「お顏を、ご覽に成りますか。」
「いや何ういたして。……」
「こゝで拜をして參ります。」
と、同伴もいつた。
手はよく淨めたけれども、刎を上げて、よぢれた裾は、これしかしながら天女に面すべき風體ではない。それに、蝋燭を取次いだのが、堂を守る人だと、ほかに言があつたらう。居合はせたのは、近所から一寸留守番に頼まれたといつた前垂れ掛の年配者で、「お顏を。」――これには遠慮すべきが當然の事と今も思ふ。況して、バラツクの假住居の縁に、端近だつた婦人さへ、山の手から蘆を分けた不意の侵入者に、顏を見せなかつた即時であつた。
潮時と思はれる。池の水はやゝ増したやうだが、まだ材木を波立たせるほどではない。場所によると、町が野になつた處もあるのに、覺えて一面に蘆が茂つた池の縁は、右手にその蘆の丈ばかりの小家が十ウばかり數を並べて、蘆で組んだ簾も疎に、揃つて野草も生えぬ露出の背戸である。しかし、どの家も、どの家も、裏手、水口、勝手元、皆草花のたしなみがある、好みの盆栽も置き交ぜて。……失禮ながら、缺摺鉢の松葉牡丹、蜜柑箱のコスモスもありさうだが、やがて夏も半ば、秋をかけて、手桶、盥、俎、柄杓の柄にも朝顏の蔓など掛けて、家々の後姿は、花野の帶を白露に織るであらう。
色なき家にも、草花の姿は、ひとつ/\女である。軒ごとに、妍き娘がありさうで、皆優しい。
横のこの家ならびを正面に、鍵の手になつた、工場らしい一棟がある。――その細い切れめに、小さな木の橋を渡したやうに見て取つたのは、折から小雨して、四邊に靄の掛つたためで、同伴の注意を待つまでもない。ずつと見通しの、油堀から入堀の水に、横に渡した小橋で、それと丁字形に、眞向うへ、雨を柳の絲状に受けて、縱に弓形に反つたのは、即ち、もとの渡船場に替へた、八幡宮、不動堂へ參る橋であつた。
「あなたが、泥龜に遁げたのは――然うすると、あの邊ですね。」
「さあ、あの渡船場に迷つたのだから、よくは分らないが、彼の邊だらうね。何しろ、もつと家藏が立込んで居たんだよ。」
「從つても變ですが、……友だちが、女郎の幽靈に手を曳かれたのは、工場の向裏あたりに成るかも知れません。――然う言へば、いま見た、……特選、稀も、ふつと消えたやうで、何んだか怪しうございますよ。」
「御堂前で、何をいふんだ。」
「こりや何うも……景色に見惚れて、また鳥居際に立つてゐました。――あゝ八幡樣の大銀杏が、遠見の橋のむかうに、對に青々として手に取るやうです。涼しさうにしと/\と濡れてゐます。……震災に燒けたんですが、神田の明神樣のでも、何所のでも、銀杏は偉うございますな。しかし苦勞をしましたね、彼所へ行つたら、敬意を表して挨拶をしませうよ。石碑がないと、くツつけて夫婦にして見たいんですが、あの眞中の横綱が邪魔ですな。」
「馬鹿な事を――相撲贔屓が聞くと撲るからおよし。おや、馬が通る。……」
橋の上を、ぬほりとして大きな馬が、大八車を曳きながら。――遠くで且音がしないから、橋を行くのが一本の角木に乘つて、宛如、空を乘るやうである。
ハツと思ふほど、馬の腹とすれ/\に、鞍から辷つた娘が一人。……白地の浴衣に、友禪の帶で、島田らしいのが、傘もさゝず、ひらりと顯はれると、馬は隱れた、――何、池のへりの何の家か、その裏口から出たのが、丁度、遠くで馬が橋を踏むトタンに、その姿を重ねたのである。
雨を面白さうに、中の暗い工場の裏手の廂下を、池について、白地をひら/\と蝶の袖で傳つて行く。……その風情に和らげられて、工場の隅に、眞赤に燃ゆる火が、凌霄花の影を水に投げた。
娘がうしろ向きになつて、やがて、工場について曲る岸から――その奧にも堀が續いた――高瀬船の古いのが、斜に正面を切つて、舳を蝦蟆の如く、ゆら/\と漕ぎ來り、半ば池の隅へ顯はれると、後姿のまゝで、ポンと飛んで、娘は蓮葉に、輕く船の上へ。
そして、艪を押す船頭を見て振向いた。父さんに甘えたか、小父さんを迎へたか、兄哥にからかつたか、それは知らない。振向いて、うつくしく水の上で莞爾した唇は、雲に薄暗い池の中に、常夏が一輪咲いたのである。
永喜橋――町内持ちの、いましがたの小橋と、渡船場に架けた橋と、丁字形になる處に、しばらくして私たちは又たゝずんで、冬木の池の方を振返つたが、こちらからは、よくは見通せない。高瀬の蝦蟆の背に娘の飛び乘つたあたりは、蘆のない、たゞ稗蒔の盤である。
いふまでもなく、辨財天の境内から、こゝへ來るには、一町、てか/\とした床屋にまじつて、八百屋、荒物の店が賑ひ、二階造りに長唄の三味線の聞える中を通つた。が急に一面の燒野原が左に開けて、永代あたりまで打通しかと思はれた處がある。電柱とラヂオの竹が、矢來の如く、きらりと野末を仕切るのみ。「茫漠たるものですな。」案内者にもどこだか舊の見當がつかぬ。いづれか大工場の跡だらうで通つて來たが、何、不思議はない、嘗て滿々と鱗浪を湛へた養魚場で、業火は水を燒き、魚を煙にしたのである。原の波間を出つ入りつ。渚に飛々苫屋の状、磯家淺間な垣廂の、新しい佛壇の覗かれるものあり、古蚊帳を釣放したのに毛脛が透けば、水口を蔽ひ果てぬ管簾の下に、柄杓取る手の白さも露呈だつたが、まばら垣あれば、小窓あれば、縁が見えれば……また然なければ、板切に棚を組み、葭簀を立てて、いひ合はせたやうに朝顏の蔓を這はせ、あづま菊、おしろいの花、おいらん草、薄刈萱はありのまゝに、桔梗も萩も植ゑてゐて、中には、大きな燒木杭の空虚を苔蒸す丸木船の如く、また貝殼なりに水を汲んで、水草の花白く、ちよろちよろと噴水を仕掛けて、思はず行人の足を留めるのがあつた。
御堂の裏、また鳥居前から、ずつと、恁うまで、草花に氣の揃つた處は、他に一寸見當らない。天女の袖の影が日にも月にも映つて、優しい露がしたゝるのであらう。
――いま、改めて遙拜した。――家毎に親しみの意を表しつゝ、更に思へば、むかしの泥龜の化異よりも、船に飛んだ娘の姿が、もう夢のやうに思はれる。……池のかくれたのにつけても。
なんど、もの/\しく言ふほどの事はない。私は、水畔の左褄が、屋根船へ這込むのが見苦しいの、頭から潛るのが無意氣だのと――落ちさへしなければ可い――そんな事を論ずる江戸がりでは斷じてない。が、おはぐろ蜻蛉が澪へ止つたと同じ樣に、冬木の娘の早術を輕々に見過されるのが聊かもの足りない。
漕ぎつゝある船には、岸から手を掛けるのさへ、實は一種の冒險である。
いま、兵庫岡本の谷崎潤一郎さんが、横濱から通つて、某活動寫眞の世話をされた事がある。場所を深川に選んだのに誘はれて、其の女優……否、撮影を見に出掛けた。年の暮で、北風の寒い日だつた。八幡樣の門前の一寸したカフエーで落合つて……いまでも覺えてゐる、谷崎さんは、かきのフライを、おかはりつき、俗にこみで誂へた。私は腹を痛めて居た。何、名物の馬鹿貝、蛤なら、鍋で退治て、相拮抗する勇氣はあつたが、西洋料理の獻立に、そんなものは見當らない。……壜ごと熱燗で引掛けて、時間が來たから、のこり約一合半を外套の衣兜に忍ばせた。洋杖を小脇に、外套の襟をきりりと立てたのと、連立つて、門前通りを裏へ――越中島を畝つて流るゝ大島川筋の蓬莱橋にかゝると、汐時を見計らつたのだから、水は七分來た。渡つた橋詰に、寫眞の一行の船が三艘、石垣についてゐる。久しぶりだつたから、私は川筋を兩方にながめて、――あゝ、おもひ起す、さばけた風葉、おとなしい春葉などが、血氣さかんに、霜を浴び、こがらしを衝いて、夜ふけては蘆の小窓にもの思ふ女に、月影すごく見送られ、朝歸り遲うしては、苫で蟹を食ふ阿媽になぶられながら、川口までを幾かへり、小船で漕がしたものだつけ。彼處に、平清の裏の松が見える。……一畝りした處が橋詰の加賀家だらう。……やがて渺々たる蘆原の土手になる。……
船で手を擧げたのに心著いた。――谷崎さんはもう乘つてゐた。なぞへに下りて石垣へ立つと、私の丈ぐらゐな下に、船の小べりが横づけになつて、中流の方に二艘、谷崎さんはその眞中に寒風に吹かれながら颯爽として立つてゐた。申し譯をするのではない、私は敢て友だちを差置いて女優の乘つたのを選びはしないが、判官飛なぞ思ひも寄らぬ事、その近いのに乘らうとすると、些と足がとゞき兼ねる。……「おつかまんなせえ。」赤ら顏の船頭が逞ましい肩をむずと突出してくれたから、ほども樣子も心得ずに、いきなり抱着いた。が船が搖れたから、肩を辷つた手が、頸筋を抱いて、もろに、どさりと乘しかゝつた。何と何うも、柱へ枕を打ちつけて、男同士噛りついた形だから、私だつて馴れない事だし、先方も驚いた、その上に不意の重量で船頭どのが胴の間へどんと尻餅をついて一汐浴びて「此の野郎!」尤もだ、此の野郎は更めていふに及ばず、大島川へざんぶ、といふと運命にかゝはる、土手をひた/\となめる淺瀬の泥へ、二人でばしやりと寢た。