4話 婦系図(4)
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そうすると英吉が、かねて心得たりの態度で、媒酌人は勿論、しかるべき人をと云ったのが、其許ごときに勤まるものかと、軽んじ賤しめたように聞えて、
「そりゃ、いざとなりゃ、教育界に名望のある道学者先生の叔父もあるし、また父様の幕下で、現下その筋の顕職にある人物も居るんだから、立派に遣ってくれるんだけれど、その君、媒酌人を立てるまでに、」
と手を揃えて、火鉢の上へ突出して、じりりと進み、
「先方の身分も確めねばならず、妙子、(ともう呼棄てにして)の品行の点もあり、まあ、学校は優等としてだね。酒井は飲酒家だと云うから、遺伝性の懸念もありだ。それは大丈夫としてからが、ああいう美しいのには有りがちだから、肺病の憂があってはならず、酒井の親属関係、妙子の交友の如何、そこらを一つ委しく聞かして貰いたいんだがね。」
主税は堪りかねて、ばりばりと烏府の中を突崩した。この暖いのに、河野が両手を翳すほど、火鉢の火は消えかかったので、彼は炭を継ごうとして横向になっていたから、背けた顔に稲妻のごとく閃いた額の筋は見えなかったが、
「もう一度聞こう、何だっけな。先方の身分?」
「うむ、先方の身分さ。」
「独逸文学者よ、文学士だ……大学教授よ。知ってるだろう、私の先生だ。」
「むむ、そりゃ分ってるがね、妙子の品行の点もあり、」
「それから、」
「遺伝さ、」
「肺病かね、」
「親族関係、交友の如何さ。何、友達の事なんぞ、大した条件ではないよ。結婚をすれば、処女時代の交際は自然に疎くなるです。それに母様が厳しく躾れば、その方は心配はないが、むむ、まだ要点は財産だ。が、酒井は困っていやしないだろうか。誰も知った侠客風の人間だから、人の世話をすりゃ、つい物費も少くない。それにゃ、評判の飲酒家だし、遊ぶ方も盛だと云うし、借金はどうだろう。」
主税は黙って、茶を注いだが、強いて落着いた容子に見えた。
「何かね、持参金でも望みなのかね。」
「馬鹿を謂いたまえ。妹たちを縁附けるに、こちらから持参はさせるが、僕が結婚するに、いやしくも河野の世子が持参金などを望むものか。
君、僕の家じゃ、何だ、女の児が一人生れると、七夜から直ぐに積立金をするよ。それ立派に支度が出来るだろう。結婚してからは、その利息が化粧料、小遣となろうというんだ。自然嫁入先でも幅が利きます。もっともその金を、婿の名に書き替るわけじゃないが、河野家においてさ、一人一人の名にして保管してあるんだから、例えば婿が多日月給に離れるような事があっても、たちまち破綻を生ずるごとき不面目は無い。
という円満な家庭になっているんだ。で先方の財産は望じゃないが、余り困っているようだと、親族の関係から、つい迷惑をする事になっちゃ困る。娘の縁で、一時借用なぞというのは有がちだから。」
「酒井先生は江戸児だ!」
と唐突に一喝して、
「神田の祭礼に叩き売っても、娘の縁で借りるもんかい。河野!」
と屹と見た目の鋭さ。眉を昂げて、
「髯があったり、本を読んだり、お互の交際は窮屈だ。撲倒すのを野蛮と云うんだ。」
お蔦は湯から帰って来た。艶やかな濡髪に、梅花の匂馥郁として、繻子の襟の烏羽玉にも、香やは隠るる路地の宵。格子戸を憚って、台所の暗がりへ入ると、二階は常ならぬ声高で、お源の出迎える気勢もない。
石鹸を巻いた手拭を持ったままで、そっと階子段の下へ行くと、お源は扉に附着いて、一心に聞いていた。
十九
「先生が酒を飲もうと飲むまいと、借金が有ろうと無かろうと、大きなお世話だ。遺伝が、肺病が、品行が何だ。当方からお給事をしようと云うんじゃなし、第一欲しいと仰有ったって、差上げるやら、平に御免を被るやら、その辺も分らないのに、人の大切な令嬢を、裸体にして検査するような事を聞くのは、無礼じゃないか。
私あ第一、河野。世間の宗教家と称うる奴が、吾々を捕えて、罪の児だの、救ってやるのと、商売柄好な事を云う。薬屋の広告は構わんが、しらきちょうめんな人間に向って罪の子とは何んだい。本人はともかくも、その親たちに対して怪しからん言種だと思ってるんです。
今君が尋問に及んだ、先生の令嬢の身許検べの条件が、ただの一ケ条でもだ。河野英吉氏の意志から出たのなら、私はもう学者や紳士の交際は御免蒙る。そのかわりだ、半纏着の附合いになって撲倒すよ。はははは、えい、おい、」
と調子が砕けて、
「母様の指揮だろう、一々。私はこうして懇意にしているからは、君の性質は知ってるんだ。君は惚れたんだろう。一も二もなく妙ちゃんを見染たんだ。」
「うう、まあ……」と対手の血相もあり、もじもじする。
「惚れてよ、可愛い、可憐いものなら、なぜ命がけになって貰わない。
結婚をしたあとで、不具になろうが、肺病になろうが、またその肺病がうつって、それがために共々倒れようが、そんな事を構うもんか。
まあ、何は措いて、嫁の内の財産を云々するなんざ、不埒の到だ。万々一、実家の親が困窮して、都合に依って無心合力でもしたとする。可愛い女房の親じゃないか。自分にも親なんだぜ、余裕があったら勿論貢ぐんだ。無ければ断る。が、人情なら三杯食う飯を一杯ずつ分るんだ。着物は下着から脱いで遣るのよ。」
と思い入った体で、煙草を持った手の尖がぶるぶると震えると、対手の河野は一向気にも留めない様子で、ただ上の空で聞いて首だけ垂れていたが、かえって襖の外で、思わずはらはらと落涙したのはお蔦である。
何の話? と声のはげしいのを憂慮って、階子段の下でそっと聞くと、縁談でございますよ、とお源の答えに、ええ、旦那の、と湯上りの颯と上気した顔の色を変えたが、いいえ、河野様が御自分の、と聞いて、まあ、と呆れたように莞爾して、忍んで段を上って、上り口の次の室の三畳へ、欄干を擦って抜足で、両方へ開けた襖の蔭へ入ったのを、両人には気が付かずに居るのである。
と河野は自分には勢のない、聞くものには張合のない口吻で、
「だが、母さんが、」
「母様が何だ。母様が娶うんじゃあるまい、君が女房にするんじゃないか。いつでもその遣方だから、いや、縁談にかかったの、見合をしたの、としばしば聞かされるのが一々勘定はせんけれども、ざっと三十ぐらいあった。その内、君が、自分で断ったのは一ツもあるまい。皆母さんがこう云った。叔父さんが、ああだ、父さんが、それだ、と難癖を附けちゃ破談だ。
君の一家は、およそどのくらいな御門閥かは知らん。河野から縁談を申懸けられる天下の婦人は、いずれも恥辱を蒙るようで、かねて不快に堪えんのだ。
昔の国守大名が絵姿で捜せば知らず、そんな御註文に応ずるのが、ええ、河野、どこにだってあるものか。」
と果は歎息して云うのであった。河野は急に景気づいて、
「何、無いことはありゃしない。そりゃ有るよ。君、僕ン許の妹たちは、誰でもその註文に応ずるように仕立ててあるんだ。
揃って容色も好、また不思議に皆別嬪だ。知ってるだろう。生れたての嬰児の時は、随分、おかしな、色の黒いのもあるけれど、母さんが手しおに掛けて、妙齢にするまでには、ともかくも十人並以上になるんだ、ね、そうじゃないか。」
主税は返す言もなく、これには否応なく頷かされたのである。蓋し事実であるから。
一家一門
二十
「それから、財産は先刻も謂った通り、一人一人に用意がしてある。病気なり、何なりは、父様も兄も本職だから注意が届くよ。その他は万事母様が預かって躾けるんだ。
好嫌は別として、こちらで他に求める条件だけは、ちゃんとこちらにも整えてあるんだから、強ち身勝手ばかり謂うんじゃない。
けれども、品行の点は、疑えば疑えると云うだろう。そこはね、性理上も斟酌をして、そろそろ色気が、と思う時分には、妹たちが、まだまだ自分で、男をどうのこうのという悪智慧の出ない先に、親の鑑定で、婿を見附けて授けるんです。
否も応も有りやしない。衣服の柄ほども文句を謂わんさ。謂わない筈だ、何にも知らないで授けられるんだから。しかし間違いはない、そこは母さんの目が高いもの。」
「すると何かね、婿を選ぶにも、およそその条件が満足に解決されないと不可んのだね。」
「勿論さ、だから、皆円満に遣っとるよ。第一の姉が医学士さね、直の妹の縁附いているのが、理学士。その次のが工学士。皆食いはぐれはないさ。……今また話しのある四番目のも医学士さ、」
「妙に選取って揃えたもんだな。」
「うむ、それは父様の主義で、兄弟一家一門を揃えて、天下に一階級を形造ろうというんだ。なるべくは、銘々それぞれの収入も、一番の姉が三百円なら、次が二百五十円、次が二百円、次が百五十円、末が百円といった工合に長幼の等差を整然と附けたいというわけだ。
先ず行われている、今の処じゃ。そうしてその子、その孫、と次第にこの社会における地位を向上しようというのが理想なんです。例えば、今の代が学士なら、その次が博士さ、大博士さね。君。
謂って見れば、貴族院も、一家族で一党を立てることが出来る。内閣も一門で組織し得るようにという遠大の理想があるんだ。また幸に、父様にゃ孫も八九人出来た。姪を引取って教育しているのも三四人ある。着々として歩を進めている。何でも妹たちが人才を引着けるんだ。」
人事ながら、主税は白面に紅を潮して、
「じゃ、君の妹たちは、皆学士を釣る餌だ。」
「餌でも可い、構わんね。藤原氏の為だもの。一人や二人犠牲が出来ても可いが、そりゃ大丈夫心配なしだ。親たちの目は曇りやしない。
次第々々に地位を高めようとするんだから、奇才俊才、傑物は不可ん。そういうのは時々失敗を遣る。望む処は凡才で間違いの無いのが可いのだ。正々堂々の陣さ、信玄流です。小豆長光を翳して旗下へ切込むようなのは、快は快なりだが、永久持重の策にあらず……
その理想における河野家の僕が中心なんだろう。その中心に据ろうという妻なんだから、大に慎重の態度を取らんけりゃならんじゃないか。詰り一家の女王なんだから、」
河野は、渠がいわゆる正々堂々として説くこと一条。その理想における根ざしの深さは、この男の口から言っても、例の愚痴のように聞えるのや、その落着かない腰には似ない、ほとんど動かすべからざる、確乎としたものであった。
「いや、よく解った、成程その主義じゃ、人の娘の体格検査をせざあなるまい。しかし私は厭だ! 私の娘なら断るよ、たとい御試験には及第を致しましても、」
と冷かに笑うと、河野は人物に肖ず、これには傲然として、信ずる処あるごとく、合点んだ笑い方をして、
「でも、条件さえ通過すれば、僕は娶うよ。ははは、きっと貰うね、おい、一本貰って行くぜ。」
と脱兎のごとく、かねて計っていたように、この時ひょいと立つと、肩を斜めに、衣兜に片手を突込んだまま、急々と床の間に立向うて、早や手が掛った、花の矢車。
片膝立てて、颯と色をかえて、
「不可いよ。」
「なぜかい?」
と済まして見返る。主税は、ややあせった気味で、
「なぜと云って、」
「はははは、そこが、肝心な処だ、と母様が云ったんだ。」
と突立ったまま、ニヤリとして、
「早瀬、君がどうかしているんじゃないか、ええ、おい、妙子を。」
二十一
冷か、熱か、匕首、寸鉄にして、英吉のその舌の根を留めようと急ったが、咄嗟に針を吐くあたわずして、主税は黙って拳を握る。
英吉は、ここぞ、と土俵に仕切った形で、片手に花の茎を引掴み、片手で髯を捻りながら、目をぎろぎろと……ただ冴えない光で、
「だろう、君、筒井筒振分髪と云うんだろう。それならそう云いたまえ、僕の方にもまた手加減があるんだ、どうだね。」
信玄流の敵が、かえってこの奇兵を用いたにも係らず、主税の答えは車懸りでも何でもない、極めて平凡なものであった。
「怪しからん事を云うな、串戯とは違う、大切なお嬢さんだ。」
「その大切のお嬢さんをどうかしているんじゃないか、それとも心で思ってるんか。」
「怪しからん事を云うなと云うのに。」
「じゃ確かい。」
「御念には及びません。」
「そんなら何も、そう我が河野家の理想に反対して、人が折角聞こうとする、妙子の容子を秘さんでも可いじゃないか。話が纏まりゃ、その人にも幸福だよ、河野一党の女王になるんだ。」
「幸か、不幸か、そりゃ知らん、が、私は厭だ。一門の繁栄を望むために、娘を餌にするの、嫁の体格検査をするの、というのは真平御免だ。惚れたからは、癩でも肺病でも構わんのでなくっちゃ、妙ちゃんの相談は決してせん。勿論お嬢は瑕のない玉だけれど、露出しにして河野家に御覧に入れるのは、平相国清盛に招かれて月が顔を出すようなものよ。」といささか云い得て濃い煙草を吻と吐いたは、正にかくのごとく、山の端の朧気ならん趣であった。
「なら可い、君に聞かんでも余処で聞くよ。」
と案外また英吉は廉立った様子もなく、争や勝てりの態度で、
「しかし縁起だ、こりゃ一本貰って行くよ。妙子が御持参の花だから、」
「…………」
「君がどうと云う事も無いのなら、一本二本惜むにゃ当るまい、こんなに沢山あるものを、」
「…………」
「失敬、」
あわや抜き出そうとする。と床しい人香が、はっと襲って、
「不可ませんよ。」と半纏の襟を扱きながら、お蔦が襖から、すっと出て、英吉の肩へ手を載せると、蹌踉けるように振向く処を、入違いに床の間を背負って、花を庇って膝をついて、
「厭ですよ、私が活けたのが台なしになります。」
と嫣然として一笑する。
「だって、だって君、突込んであるんじゃないか、池の坊も遠州もありゃしない。ちっとぐらい抜いたって、あえてお手前が崩れるというでもないよ。」
とさすがに手を控えて、例の衣兜へ突込んだが、お蔦の目前を、(子を捉ろ、子捉ろ。)の体で、靴足袋で、どたばた、どたばた。
「はい、これは柳橋流と云うんです。柳のように房々活けてありましょう、ちゃんと流儀があるじゃありませんか。」
「嘘を吐きたまえ、まあ可いから、僕が惚込んだ花だから。」
主税は火鉢をぐっと手許へ。お蔦はすらりと立って、
「だってもう主のある花ですもの。」
「主がある!」と目を《みは》る。
「ええ、ありますとも、主税と云ってね。」
「それ見ろ、早瀬、」
「何だ、お前、」
「いいえ、貴下、この花を引張るのは、私を口説くのと同一訳よ。主があるんですもの。さあ、引張って御覧なさい。」
と寄ると、英吉は一足引く。
「さあ、口説いて頂戴、」
と寄ると、英吉は一足引く。微笑みながら擦り寄るたびに、たじたじと退って、やがて次の間へ、もそりと出る。
道学先生
二十二
月の十二日は本郷の薬師様の縁日で、電車が通るようになっても相かわらず賑かな。書肆文求堂をもうちっと富坂寄の大道へ出した露店の、いかがわしい道具に交ぜて、ばらばら古本がある中の、表紙の除れた、けばの立った、端摺の甚い、三世相を開けて、燻ぼったカンテラの燈で見ている男は、これは、早瀬主税である。
何の事ぞ、酒井先生の薫陶で、少くとも外国語をもって家を為し、自腹で朝酒を呷る者が、今更いかなる必要があって、前世の鸚鵡たり、猩々たるを懸念する?
もっとも学者だと云って、天気の好い日に浅草をぶらついて、奥山を見ないとも限らぬ。その時いかなる必要があって、玉乗の看板を観ると云う、奇問を発するものがあれば、その者愚ならずんば狂に近い。鰻屋の前を通って、好い匂がしたと云っても、直ぐに隣の茶漬屋へ駈込みの、箸を持ちながら嗅ぐ事をしない以上は、速断して、伊勢屋だとは言憎い。
主税とても、ただ通りがかりに、露店の古本の中にあった三世相が目を遮ったから、見たばかりだ、と言えばそれまでである。けれども、渠は目下誰かの縁談に就いて、配慮しつつあるのではないか。しかも開けて見ている処が――夫婦相性の事――は棄置かれぬ。
且つその顔色が、紋附の羽織で、《ふき》の厚い内君と、水兵服の坊やを連れて、別に一人抱いて、鮨にしようか、汁粉にしようか、と歩行っている紳士のような、平和な、楽しげなものではなく、主税は何か、思い屈した、沈んだ、憂わしげな色が見える。
好男子世に処して、屈託そうな面色で、露店の三世相を繰るとなると、柳の下に掌を見せる、八卦の亡者と大差はない、迷いはむしろそれ以上である。
所以ある哉、主税のその面上の雲は、河野英吉と床の間の矢車草……お妙の花を争った時から、早やその影が懸ったのであった。その時はお蔦の機知で、柔能く強を制することを得たのだから、例なら、いや、女房は持つべきものだ、と差対いで祝杯を挙げかねないのが、冴えない顔をしながら、湯は込んでいたか、と聞いて、フイと出掛けた様子も、その縁談を聞いた耳を、水道の水で洗わんと欲する趣があった。
本来だと、朋友が先生の令嬢を娶りたいに就いて、下聴に来たものを、聞かせない、と云うも依怙地なり、料簡の狭い話。二才らしくまた何も、娘がくれた花だといって、人に惜むにも当らない。この筆法をもってすれば、情婦から来た文殻が紛込んだというので、紙屑買を追懸けて、慌てて盗賊と怒鳴り兼ねまい。こちの人措いて下さんせ、と洒落にも嗜めてしかるべき者までが、その折から、ちょいと留女の格で早瀬に花を持せたのでも、河野一家に対しては、お蔦さえ、如何の感情を持つかが明かに解る。
それは英吉と、内の人の結婚に対する意見の衝突の次第を、襖の蔭で聴取ったせいもあろう。
そうでなくっても、惚れそうな芸妓はないか。新学士に是非と云って、達引きそうな朋輩はないか、と煩く尋ねるような英吉に、厭なこった、良人が手を支いてものを言う大切なお嬢さんを、とお蔦はただそれだけでさえ引退る。処へ、幾条も幾条も家中の縁の糸は両親で元緊をして、颯さらりと鵜縄に捌いて、娘たちに浮世の波を潜らせて、ここを先途と鮎を呑ませて、ぐッと手許へ引手繰っては、咽喉をギュウの、獲物を占め、一門一家の繁昌を企むような、ソンな勘作の許へお嬢さんを嫁られるもんか。
いいえ、私が肯かないわ、とお源をつかまえて談ずる処へ、熱い湯だった、といくらか気色を直して、がたひし、と帰って来た主税に、ちょいとお前さん、大丈夫なんですか、とお蔦の方が念を入れたほどの勢。
二十三