山を思う

24話 新道・旧道 (下)

1,536字 約3分 2018年8月4日 公開

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 上越の国境には相当に高い山が並んでいる――と、こう書いていわゆる微苦笑をもらした。高い山脈があるからこそ、それが国境になったのだ。それはとにかく、西南方の稲包山から東北方の朝日岳にいたる山脈中の、最も低い場所を求めて、人が山越をしたのは当然のことである。然し山の横腹に穴をあけるとなれば、山の高低は敢て問う所ではない。かくて清水隧道は一九七八米の茂倉岳の直下を、遠慮会釈もなく一直線につらぬいているのである。だが何ゆえ、特にこゝを選んだのか。

 廿七日朝、水上まで汽車、そこから自動車みたいにガソリンで動く軽便鉄道で土合の建設事務所へ着いて、次席技師の内田氏にあった時、この点を質問した。すると、それには色々技術上の問題もあるが、何はとまれ、土合、土樽間が四点で見通しのつくことが、この上もない強みだとのことであった。即ち土合の信号所から茂倉岳の頂上が見え、頂上から山中のある一点が見え、そこからは土樽信号所が見下せるという。これは一つの啓示であった。

 所で、土合へ来て驚いたのは、狭い谷を埋めつくした家である。湯檜曾にも鉄道関係の人は多数いるが、これは昔ながらの部落であった。しかるに土合は大正十一年この工事がはじまるまでは、人家とて碌にありはしなかったのが、いまでは二千人ばかりが集っていて、病院、学校、倶楽部等があり、この附近では最も文化的設備がとゝのっているのだが、さて隧道が貫通すると、あとには信号所が残るだけで、またもとの山猿の遊び場になってしまう。これは土樽とても全く同様である。

 思いがけなかっただけに面白かったのは、糞尿焼却装置である。いさゝか話が尾籠になるが、これだけの人類の糞尿が、狭い湯檜曾川へ流れ込んだ日には、岩魚ややまめばかりでなく、下流に住む人々までが、とても生きてはいられまい。そこでゴ式焼却器という、大きな釜をそなえつけ、すべてこゝで処分してしまう。

 学校は先生三人に生徒百六十五人の複式教育。生徒は日本中から来ていて、朝鮮人の子供も多い。教室に電燈が下っているので、夜学でもするのかと思ったがそうではなく、冬は屋根まで雪に埋ってしまうので、こういう設備がしてあるとのことであった。高等科の子供は湯檜曾へ通うのだが、トロッコなので、一つには工事中の岩石等が飛んで来るのを防ぐため、頑丈な金網が張ってあり、子供達は鶏みたいにその中に入って学校へ行く。越後側の土樽も、先生、生徒の数は偶然ながら土合のと殆んど同じである。

 内田さんの案内で隧道の一番奥まで、約一万四千尺入って見た。途中坑口から九千尺ばかりの所で、素敵な勢いで水がふき出している。大正十五年十一月、こゝまで掘って来て断層に逢い、猛烈な噴水のために工事を中止して別に九千呎に近い排水隧道をつくった。今隧道入口の左手に盛んに水を吐き出しているのがそれである。

 隧道の一番奥の光景は、物凄いものであった。六名の鑿岩夫、六名の「さき手」以下数名が濛々たる岩粉、轟々たる音響の中で鑿岩機を使用して、固い岩に穴をあけると、その後ではマイヤーホーレーが不気味な恰好で岩屑をすくい上げる。二尺乃至二尺五寸間隔で五尺ほどの深さに四個穴をあけ(これを真ヌキという)その周囲に廿四個小さいのをあけると、ダイナマイトを填めて先ず真ヌキを爆破させ、丗秒位してから周囲の廿四を同時に爆破させる。そこで坑内の空気を吸い出し、新鮮な空気を送り、あらためて鑿岩機の活動がはじまる。たゞ今のところ現場交代で四交代、昼夜兼行、工事を急いでいる。

 一時間ばかりいて坑外へ出たら夏の日ざしに目がくらんだ。事務所の前に給料をもらう人達が列をつくっている。ふと、今日はわが社でも月給と上半期のボーナスとが出る日だなと思った。

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