日日平安

7話 七

3,088字 約6分 2022年6月22日 公開

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「ええもちろんよ、お母さま」千鳥は頷いた、(向うでまた十郎太が咳をしたが)彼女は続けた、「わたくし一人でなんか来られやしませんわ、いつでもつれて来て頂きますの、いちどなんかわたくしじゅろうさまのお腕を枕にして、ほんとに眠ってしまったことがありますわ」

「まああきれた、あなたそうして起こされるまでおよってらしたんでしょ」

「いいえお母さま、まさかいくら千鳥だって」

 菅田平野は戸惑いをした。母親も娘ものんびりしたものである。この切迫した状態のなかで、男性と二人きりで乾し草小屋へ隠れたなどと、平気で告白する娘も娘だし、それを聞いてそう驚きもせず、かくべつ叱ろうともしない母も母である。――育ちが違うんだな、と菅田平野は思った。これはのんびりどころではない、むしろみやびた趣きというのだろう。

 ――これは一家そろって日日平安だ。

 菅田平野は心の中でそうつぶやいた。

 母娘の対話は、帰って来た寺田たちによって中断された。かれらはやや強い降りになった雨の中を、首尾よく捕えた正門の二人を曳(ひ)いて戻った。用心のためあとへ保川英之助を残したそうであるが、これで邸内にいた敵の見張りは全部押えたわけで、七人のうち一人は前林家の小者、他の六人はみな黒藤源太夫の家士であった。――菅田平野は密告書を書くために、料紙をひろげながら「みんなの集まる(仮定の)場所はどこにするか」と訊(き)いた。あまり遠くても近くてもいけない、城下町からほぼ一里くらいの距離で、なるべくなら寺がいい。こういう条件で十郎太と寺田文治が相談し、大里村の光明寺がよかろうということになった。

「光明寺なら約一里」と十郎太が云った、「昨日私たちの通って来た、石鉢山の向うです」

 菅田平野は書きはじめた。

 十郎太は押籠(おしこ)められている家士たちを解放しにゆき、こいそは(やはり禁足されている)小者や召使たちに知らせて、朝食の支度をさせるために出ていった。寺田たち四人は、捕虜を一人ずつ責めて、陸田精兵衛の所在を自白させようとした。だが、かれらはまったく知らないもようであった。自分たちは御城代が伴れ去られたときあとに残されたので、知っている道理がない、と云うのである。短気な河原源内はきみわるく微笑しながら、「きさまら正直に云わないと、この馬草小屋といっしょに焼き殺してしまうぞ」などと威(おど)したが、ついに聞きだすことはできなかった。

 侍長屋から十郎太が戻って来た。彼は頭から雨合羽(あまがっぱ)をかぶっていた。家士の物を借りたのだろう。雨はいまこの小屋の高い板屋根にやかましい音をたてるほど降りだし、しかも地雨のようであった。しずくの垂れる合羽をぬいで、十郎太がこっちへ来ると、寺田文治が陸田氏の所在の知れないことを告げた。

「こいつらはあとへ残されたので、本当に知らないらしいんだ」

 十郎太はひどく失望した。それがいちばん肝心な点である。伯父を救い出すことが第一の目的なので、その所在がわからないとなると、こっちは行動できなくなる。十郎太は濡れた草鞋(わらじ)で地面を踏みつけながら、腹立たしそうに菅田平野へ振返った。

「するとどうしますか、菅田さん」

「ちょっと待って下さい」菅田平野は太息(といき)をついた。「――ひとつ考えてみましょう」

 十郎太は伯母のほうへいった。どうやら策戦はすべて菅田平野に任せたというふうである。彼は伯母のそばへいって、菅田平野のことを話そうとした。おの女はすでに娘から聞いていたらしい、「知っていますよ」と云ってそっと笑った。それから彼女は、自害すると云ったのではなく、自害のまねをすると云ったのだそうで、だが、いざとなったら「自分で恥ずかしいような照れくさいような気持」になり、どうにもそんなまねはできなかったと云って、いかにも照れたように赤くなりながら笑った。

 そのとき菅田平野がくしゃみをした。思案しながらまた鼻毛を抜いたのだろう、すばらしく大きなくしゃみなので、みんなびっくりして彼のほうへ振向いた。

「失礼しました」と菅田平野は云った。するとまたくしゃみが出た。「どうも失礼」と彼はみんなに目礼し、十郎太に云った、「――とにかくこうしましょう、井坂さん」

 十郎太は彼のそばへ戻った。他の四人も集まった。菅田平野は云った。

「ほかに応急の手段もなさそうだから、まず密書を投じてかれらの動きをみるのです、かれらがもし密会所へ人数を出すとすれば、同時に陸田さんを奪回されないような方法もとると思う」

「どうもそれは、たしかとはいえないようですが」と十郎太が口ごもった、「――ほかに手はないですか」

「問題は時間ですからね」

 こう云って、それから突然「あっ」と菅田平野は声をあげた。彼は本能的に鼻の穴へ指をもっていったが、鼻毛を抜くのはやめ、その手を拳にして自分の額を叩いた。

「なんという頓馬(とんま)だろう」と彼は云った、「このおれはなんという頓馬の、へぼ頭だろう、自分で自分を忘れているとはあきれはてたものだ」

「なにかあるんですか」

「この私ですよ」と菅田平野は云った、「――私自身が密書になるんです」

 みんなけげんな顔をした。

「こうです」と彼は続けた、「私はごらんのとおり尾羽うち枯らした姿です、この私が黒藤邸へいって密告するんです、宿賃がないので寺の縁下に寝たと云ってもいいでしょう、そこで密会している貴方がたの密談を聞いた、耳にはさんだ名前はこれこれ、どうです、これなら間違いはないでしょう」

 十郎太は寺田に振返った。寺田文治は珍しく微笑したし、他の三人も頷いた。

「ではそれで計画をたて直しましょう」

 菅田平野は書きかけの密書をひき裂いた。

 新しい計画はこうである。彼は黒藤源太夫に会って密告する、座敷へとおされるだろうから、源太夫や家内のようすで、陸田精兵衛がどこに押籠められているかわかるだろう。もし他の場所だったら辞去して出て知らせるし、邸内にいるとわかった場合には(乱暴だが)火をかけて火事を起こす。その煙を認めたら十郎太たちが踏み込んで来る、という手順であった。菅田平野はこれを二度繰り返して説明し、みんなはよく了解した。――待機する人数は二十人、そのときの条件でどっちへでもすぐ動けるように、三老臣の屋敷の中間に当る、火の見の辻(つじ)へ伏せておき、三老臣それぞれの屋敷に見張りの者を付ける。最後に争闘のときもできる限り人を傷害しない、ということが約束された。河原源内と寺田乙三郎は、「人を傷害しない」という点がひどく不平そうであった。

「やむを得ない場合はいいですよ」と菅田平野は譲歩した、「――但し、そのときでも足くらいにしておいて下さい、これは貴方がた自身のためでもあるんですからね」

 こいそが朝食の支度のできたことを知らせに来た。陸田夫人はここで喰べたいと云う、馬草小屋がすっかりお気に召したらしい。それでは握飯にして持って来よう、ということになった。

「私は喰べずにでかけます」菅田平野はこう云ってこいそを呼びとめた、「――かなり空腹ですが、空腹のほうが放浪者らしく自然にみえるでしょう、ひとつ捨てるようなぼろ傘と、放火用の綿を頼みます、古綿でいいですから燈油を浸ませてね、燧袋は井坂さんのを借りてゆきますよ」

 こいそが去ると、寺田文治が弟を呼んだ。

「おまえと関口とで守島や広瀬を呼びにいけ」と文治は云った、「――八田と島口の四人にすぐここへ来いとな、二人で分担してやるんだ」

 乙三郎は「うん」といって関口を見た。関口兵次郎は頷いて元気に立ちあがった。菅田平野は袴の紐(ひも)をしめ直しながら、一昨夜、藍川の柊屋で髭を剃らなければよかった、と思うのであった。

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