山を思う

12話 中年者の幻想 六

1,094字 約2分 2018年8月4日 公開

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 一月六日の夜、信州の大町から二里ばかり北の、国道に添った山の中のヒュッテに泊った時の経験は、容易に消え去らぬ印象を僕に与えた。

 元来この小屋はスキー客のために建てたのであるが、山中ではあり、温泉は無し、東京から出かけて行く人なんぞ丸でなく、却って国道を通行する人の避難小屋として、主な存在理由を持っているのである。

 あれは八時頃だったろうか。猛烈な吹雪で屋根も飛びそうな最中、突然戸があいて、雪まみれの男がよろめき入った。この小屋から更に一里あまり北にある一寒村の青年で、大町へ買物に行った荷馬車と一緒に来たのだが、吹雪のために馬がとまって了い、蝋燭も燃えつくした。蝋燭があるなら売って貰いたいというのである。小屋には蝋燭が無かったが、私のルックサックにはフォールディング・ランタンと一緒に数本の蝋燭が入っていた。それを二三本出すと、彼は銭を払うといったが、そんな詰らん心配はするなという訳で、彼――小屋番の話では兵隊から帰ったばかりで村の青年団長をしているそうである。どうりで言葉つき等もはっきりしていた。――は持ってきた提灯に火をつけ、吹雪の中ですくんでいる馬子と馬と車との所へ引きかえした。しばらくすると今度は村から、帰りつかぬ荷馬車を案じて三人の男がやって来た。これこれと話すると、それで一安心、先ずこゝで待とうと、落葉松の薪をどんどん焚くストーヴをかこんで、所謂四方山の話だ。僕は固い布団の中から、スウェッターを頸にまいた頭だけ出して、半分ウトウトしながら話を聞いていたが、何でも年内に婚礼があるので村中でその準備をしていると、急病人が出来て死んだ。村中が今度はそっちの方の手伝いで忙殺され、婚礼は日延になった。所が連日の大雪で、大町から来る筈の坊さまがやって来ない。待つのは一向かまわぬが、掘った墓穴が雪で埋り、何度も何度も雪をかき出している。この荷馬車も、実は葬式と婚礼との両方に使用する品を買いに行く序に、坊さまも呼びに行ったのだが、この吹雪ではとても坊さまは来まい。墓はまた埋ったろう。……僕達がねている頭の上で、彼等は遠慮会釈もない大声を出した。殊にさっきの青年と、馬子とが辿りつくと、話は余計盛んになった。が、僕は一向気にかけなかった。

 一週間ばかり前に、この小屋の番人が蕎麦粉を送ってくれた。婚礼と葬式とがかち合ったあの寒村は、蕎麦の名産地なのである。買ったのか貰ったのか、手紙には只「手に入れましたから」と書いてあったが、三十五才のロマンティストなる僕は、この蕎麦粉が、あの吹雪の夜の蝋燭に対するお礼として、あの村の人々から贈られたものゝような気がしてならぬ。

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