山を思う

13話 中年者の幻想 七

408字 約1分 2018年8月4日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 帰りのバスに、とても変な洋装の女性がのっていた。派手なので、こんでいる間は若い人だろうと思っていたが、麹町六丁目で急にすいて、後の座席から僕のすぐ前へ坐り直した――それもよろけて、短いスカートの下から膝の上の肉を出した。――のを見ると、どうしても四十は越している。

 洋服は粋であった。靴下は肉色の絹であった。帽子は深いトークであった。四十を越していなければ、それから頸にフワフワな、寒冷紗みたいな絹の布をまいていなければ、―― tulle だろうって?

 御冗談でしょう、あれは安芸者が、白粉の衿につくのをふせぐ為に使うもので、夜店へ行けば廿銭位で売っています。――そして御同伴の紳士に、あゝ迄ペチャペチャ、表情たっぷりで話さなければ、あたゝかい晩だ、あるいは彼女、僕の幻想を「やわらかく恋の思いに向けた」かも知れない。その時も僕は頭の中で「バールセロナの、乙女子よ、来ませずや我が胸に!」と歌っていたのだから……。

目次に戻る

目次