見通(みとほ)しの、油堀(あぶらぼり)から入堀(いりぼり)(みづ)に、(よこ)(わた)した小橋(こばし)で、それと丁字形(ちやうじがた)に、眞向(まむか)うへ、(あめ)(やなぎ)絲状(いとざま)()けて、(たて)弓形(ゆみなり)()つたのは、(すなは)ち、もとの渡船場(わたしば)()へた、八幡宮(はちまんぐう)不動堂(ふどうだう)(まゐ)(はし)であつた。

「あなたが、泥龜(すつぽん)()げたのは――()うすると、あの(へん)ですね。」

「さあ、あの渡船場(わたし)(まよ)つたのだから、よくは(わか)らないが、()(へん)だらうね。(なに)しろ、もつと家藏(いへくら)立込(たてこ)んで()たんだよ。」

(したが)つても(へん)ですが、……(とも)だちが、女郎(ぢよらう)幽靈(いうれい)()()かれたのは、工場(こうば)向裏(むかひうら)あたりに()るかも()れません。――()()へば、いま()た、……特選(とくせん)(まれなり)も、ふつと()えたやうで、()んだか(あや)しうございますよ。」

御堂前(おだうまへ)で、(なに)をいふんだ。」

「こりや()うも……景色(けしき)見惚(みと)れて、また鳥居際(とりゐぎは)()つてゐました。――あゝ八幡樣(はちまんさま)大銀杏(おほいてふ)が、遠見(とほみ)(はし)のむかうに、(つゐ)青々(あを/\)として()()るやうです。(すゞ)しさうにしと/\と()れてゐます。……震災(しんさい)()けたんですが、神田(かんだ)明神樣(みやうじんさま)のでも、何所(どこ)のでも、銀杏(いてふ)(えら)うございますな。しかし苦勞(くらう)をしましたね、彼所(あすこ)()つたら、敬意(けいい)(へう)して挨拶(あいさつ)をしませうよ。石碑(せきひ)がないと、くツつけて夫婦(いつしよ)にして()たいんですが、あの眞中(まんなか)横綱(よこづな)邪魔(じやま)ですな。」

馬鹿(ばか)(こと)を――相撲贔屓(すまふびいき)()くと(なぐ)るからおよし。おや、(うま)(とほ)る。……」

 (はし)(うへ)を、ぬほりとして(おほ)きな(うま)が、大八車(だいはちぐるま)()きながら。――(とほ)くで(かつ)(おと)がしないから、(はし)()くのが一本(いつぽん)角木(かくぎ)()つて、宛如(さながら)(くう)()るやうである。

 ハツと(おも)ふほど、(うま)(はら)とすれ/\に、(くら)から(すべ)つた(しんぞ)一人(ひとり)。……白地(しろぢ)浴衣(ゆかた)に、友禪(いうぜん)(おび)で、島田(しまだ)らしいのが、(かさ)もさゝず、ひらりと(あら)はれると、(うま)(かく)れた、――(なに)(いけ)のへりの()(うち)か、その裏口(うらぐち)から()たのが、丁度(ちやうど)(とほ)くで(うま)(はし)()むトタンに、その姿(すがた)(かさ)ねたのである。

 (あめ)面白(おもしろ)さうに、(なか)(くら)工場(こうば)裏手(うらて)廂下(ひさしした)を、(いけ)について、白地(しろぢ)をひら/\と(てふ)(そで)(つた)つて()く。……その風情(ふぜい)(やは)らげられて、工場(こうぢやう)(すみ)に、眞赤(まつか)()ゆる()が、凌霄花(のうぜん)(かげ)(みづ)()げた。

 (しんぞ)がうしろ()きになつて、やがて、工場(こうば)について(まが)(きし)から――その(おく)にも(ほり)(つゞ)いた――高瀬船(たかせぶね)(ふる)いのが、(なゝめ)正面(しやうめん)()つて、(へさき)蝦蟆(がま)(ごと)く、ゆら/\と()(きた)り、(なか)(いけ)(すみ)(あら)はれると、後姿(うしろすがた)のまゝで、ポンと()んで、(しんぞ)蓮葉(はすは)に、(かる)(ふね)(うへ)へ。

 そして、()()船頭(せんどう)()振向(ふりむ)いた。(とつ)さんに(あま)えたか、小父(をぢ)さんを(むか)へたか、兄哥(あにき)にからかつたか、それは()らない。振向(ふりむ)いて、うつくしく(みづ)(うへ)莞爾(につこり)した(くちびる)は、(くも)薄暗(うすぐら)(いけ)(なか)に、常夏(とこなつ)一輪(いちりん)()いたのである。

 永喜橋(えいきばし)――町内持(ちやうないも)ちの、いましがたの小橋(こばし)と、渡船場(わたしば)()けた(はし)と、丁字形(ちやうじがた)になる(ところ)に、しばらくして(わたし)たちは(また)たゝずんで、冬木(ふゆき)(いけ)(はう)振返(ふりかへ)つたが、こちらからは、よくは見通(みとほ)せない。高瀬(たかせ)蝦蟆(がま)()(しんぞ)()()つたあたりは、(あし)のない、たゞ稗蒔(ひえまき)(はち)である。

 いふまでもなく、辨財天(べんざいてん)境内(けいだい)から、こゝへ()るには、一町(ひとまち)、てか/\とした床屋(とこや)にまじつて、八百屋(やほや)荒物(あらもの)(みせ)(にぎは)ひ、二階造(にかいづく)りに長唄(ながうた)三味線(しやみせん)(きこ)える(なか)(とほ)つた。が(きふ)一面(いちめん)燒野原(やけのはら)(ひだり)(ひら)けて、永代(えいたい)あたりまで打通(ぶつとほ)しかと(おも)はれた(ところ)がある。電柱(でんちう)とラヂオの(たけ)が、矢來(やらい)(ごと)く、きらりと野末(のずゑ)仕切(しき)るのみ。「茫漠(ばうばく)たるものですな。」案内者(あんないしや)にもどこだか(もと)見當(けんたう)がつかぬ。いづれか大工場(だいこうぢやう)(あと)だらうで(とほ)つて()たが、(なに)不思議(ふしぎ)はない、(かつ)滿々(まん/\)鱗浪(うろこなみ)(たゝ)へた養魚場(やうぎよぢやう)で、業火(ごふくわ)(みづ)()き、(さかな)(けぶり)にしたのである。(はら)波間(なみま)()()りつ。(なぎさ)飛々(とび/\)苫屋(とまや)(さま)磯家(いそや)淺間(あさま)垣廂(かきひさし)の、(あたら)しい佛壇(ぶつだん)(のぞ)かれるものあり、古蚊帳(ふるがや)釣放(つりぱな)したのに毛脛(けずね)()けば、水口(みづぐち)(おほ)()てぬ管簾(くだすだれ)(した)に、柄杓(ひしやく)()()(しろ)さも露呈(あらは)だつたが、まばら(がき)あれば、小窓(こまど)あれば、(えん)()えれば……また()なければ、板切(いたぎれ)(たな)()み、葭簀(よしず)()てて、いひ()はせたやうに朝顏(あさがほ)(つる)()はせ、あづま(ぎく)、おしろいの(はな)、おいらん(さう)(すゝき)刈萱(かるかや)はありのまゝに、桔梗(ききやう)(はぎ)()ゑてゐて、(なか)には、(おほ)きな燒木杭(やけぼつくひ)空虚(うつろ)苔蒸(こけむ)丸木船(まるきぶね)(ごと)く、また貝殼(かひがら)なりに(みづ)()んで、水草(みづくさ)(はな)(しろ)く、ちよろちよろと噴水(ふきあげ)仕掛(しか)けて、(おも)はず行人(かうじん)(あし)()めるのがあつた。

 御堂(みだう)(うら)、また鳥居前(とりゐまへ)から、ずつと、()うまで、草花(くさばな)()(そろ)つた(ところ)は、(ほか)一寸(ちよつと)見當(みあた)らない。天女(てんによ)(そで)(かげ)()にも(つき)にも(うつ)つて、(やさ)しい(つゆ)がしたゝるのであらう。

 ――いま、(あらた)めて遙拜(えうはい)した。――家毎(いへごと)(した)しみの()(へう)しつゝ、(さら)(おも)へば、むかしの泥龜(すつぽん)化異(けい)よりも、(ふね)()んだ(しんぞ)姿(すがた)が、もう(ゆめ)のやうに(おも)はれる。……(いけ)のかくれたのにつけても。

 なんど、もの/\しく()ふほどの(こと)はない。(わたし)は、水畔(すゐはん)左褄(ひだりづま)が、屋根船(やねぶね)這込(はひこ)むのが見苦(みぐる)しいの、(あたま)から(もぐ)るのが無意氣(ぶいき)だのと――()ちさへしなければ()い――そんな(こと)(ろん)ずる江戸(えど)がりでは(だん)じてない。が、おはぐろ蜻蛉(とんぼ)(みを)(とま)つたと(おな)(やう)に、冬木(ふゆき)(しんぞ)早術(はやわざ)輕々(けい/\)見過(みすご)されるのが(いさゝ)かもの()りない。

 ()ぎつゝある(ふね)には、(きし)から()()けるのさへ、(じつ)一種(いつしゆ)冒險(ばうけん)である。

 いま、兵庫(ひやうご)岡本(をかもと)谷崎潤一郎(たにざきじゆんいちらう)さんが、横濱(よこはま)から(かよ)つて、某活動寫眞(ぼうくわつどうしやしん)世話(せわ)をされた(こと)がある。場所(ばしよ)深川(ふかがは)(えら)んだのに(さそ)はれて、()女優(ぢよいう)……(いや)撮影(さつえい)()出掛(でか)けた。(とし)(くれ)で、北風(きたかぜ)(さむ)()だつた。八幡樣(はちまんさま)門前(もんぜん)一寸(ちよつと)したカフエーで落合(おちあ)つて……いまでも(おぼ)えてゐる、谷崎(たにざき)さんは、かきのフライを、おかはりつき、(ぞく)こみ(あつら)へた。(わたし)(はら)(いた)めて()た。(なに)名物(めいぶつ)馬鹿貝(ばかがひ)(はまぐり)なら、(なべ)退治(たいぢ)て、相拮抗(あひきつかう)する勇氣(ゆうき)はあつたが、西洋料理(せいやうれうり)獻立(こんだて)に、そんなものは見當(みあた)らない。……(びん)ごと熱燗(あつかん)引掛(ひつか)けて、時間(じかん)()たから、のこり約一合半(やくいちがふはん)外套(ぐわいたう)衣兜(ポケツト)(しの)ばせた。洋杖(ステツキ)小脇(こわき)に、外套(オーバー)(えり)をきりりと()てたのと、連立(つれだ)つて、門前通(もんぜんどほ)りを(うら)へ――越中島(ゑつちうじま)(うね)つて(なが)るゝ大島川筋(おほしまがはすぢ)蓬莱橋(ほうらいばし)にかゝると、汐時(しほどき)見計(みはか)らつたのだから、(みづ)七分(しちぶ)()た。(わた)つた橋詰(はしづめ)に、寫眞(しやしん)一行(いつかう)(ふね)三艘(さんぞう)石垣(いしがき)についてゐる。(ひさ)しぶりだつたから、(わたし)川筋(かはすぢ)兩方(りやうはう)にながめて、――あゝ、おもひ(おこ)す、さばけた風葉(ふうえふ)、おとなしい春葉(しゆんえふ)などが、血氣(けつき)さかんに、(しも)()び、こがらしを()いて、()ふけては(あし)小窓(こまど)にもの(おも)(をんな)に、月影(つきかげ)すごく見送(みおく)られ、朝歸(あさがへ)(おそ)うしては、(とま)(かに)()阿媽(おつかあ)になぶられながら、川口(かはぐち)までを(いく)かへり、小船(こぶね)()がしたものだつけ。彼處(あすこ)に、平清(ひらせい)(うら)(まつ)()える。……一畝(ひとうね)りした(ところ)橋詰(はしづめ)加賀家(かがや)だらう。……やがて渺々(べう/\)たる蘆原(あしはら)土手(どて)になる。……

 (ふね)()()げたのに心著(こゝろづ)いた。――谷崎(たにざき)さんはもう()つてゐた。なぞへに()りて石垣(いしがき)()つと、(わたし)(たけ)ぐらゐな(した)に、(ふね)()べりが(よこ)づけになつて、中流(ちうりう)(はう)二艘(にそう)谷崎(たにざき)さんはその眞中(まんなか)寒風(かんぷう)()かれながら颯爽(さつさう)として()つてゐた。(まを)(わけ)をするのではない、(わたし)(あへ)(とも)だちを差置(さしお)いて女優(ぢよいう)()つたのを(えら)びはしないが、判官飛(はうぐわんとび)なぞ(おも)ひも()らぬ(こと)、その(ちか)いのに()らうとすると、()(あし)がとゞき()ねる。……「おつかまんなせえ。」(あか)(がほ)船頭(せんどう)(たく)ましい(かた)をむずと突出(つきだ)してくれたから、ほども樣子(やうす)心得(こゝろえ)ずに、いきなり抱着(だきつ)いた。が(ふね)()れたから、(かた)(すべ)つた()が、頸筋(くびすぢ)()いて、もろに、どさりと()しかゝつた。(なん)()うも、(はしら)(まくら)()ちつけて、男同士(をとこどうし)(かじ)りついた(かたち)だから、(わたし)だつて()れない(こと)だし、先方(せんぱう)(おどろ)いた、その(うへ)不意(ふい)重量(おもみ)船頭(せんどう)どのが(どう)()へどんと尻餅(しりもち)をついて一汐(ひとしほ)()びて「()野郎(やらう)!」(もつと)もだ、()野郎(やらう)(あらた)めていふに(およ)ばず、大島川(おほしまがは)へざんぶ、といふと運命(うんめい)にかゝはる、土手(どて)をひた/\となめる淺瀬(あさせ)(どろ)へ、二人(ふたり)でばしやりと()た。

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