婦系図

14話 婦系図(14)

7,442字 約15分 2000年8月17日 公開

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 県庁、警察署、師範、中学、新聞社、丸の内をさして朝ごとに出勤するその道その道の紳士の、最も遅刻する人物ももう出払って、――初夜の九時十時のように、朝の九時十時頃も、一時(ひとしきり)は魔の所有(もの)寂寞(ひっそり)する、草深町(くさぶかまち)は静岡の侍小路(さむらいこうじ)を、カラカラと()いて通る、一台、(つや)やかな(ほろ)に、夜上りの澄渡った富士を透かして、燃立つばかりの鳥毛の蹴込(けこ)み、友染の(せなか)当てした、高台細骨の車があった。

 あの、()の冴えた、軽い車の(きし)る響きは……例のがお出掛けに違いない。昨日(きのう)東京から帰った(はず)。それ、衣更(ころもが)えの姿を見よ、と小橋の上で(とま)るやら、旦那を送り出して引込(ひっこん)だばかりの奥から、わざわざ駈出すやら、刎釣瓶(はねつるべ)の手を休めるやら、女(づれ)が上も下も(ひと)しく見る目を(そばだ)てたが、車は確に、軒に藤棚があって下を用水が流れる、火の番小屋と相角(あいかど)の、辻の帳場で、近頃塗替えて、島山の令夫人(おくがた)乗初(のりそ)めをして頂く、と十日ばかり取って置きの逸物に違いないが――風呂敷包み一つ乗らない、空車を挽いて、車夫は被物(かぶりもの)なしに駈けるのであった。

 ものの半時ばかり()つと、同じ腕車(くるま)は、(とおり)の方から(いきおい)よく茶畑を走って、草深の町へ曳込(ひきこ)んで来た。時に車上に居たものを、折から行違った土地の豆腐屋、八百屋、(のりはどうですね――)と売って通る女房(かみさん)などは、若竹座へ乗込んだ俳優(やくしゃ)だ、と思ったし、旦那が留守の、座敷から縁越に伸上ったり、玄関の衝立(ついたて)の蔭になって差覗(さしのぞ)いた奥様連は、千鳥座で金色夜叉を()るという新俳優の、あれは貫一に()る誰かだ、と立騒いだ。

 主税がまた此地(こっち)へ来ると、ちとおかしいほど男ぶりが立勝って、薙放(なぎはな)しの頭髪(かみ)も洗ったように水々しく、色もより白くすっきりあく抜けがしたは、水道の余波(なごり)は争われぬ。土地の透明な光線には、((ほこり)だらけな洋服を着換えた。)酒井先生の垢附(あかつき)を拝領ものらしい、黒羽二重二ツ(ともえ)紋着(もんつき)の羽織の中古(ちゅうぶる)なのさえ、艶があって折目が凜々(りり)しい。久留米か、薩摩か、紺絣(こんがすり)単衣(ひとえもの)、これだけは新しいから今年出来たので、卯の花が咲くとともに、お(つた)が心懸けたものであろう。

 (かれ)は昨夜、呉服町の大東館に宿って、今朝は夫人に迎えられて、草深さして来たのである。

 仰いで、浅間(せんげん)の森の流るるを見、()して、(ほり)の水の走るを見た。たちまち一朶(いちだ)(くれない)の雲あり、夢のごとく(まなこ)を遮る。合歓(ねむ)の花ぞ、と心着いて、(ながれ)の音を耳にする時、車はがらりと石橋に乗懸(のりかか)って、黒の大構(おおがまえ)の門に(かじ)が下りた。

「ここかい。」とひらりと出る。

「へい、」

 と門内へ駈け込んで、取附(とッつき)の格子戸をがらがらと開けて、車夫は横ざまに身を開いて、浅黄裏を(かが)めて待つ。

 冠木門(かぶきもん)は、旧式のままで敷木があるから、横附けに玄関まで曳込むわけには行かない。

 男の()が先へ立って駈出して来る事だろう、と思いながら、主税が(ぼうし)を脱いで、(あま)あがりの松の(わき)を、緑の露に袖擦りながら、格子を(くぐ)って、土間へ入ると、天井には駕籠(かご)でも釣ってありそうな、昔ながらの大玄関。

 と見ると、正面に一段高い、式台、片隅の板戸を一枚開けて、(うしろ)の縁から()す明りに、黒髪だけ際立ったが、向った土間の薄暗さ、(きぬ)の色朦朧(もうろう)と、(おもかげ)白き立姿、夫人は待兼ねた体に見える。

 会釈もさせず、口も利かさず、見迎えの莞爾(にっこり)して、

「まあ、遅かったわねえ。ああ御苦労よ。」

 ちょいと車夫(わかいしゅ)に声を懸けたが、

「さぞ寝坊していらっしゃるだろうと思ったの。さあ、こちらへ。さあ、」

 口早に促されて、急いで上る、主税は(あかる)い外から入って、一倍暗い式台に、高足を踏んで、ドンと板戸に打附(ぶッつか)るのも、菅子は心づかぬまで、いそいそして。

「こちらへ、さあ、ずッとここから、ほほほ、市川菅女、部屋の方へ。」

 と直ぐに縁づたいで、はらはらと、素足で(さば)(もすそ)の音。

       七

 市川菅女……と耳にはしたが、玄関の片隅切って、縁へ駈込むほどの(あわただ)しさ、主税は足早に続く咄嗟(とっさ)で、何の意味か分らなかったが、その縁の中ほどで、はじめて昨日(きのう)汽車の中で、夫人を女俳優(やくしゃ)だと、外人に揶揄(やゆ)一番した、ああ、(たたり)だ、と気が付いた。

 気が付いて、莞爾(かんじ)とした時、(かれ)(まなこ)口許(くちもと)に似ず鋭かった。

 ちょうどその横が十畳で、客室(きゃくま)らしい(つくり)だけれども、夫人はもうそこを縁づたいに通越して、次の(菅女部屋)から、

「ずッといらっしゃいよ。」と声を懸ける。

 主税が猶予(ためら)うと、

「あら、座敷を(のぞ)いちゃ不可(いけ)ません、まだ散らかっているんですから、」

 と笑う。これは、と思うと、縁の突当り正面の大姿見に、渠の全身、飛白(かすり)の紺も鮮麗(あざやか)に、部屋へ入っている夫人が、どこから見透(みすか)したろうと驚いたその目の色まで、歴然(ありあり)と映っている。

 姿見の前に、長椅子(ソオフア)一脚、広縁だから、十分に余裕(ゆとり)がある。戸袋と向合った壁に、棚を釣って、香水、香油、白粉(おしろい)(たぐい)、花瓶まじりに、ブラッシ、櫛などを並べて、洋式の化粧の間と見えるが、要するに、開き戸の押入を抜いて、造作を直して、壁を塗替えたものらしい。

 薄萌葱(うすもえぎ)の窓掛を、(くだん)長椅子(ソオフア)と雨戸の(あい)引掛(ひっか)けて、幕が明いたように、絞った(すそ)(なび)いている。車で見た合歓(ねむ)の花は、あたかもこの庭の、黒塀の外になって、用水はその下を、門前の石橋続きに折曲って流るるので、惜いかな、庭はただ二本(ふたもと)三本(みもと)を植棄てた、長方形の空地に過ぎぬが、そのかわり富士は一目。

 地を坤軸(こんじく)から掘覆(ほりかえ)して、将棊倒(しょうぎだおし)()せかけたような、あらゆる峰を(ふもと)(いだ)いて、折からの蒼空(あおぞら)に、雪なす袖を(ひるがえ)して、軽くその薄紅(うすくれない)の合歓の花に乗っていた。

「結構な御住居(おすまい)でございますな。」

 ここで、つい通りな、しかも適切なことを云って、部屋へ入ると、長火鉢の向うに坐った、飾を挿さぬ、S巻の濡色が滴るばかり。お納戸の絹セルに、ざっくり、山繭縮緬(やままゆちりめん)(しま)の羽織を引掛けて、帯の(ゆる)い、無造作な居住居(いずまい)は、直ぐに立膝にもなり兼ねないよう。横に飾った箪笥(たんす)の前なる、鏡台の鏡の(うち)へ、その玉の(うなじ)に、後毛(おくれげ)のはらはらとあるのが(かよ)って、(あらた)に薄化粧した美しさが背中まで透通る。白粉の香は座蒲団にも(こも)ったか、主税が坐ると馥郁(ふくいく)たり。

「こんな処へお通し申すんですから、まあ、堅くるしい御挨拶はお止しなさいよ。ちょいと昨夜(ゆうべ)は旅籠屋で、一人で寂しかったでしょう。」

 と火箸を(おさ)えたそうな白い手が、銅壺の湯気を()けて、ちらちらして、

昨夜(ゆうべ)にも、お迎いに上げましょうと思ったけれど、一度、寂しい思をさして置かないと、他国へ来て、友達の難有(ありがた)さが分らないんですもの。これからも粗末にして不実をすると不可(いけ)ないから………」

 と莞爾(にっこり)笑って、(ちらり)と見て、

「それにもう内が台なしですからね、私が一週間も居なかった日にゃ、門前雀羅(じゃくら)を張るんだわ。手紙一ツ来ないんですもの。今朝起抜けから、自分で(はたき)を持つやら、掃出すやら、大騒ぎ。まだちっとも片附ないんですけれど、貴下(あなた)も詰らなかろうし、私も早く逢いたいから、()い加減にして、直ぐに車を持たせて、大急ぎ、と云ってやったんですがね。

 あの、地方(いなか)の車だって(はや)いでしょう。それでも何よ、まだか、まだか、と立って見たり坐って見たり、何にも手につかないで、御覧なさい、身化粧(みじまい)をしたまんま、鏡台を始末する方角もないじゃありませんか。とうとう玄関の(とこ)へ立切りに待っていたの。どこを通っていらしって?」

 返事も聞かないで、ボンボン時計を打仰ぐに、象牙のような咽喉(のど)を仰向け、胸を()らした、片手を畳へ。

「まあ、まだ一時間にもならないのね。半日ばかり待ってたようよ。途中でどこを見て来ました。大東館の()きこっちの大きな山葵(わさび)の看板を見ましたか、郵便局は。あの右の手の広小路の正面に、煉瓦の建物があったでしょう。県庁よ。お城の中だわ。ああ、そう、早瀬さん、沢山(たんと)(あが)って頂戴、お煙草。露西亜(ロシヤ)巻だって、貰ったんだけれど、島山(夫を云う)はちっとも()みませんから……」

       八

 それから名物だ、と云って扇屋の饅頭を出して、茶を(ほう)じる手つきはなよやかだったが、鉄瓶のはまだ(たぎ)らぬ、と銅壺から湯を()柄杓(ひしゃく)の柄が、へし折れて、短くなっていたのみか、二度ばかり土瓶にうつして、もう一杯、どぶりと突込む。他愛(たわい)なく、抜けて柄になってしまったので、

「まあ、」と飛んだ顔をして、斜めに取って見透(みすか)した風情は、この夫人(ひと)(えん)なるだけ、中指(なかざし)鼈甲(べっこう)()を、日影に透かした趣だったが、

「仕様がないわね。」と笑って、その柄を(ほう)り出した様子は、世帯(しょたい)の事には余り心を用いない、学生生活の(おもかげ)が残った。

 主税が、小児(こども)衆は、と尋ねると、二人とも乳母(ばあや)が連れて、土産ものなんぞ持って、東京から帰った報知(しらせ)旁々(かたがた)、朝早くから出向いたとある。

「河野の父さんの方も、内々小児をだしに使って、東京へ遊びに行った事を知っているんですから、言句(もんく)は言わないまでも、苦い顔をして、(ひげ)の中から一睨(ひとにら)み睨むに違いはないんですもの、難有(ありがた)くないわ。母様(かあさん)は自分の方へ、娘が慕って行ったんですから御機嫌が可いでしょう、もうちっと()つと帰って来ます。それまでは、私、実家(さと)へは顔を出さないつもりで、当分風邪をひいた分よ。」

 と火鉢の縁に(ひじ)をついて、男の顔を(なが)めながら、魂の抜け出したような仇気(あどけ)ないことを云う。

「そりゃ、悪いでしょう。」

 と主税がかえって心配らしく、

彼方(むこう)から、誰方(どなた)かお(いで)なさりゃしませんか。貴女がお帰りだ、と知れましたら。」

「来るもんですか。義兄(にいさん)(医学士――姉婿を云う)は忙しいし、またちっとでも姉さんを出さないのよ。大でれでれなんですから。父さんはね、それにね、頃日(このごろ)は、家族主義の事に就いて、ちっと纏まった著述をするんだって、母屋に閉籠(とじこも)って、時々は、何よ、一日蔵の中に入りきりの事があってよ。蔵には書物が一杯ですから。父さんはね、医者なんですけれど、もと個人、人一人二人の(やまい)を治すより、国の病を治したい、と云う(おおき)希望(のぞみ)の人ですからね。過年(いつか)、あの、家族主義と個人主義とが新聞で騒ぎましたね。あの時も、父様(とうさん)は、東京の叔父さんだの、坂田(道学者)さんに応援して、火の出るように、敵と戦ったんだわ。

 惜い事に、兄さん(英吉)も奔走してくれたんですけれど、可い機関がなくって、ほんの教育雑誌のようなものに()ったものですから、論文も、名も出ないでしまって、残念だからって、一生懸命に遣ってますの。確か、貴下の先生の酒井さんは、その時の、あの敵方の大立ものじゃなくって?」

 と不意に質問の矢が来たので、ちと、狼狽(まご)ついたようだったが、

「どうでしたか、もう忘れましたよ。」と()もなく答える。

 別に狙ったのでないらしく、

「でも、何でしょう、貴下(あなた)は、やっぱり、個人主義でおいでなさるんでしょう。」

「僕は饅頭主義で、番茶主義です。」

 と、なぜか気競(きお)って云って、片手で饅頭を色気なくむしゃりと遣って、息も()かずに、番茶を(あお)る。

「あれ、嘘ばっかり。貴下は柳橋主義の癖に、」

 夫人は薄笑いの目をぱっちりと、睫毛(まつげ)を裂いたように黒目勝なので(にら)むようにした。

「ちょいと、吃驚(びっくり)して。……そら、御覧なさい、まだ驚かして上げる事があるわ。」

 と振返りざまに背後(うしろ)向きに肩を()じて、茶棚の上へ手を遣った、活溌な身動(みじろ)きに、下交(したがい)(つま)(すべ)った。

 そのまま横坐りに見得もなく、長火鉢の横から肩を斜めに身を寄せて、(かざ)すがごとく開いて見せたは……

「や! 読本(とくほん)を買いましたね。」

「先生、これは何て云うの?」

冷評(ひやか)しては不可(いけ)ませんな、商売道具を。」

「いいえ、真面目に、貴下がこの静岡で、独逸語の塾を開くと云うから、早いでしょう、もう買って来たの。いの一番のお弟子入よ。ちょいと、リイダアと云うのを、独逸では……」

「レエゼウッフ(読本)――月謝が出ますぜ。」

「レエゼウッフ。」

       九

「あの、何?」

 と(まこと)に打解けたものいいで、

「精々勉強したら、名高い、ギョウテの(ファウスト)だとか、シルレルの(ウィルヘルム、テル)………でしたっけかね、それなんぞ、何年ぐらいで読めるようになるんでしょう。」

()き読めます、」

 と読本を受取って、片手で大掴(おおづか)みに引開けながら、

「僕ぐらいにはという、但書が入りますけれど。」

「だって……」

「いいえ、出来ます。」

「あら、ほんとに……」

「もっとも月謝次第ですな。」

「ああだもの、」

 と()と身を退()いて、叱るがごとく、

「なぜそうだろう。ちゃんと御馳走は存じておりますよ。」

 茶棚の(わき)(ふすま)を開けて、つんつるてんな着物を着た、二百八十間の橋向う、鞠子辺(まりこあたり)の産らしい、十六七の(おさん)どんが、

「ふァい、奥様。」と(なま)って云う。

 聞いただけで、怜悧(りこう)な菅子は、もうその用を悟ったらしい。

「誰か来たの?」

「ひゃあ、」

「あら、(いや)な。ちょいと、当分は留守とおいいと云ったじゃないの?」

「アニ、はい、で、ござりますけんど、お客様で、ござんしねえで、あれさ、もの、呉服町の手代(しゅ)でござりますだ。」

「ああ、谷屋のかい、じゃ構わないよ、こちらへ、」

 と云いかけて、主税を見向いて、

「かくまって有る人だから……ほほほほ、そっちへ()きましょうよ。」

 衣紋(えもん)を直したと思うと、はらりと気早に立って、(つくば)った(おんな)の髪を、袂で払って、もう居ない。

 トきょとんとした顔をして、婢は跡も閉めないで、のっそり引込む。

 はて心得ぬ、これだけの(かまえ)に、乳母の他はあの女中ばかりであろうか。主人は九州へ旅行中で、夫人が七日ばかりの留守を、彼だけでは覚束ない。第一、多勢の客の出入に、茶の給仕さえ鞠子はあやしい、と早瀬は四辺(あたり)を《みまわ》したが――後で知れた――留守中は、実家(さと)(かかえ)車夫が夜宿(とま)りに来て、昼はその女房が来ていたので。昼飯の時に分ったのでは、客へ馳走は、残らず電話で料理屋から取寄せる……もっとも、珍客というのであったかも知れぬ。

 そんな事はどうでも可いが、不思議なもので、早瀬と、夫人との間に、しきりに往来(ゆきき)があったその頃しばらくの間は、この家に養われて中学へ通っている書生の、美濃安八(みのあはち)の男が、夫人が上京したあと直ぐに、故郷の親が病気というので帰っていた――これが居ると、たとい日中(ひなか)は学校へ出ても、別に仔細(しさい)は無かったろうに。

 さて、夫人は、谷屋の手代というのを、隣室(となり)のその十畳へ通したらしい、何か話声がしている内、

「早瀬さん――」

 主税は、夫人が此室(ここ)を出て、大廻りに行った通りに、声も大廻りに遠い処に聞き取って、静にその跡を辿(たど)りつつ返事が遅いと、

「早瀬さん、」

 と近くまた呼ぶ。今しがた、(かくまって有る人だ)と串戯(じょうだん)を云ったものを。

室数(まかず)は幾つばかりあれば()くって?」

「何です、何です。」

 余り唐突(だしぬけ)で解し兼ねる。

貴下(あなた)のお借りなさろうというお(うち)よ。ちょいと、」

「ええ、そうですね。」

「おほほほ、話しが遠いわ。こっちへいらっしゃいよ。おほほほ、縁側から、縁側から。」

 夫人がした通りに、茶棚の(わき)の襖口へ行きかけた主税は、(菅女部屋)の中を、トぐるりと廻って、苦笑(にがわらい)をしながら縁へ出ると、これは! 三足と隔てない次の座敷。開けた障子に(せな)()たせて、立膝の褄は深いが、円く肥えた(ひじ)(あらわ)に夫人は頬を支えていた。

「朝から戸迷(とまど)いをなすっては、泊ったら貴下、どうして、」

 と振向いた顔の、花の色は、合歓(ねむ)の影。

「へへへへへ」

 と、向うに控えたのは、呉服屋の手代なり。鬱金(うこん)木綿の風呂敷に、浴衣地が(うずたか)い。

     二人連

       十

 午後(ひるすぎ)、宮ヶ崎町の方から、ツンツンとあちこちの二階で綿を打つ音を、時ならぬ(きぬた)の合方にして、浅間の社の南口、裏門にかかった、島山夫人、早瀬の二人は、花道へ出たようである。

 門際の(ながれ)に臨むと、頃日(このごろ)の雨で、用水が水嵩(みずかさ)増して(あふ)るるばかり道へ波を打って、しかも濁らず、(あお)(ひるがえ)って(りょう)の躍るがごとく、(しげり)(もと)を流るるさえあるに、大空から賤機山(しずはたやま)の蔭がさすので、橋を渡る時、夫人は洋傘(かさ)をすぼめた。

 と見ると黒髪に変りはないが、脊がすらりとして、帯腰の(なび)くように見えたのは、羽織なしの一枚(あわせ)という扮装(でたち)のせいで、また着換えていた――この方が、姿も()く、よく似合う。ただし(なまめか)しさは少なくなって、いくらか気韻が高く見えるが、それだけに品が可い。

 セルで足袋を穿()いては、軍人の奥方めく、素足では待合から出たようだ、と云って(やしき)出掛(でが)けに着換えたが、(はだ)に、()紋縮緬(もんちりめん)長襦袢(ながじゅばん)

 二人の()の母親で、その燃立つようなのは、ともすると同一(おなじ)軍人好みになりたがるが、(あか)抜けのした、意気の(さかん)な、色の白いのが着ると、汗ばんだ木瓜(ぼけ)の花のように生暖(なまあたたか)なものではなく、雪の下もみじで(りん)とする。

 部屋で、先刻(さっき)これを着た時も、乳を(おさ)えて(そっ)と袖を(くぐ)らすような、男に気を兼ねたものではなかった。(あらわ)にその長襦袢に水紅(とき)色の紐をぐるぐると巻いた(なり)で、牡丹の花から抜出たように縁の姿見の前に立って、

(市川菅女。)と莞爾々々(にこにこ)笑って、澄まして袷を掻取(かいと)って、襟を合わせて、ト背向(うしろむ)きに(うなじ)()じて、衣紋(えもん)つきを映した時、早瀬が縁のその棚から、ブラッシを取って、ごしごし(かゆ)そうに天窓(あたま)引掻(ひっか)いていたのを見ると、

「そんな邪険な撫着(なでつ)けようがあるもんですか、私が分けて上げますからお待ちなさい。」

 と云うのを、聞かない振でさっさと引込(ひっこ)もうとしたので、

「あれ、お待ちなさい」と、下〆(したじめ)をしたばかりで、()と寄って、ブラッシを引奪(ひったく)ると、窓掛をさらさらと引いて、端近で、綺麗に分けてやって、前へ廻って(のぞ)き込むように瞳をためて顔を見た。

 胸の血汐(ちしお)の通うのが、波打って、風に(そよ)いで見ゆるばかり、(たわ)まぬ(はだえ)の未開紅、この意気なれば二十六でも、(くれない)の色は()せぬ。

 境内の桜の樹蔭(こかげ)に、静々、夫人の(もすそ)が留まると、早瀬が(かたわら)から向うを見て、

「茶店があります、一休みして参りましょう。」

「あすこへですか。」

「お(あつら)え通り、(しわ)くちゃな赤毛布(あかげっと)が敷いてあって、水々しい婆さんが居ますね、お茶を飲んで行きましょうよ。」

 と謹んで色には出ぬが、午飯(ひる)一銚子(ひとちょうし)賜ったそうで、早瀬は怪しからず可い機嫌。

咽喉(のど)が渇いて?」

「ひりつくようです。」

「では……」

 茶店の婆さんというのが、(かた)のごとく古ぼけて、ごほん、と()くのが聞えるから、夫人は余り気が進まぬらしかったが、二三人子守女(もりっこ)に、きょろきょろ見られながら、ずッと入る。

「お掛けなさいまし。お日和でございます。よう御参詣なさりました。」

 夫人が(たたず)んでいて掛けないのを見て、早瀬は懐中(ふところ)から切立の手拭(てぬぐい)を出して、はたはたと毛布(けっと)を払って、

「さあ、どうぞ、」

 笑って云うと、夫人は婆さんを背後(うしろ)にして、悠々と腰を下ろして、

江戸児(えどっこ)は心得たものね。」

「人を馬鹿にしていらっしゃる。」

 と、さしむかいの夫人の衣紋はずれに、店先を覗いて、

「やあ、甘酒がある……」

       十一

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