湯どうふ

1話 湯どうふ

3,288字 約7分 2011年10月17日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 昨夜(ゆうべ)()ふかしをした。

 今朝(けさ)……と()ふがお(ひる)ごろ、炬燵(こたつ)でうと/\して()ると、いつも()(さへづ)る、おてんばや、いたづらツ()(すゞめ)たちは、何處(どこ)へすツ()んだか、ひつそりと(しづ)まつて、チイ/\と、(あま)えるやうに、(さび)しさうに、一羽(いちは)目白鳥(めじろ)()いた。

 いまが(はな)(ころ)の、裏邸(うらやしき)枇杷(びは)()かと(おも)ふが、もつと(ちか)い。屋根(やね)には()まい。ぢき背戸(せど)(ちひ)さな椿(つばき)()らしいなと、そつと縁側(えんがは)()()つと、その枇杷(びは)(はう)から、(なゝめ)にさつと(おと)がして時雨(しぐれ)()た。……

 椿(つばき)(こずゑ)には、つい()のあひだ枯萩(かれはぎ)(えだ)()つて、その(とき)引殘(ひきのこ)した朝顏(あさがほ)(つる)に、(いつ)()(しろ)()のついたのが、(つめた)く、はら/\と()れて()く。

 (かんが)へても()たが()い。風流人(ふうりうじん)だと、(うぐひす)(のぞ)くにも行儀(ぎやうぎ)があらう。それ()いた、障子(しやうじ)()けたのでは、めじろが(じつ)として()よう(はず)がない。()かしても、何處(どこ)にもその姿(すがた)()えないで、()()()まつた銀杏(いてふ)()が、一枚(いちまい)ひら/\と()ぶのが()えた。

 懷手(ふところで)して、(かた)(さむ)い。

 かうした()は、これから(みぞれ)にも、(ゆき)にも、いつもいゝものは湯豆府(ゆどうふ)だ。――(むかし)からものの(ほん)にも、(ひと)(くち)にも、(おと)(ひゞ)いたものである。が、……()(あぢ)は、中年(ちうねん)からでないと(わか)らない。誰方(どなた)()たちでも、小兒(こども)(これ)()きだと()ふのは(あま)りなからう。十四五ぐらゐの少年(せうねん)で、(ぼく)()どうふが()いよ、なぞは――説明(せつめい)(およ)ばず――(おや)たちの注意(ちうい)(えう)する。今日(けふ)のお(かず)豆府(とうふ)()へば、二十(はたち)時分(じぶん)のまづい(かほ)當然(たうぜん)()つて()い。

 能樂師(のうがくし)松本金太郎(まつもときんたらう)叔父(をぢ)てきは、()どうふはもとより、()うした豆府(とうふ)(だい)すきで、(したが)つて家中(うちぢう)(みな)(たしな)んだ。その叔父(をぢ)十年(じふねん)ばかり(まへ)、七十一で故人(こじん)になつたが、()ほその以前(いぜん)……(こめ)(りやう)六升(ろくしよう)でさへ、()(なか)(さわ)がしいと()つた、諸物價(しよぶつか)(やす)(とき)月末(げつまつ)豆府屋(とうふや)(はらひ)七圓(なゝゑん)()した。……どうも平民(へいみん)は、すぐに勘定(かんぢやう)にこだはるやうでお(はづ)かしいけれども、何事(なにごと)()(はう)早分(はやわか)りがする。……豆府(とうふ)一挺(いつちやう)()が、五厘(ごりん)から八厘(はちりん)一錢(いつせん)乃至(ないし)二錢(にせん)(ころ)(こと)である。……()つたな! ()うも。……豆府屋(とうふや)通帳(かよひちやう)のあるのは、(おそ)らく松本(まつもと)(いへ)ばかりだらうと()つたものである。いまの(ながし)もよく退治(たいぢ)る。――お銚子(てうし)なら、まだしもだが、(もよほし)稽古(けいこ)なんど(いそが)しい(とき)だと、ビールで()どうふで、()る/\うちに三挺(さんちやう)ぐらゐぺろりと(たひ)らげる。當家(たうけ)のは、(なべ)へ、そのまゝ(はし)()れるのではない。ぶつ/\と()ふやつを、(わん)裝出(よそひだ)して、猪口(ちよく)のしたぢで()る。何十年來(なんじふねんらい)()れたもので、つゆ加減(かげん)至極(しごく)だが、しかし、その小兒(こども)たちは、(みな)()らん(かほ)をしてお(とゝ)()る。勿論(もちろん)、そのお(とう)さんも、二十時代(はたちじだい)には、右同斷(みぎどうだん)だつたのは()ふまでもない。

 紅葉先生(こうえふせんせい)も、はじめは「豆府(とうふ)言文一致(げんぶんいつち)大嫌(だいきらひ)だ。」と揚言(やうげん)なすつたものである。まだ我樂多文庫(がらくたぶんこ)發刊(はつかん)()らない以前(いぜん)(おも)ふ……大學(だいがく)(かよ)はるゝのに、飯田町(いひだまち)下宿(げしゆく)においでの(ころ)下宿(げしゆく)女房(かみ)さんが豆府屋(とうふや)を、とうふ()さんと()()む――(ちひ)さな下宿(げしゆく)でよく(きこ)える――(こゑ)がすると、「(ばあ)さん、(また)豆府(とうふ)か。そいつを()はせると()(ちま)ふぞ。」で、(かね)てこのみの長船(をさふね)(さや)(はら)つて、階子段(はしごだん)(うへ)踏鳴(ふみな)らしたと……御自分(ごじぶん)ではなさらなかつたが、當時(たうじ)のお(とも)だちもよく(はな)すし、おとしよりたちも()()つて苦笑(くせう)をされたものである。身體(からだ)(よわ)くおなりに()つてからは、「湯豆府(ゆどうふ)(こと)だ。……古人(こじん)(えら)い。いゝものを(こしら)へて()いてくれたよ。」と、()うであつた。

 あゝ、命日(めいにち)は十(ぐわつ)三十(にち)、……その十四五日前(にちまへ)であつたと(おも)ふ。……お二階(にかい)病床(びやうしやう)を、(ひさ)しぶりで、下階(した)八疊(はちでふ)(えん)さきで、(かぜ)(ひやゝ)かな秋晴(あきばれ)に、()どうふを()がりながら、「おい、そこいらに蓑蟲(みのむし)()るだらう。……()な。」「はツ。」と()つた昨夜(ゆうべ)のお夜伽(よとぎ)から(つゞ)いて(そば)()た、(わたし)は、いきなり、(には)飛出(とびだ)したが、一寸(ちよつと)(ひろ)(には)だし、()もいろ/\ある。()もまだ()ちない。(かたち)何處(どこ)か、(かげ)()えない。(かね)氣短(きみじか)なのは()つて()る。(こと)御病氣(ごびやうき)(なに)かのお(なぐさみ)()らうものを、(はや)く、と(おも)ふが見當(みあた)らない。蓑蟲(みのむし)(こひ)しく()(まよ)つた。「其處(そこ)()る、……()百日紅(さるすべり)(ひだり)(えだ)だ。」上野(うへの)東照宮(とうせうぐう)石段(いしだん)から、不忍(しのばず)(いけ)(はるか)に、大學(だいがく)大時計(おほどけい)(はり)分明(ぶんめい)()えた(ひとみ)である。かゝる(とき)にも(するど)かつた。

 睫毛(まつげ)ばかりに附着(くツつ)いて、(ちひ)さな枯葉(かれは)をかぶりながら、あの蓑蟲(みのむし)(かゝ)つて()た。そつとつまんで、()をそのまゝ、ごそりと(てのひら)()ゑて()くと、(はし)片手(かたて)に、おもやせたのが御覽(ごらん)なすつて、「ゆうべは夜中(よなか)から、よく()いて()たよ――ちゝ、ちゝ――と……(あき)(さび)しいな――よし。其方(そつち)へやつときな。……(ころ)すなよ。」小栗(をぐり)(かたはら)から()をついて差覗(さしのぞ)いた。「はい、()(うへ)()せて()きます。」(かる)(うなづ)いて、先生(せんせい)が、「お(まへ)たち、銚子(てうし)をかへな。」……ちゝ、ちゝ、はゝのなきあとに、ひとへにたのみ(まゐ)らする、その先生(せんせい)御壽命(ごじゆみやう)が。……玄關番(げんくわんばん)から(わたし)には幼馴染(をさななじみ)()つてもいゝ(かき)()(した)飛石(とびいし)づたひに、うしろ()きに、(そで)はそのまゝ、蓑蟲(みのむし)(みの)(おもひ)がしたのであつた。

 たゞし、その(ころ)は、まだ湯豆府(ゆどうふ)(あぢ)(わか)らなかつた。眞北(まきた)には、()湯豆府(ゆどうふ)、たのしみ(なべ)、あをやぎなどと()名物(めいぶつ)があり、名所(めいしよ)がある。辰巳(たつみ)(かた)には、ばか(なべ)蛤鍋(はまなべ)などと()逸物(いちもつ)一類(いちるゐ)があると()く。が、一向(いつかう)場所(ばしよ)方角(はうがく)(わか)らない。内證(ないしよう)でその(みち)達者(たつしや)にたゞすと、(いは)く、(なべ)一杯(いつぱい)やるくらゐの餘裕(よゆう)があれば、土手(どて)大門(おほもん)とやらへ引返(ひきかへ)す。第一(だいいち)(かへ)りはしない、と()つた。格言(かくげん)ださうである。(みな)(わか)かつた。いづれも二十代(はたちだい)(こと)だから、()どうふで(はら)はくちく()らぬ。(もち)大切(おほぎれ)なだるま汁粉(じるこ)、それも(いち)ぜん、おかはりなし。……(しか)らざれば、かけ一杯(いつぱい)で、蕎麥湯(そばゆ)をだぶ/\とお(かは)りをするのださうであつた。

 洒落(しや)れた()どうふにも可哀(あはれ)なのがある。(わたし)()りあひに、御旅館(ごりよくわん)とは表看板(おもてかんばん)(じつ)安下宿(やすげしゆく)()るのがあるが、(あき)のながあめ、陽氣(やうき)(わる)し、いやな病氣(びやうき)流行(はや)ると()ふのに、(ぜん)小鰯(こいわし)()いたのや、(なま)のまゝの豆府(とうふ)をつける。……そんな不料簡(ふれうけん)なのは(ひや)やつことは()はせない、(なま)豆府(とうふ)だ。()てもふるへ(あが)るのだが、()はずには()られない。ブリキの鐵瓶()れて、ゴトリ/\と()て、いや、うでて、そつと醤油(したぢ)でなしくづしに()めると()ふ。――()()つては、湯豆府(ゆどうふ)慘憺(さんたん)たるものである。……

 ……などと()ふ、(わたし)だつて、湯豆府(ゆどうふ)本式(ほんしき)(あぢは)()意氣(いき)なのではない。一體(いつたい)、これには、きざみ(ねぎ)、たうがらし、大根(だいこん)おろしと()ふ、前栽(せんざい)のつはものの立派(りつぱ)加勢(かせい)()るのだけれど、どれも(なま)だから(わたし)はこまる。……その(うへ)(かた)(ごと)く、だし昆布(こんぶ)(なべ)(そこ)()いたのでは、()(つよ)くしても、()うも()えがおそい。ともすると、ちよろ/\、ちよろ/\と(くさ)清水(しみづ)()くやうだから、豆府(とうふ)(した)へ、あたまから昆布(こんぶ)(かぶ)せる。(すなは)ち、ぐら/\と()えて、蝦夷(えぞ)(ゆき)板昆布(いたこんぶ)をかぶつて(をどり)(をど)るやうな(ところ)を、ひよいと(はさ)んで、はねを()ばして、あつゝと(あわ)てて、ふツと()いて、するりと頬張(ほゝば)る。(ひと)()たらをかしからうし、お()きになつても馬鹿々々(ばか/\)しい。

 が、()がつてではない。(あぢ)はとにかく、ものの(なま)ぬるいよりは()(はう)(まし)だ。

 時々(とき/″\)婦人(ふじん)雜誌(ざつし)の、お料理方(れうりかた)(のぞ)くと、(しか)るべき研究(けんきう)もして、その(みち)では、一端(いつぱし)(まん)らしいのの投書(とうしよ)がある。たとへば、(ぶた)(にく)(こまか)くたゝいて、擂鉢(すりばち)であたつて、しやくしで(しやく)つて、(てのひら)へのせて、だんごにまるめて、うどん()をなすつてそれから()ねて……あゝ、()つて(くだ)さい、もし/\……その()(あら)つてありますか、(つめ)はのびて()ませんか、(つめ)のあかはありませんか、とひもじい(はら)でも()ひたく()る、のが澤山(たくさん)ある。

 淺草(あさくさ)一女(いちぢよ)として、――(うち)ぢやあ、うどんの(たま)をかつて、油揚(あぶらげ)(ねぎ)(きざ)んで、一所(いつしよ)にぐら/\()て、ふツ/\とふいて()べます、あつい(ところ)がいゝのです。――(なに)(かく)さう、(わたし)(これ)には岡惚(をかぼれ)をした。

 いや、色氣(いろけ)どころか、ほんたうに北山(きたやま)だ。……()どうふだ。が、家内(かない)財布(さいふ)じりに(あた)つて()て、安直(あんちよく)(たひ)があれば、……(はうぼう)でもいゝ、……(こひねがは)くは菽乳羮(ちり)にしたい。

 しぐれは、いまのまに()んで、薄日(うすび)がさす……(かへで)小枝(こえだ)(のこ)つた、五葉(いつは)ばかり、もみぢのぬれ(いろ)(うつく)しい。こぼれて()るのは(をし)い。()()ばせば、(せま)(には)で、すぐ(とゞ)く。

 本箱(ほんばこ)をさがして、(むらさき)のおん姉君(あねぎみ)の、第七帖(だいしちでふ)()すのも仰々(ぎやう/\)しからう。……炬燵(こたつ)(すべ)つてあるきさうな、膝栗毛(ひざくりげ)(ぞく)木曾街道(きそかいだう)寢覺(ねざめ)のあたりに、一寸(ちよつと)はさんで。……

大正十三年二月

目次に戻る

感想を書く

目次