間引菜

2話 間引菜(2)

4,148字 約8分 2011年11月4日 公開

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奧州(あうしう)仙臺(せんだい)岩沼(いはぬま)の、得平(とくへい)膏藥(かうやく)は、

 あれや、これやに、()かなんだ。

 (あかぎれ)なんどにや、よく()いた。)

 そこで床平(とこへい)が、自分(じぶん)(やけ)あとへ貼出(はりだ)したのは――

()うしよう、身代(しんだい)(いま)()に、床平(とこへい)()()けた。

 (みづ)や、火消(ひけし)ぢや()えなんだ。

 曉方(あけがた)なんどにや、やつと()えた。)

 ()つたな、親方(おやかた)。お救米(すくひまい)()みながら、江戸兒(えどつこ)意氣(いき)(おも)ふべしである。

 ()のおなじ火事(くわじ)に、靈岸島(れいがんじま)は、かたりぐさにするのも痛々(いた/\)しく(はゞか)られるが、あはれ、今度(こんど)被服廠(ひふくしやう)あとで、男女(だんぢよ)死體(したい)伏重(ふしかさ)なつた。こゝへ()つたお救小屋(すくひごや)へ、やみの()は、わあツと()泣聲(なきごゑ)、たすけて――と()悲鳴(ひめい)が、()(そこ)からきこえて、幽靈(いうれい)(あら)はれる。

 しきりもない小屋内(こやうち)が、()らぬだに、おびえる(ところ)一齊(いちどき)突伏(つツぷ)(さわ)ぎ。やゝ()(たしか)なのが、それでも(わづか)見留(みと)めると、黒髮(くろかみ)(みだ)した、(わか)(をんな)の、(しろ)姿(すがた)で。……()るまに(かげ)になつて、フツと()える。

 その混亂(こんらん)のあとには、持出(もちだ)した家財(かざい)金目(かなめ)のものが(すくな)からず紛失(ふんしつ)した。娯樂(ごらく)ものの講談(かうだん)に、近頃(ちかごろ)大立(おほだて)ものの、岡引(をかつぴき)が、つけて、()つて、()さだめて、御用(ごよう)と、()ると、()幽靈(いうれい)は……(わか)(をんな)とは()たものの慾目(よくめ)だ。(じつ)六十幾歳(ろくじふいくさい)婆々(ばゞ)で、かもじを(みだ)し、(しろ)ぬのを裸身(はだかみ)()いた。――背中(せなか)に、引剥(ひつぺ)がした黒塀(くろべい)(いた)一枚(いちまい)背負(しよ)つて()る。それ、トくるりと背後(うしろ)()きさへすれば、立處(たちどころ)暗夜(やみ)人目(ひとめ)()えたのである。

 (わたし)は、安直(あんちよく)卷莨(まきたばこ)()かしながら、夜番(よばん)相番(あひばん)と、おなじ()彌次(やじ)たちに()(はなし)をした。

 三日(みつか)とも()たないに……

「やあ、えらい(こと)()りました。……柳原(やなぎはら)(やけ)あとへ、()うです。……夜鷹(よたか)より(さき)幽靈(いうれい)()ます。……(わか)(をんな)眞白(まつしろ)なんで。――自警隊(じけいたい)一豪傑(あるがうけつ)がつかまへて()ると、それが(ばゞあ)だ。かつらをかぶつて、黒板(くろいた)……」

 と、黄昏(たそがれ)出會頭(であひがしら)に、黒板塀(くろいたべい)書割(かきわり)(まへ)で、立話(たちばなし)(はな)しかけたが、こゝまで饒舌(しやべ)ると、(わたし)(かほ)()て、(へん)顏色(かほつき)をして、

「やあ、」

 と()つて、(おこ)つたやうに、黒板塀(くろいたべい)()れてかくれた。

 (じつ)は、(わたし)は、()(ひと)(はな)したのであつた。

 こんなのは、しかし憎氣(にくげ)はない。

 (ふたゝ)幾日(いくにち)何時(なんじ)ごろに、第一震(だいいつしん)以上(いじやう)(ゆり)かへしが()る、その(とき)大海嘯(おほつなみ)がともなふと、何處(どこ)かの豫言者(よげんしや)(はな)したとか。(なん)(ほこら)巫女(みこ)は、(やけ)のこつた町家(まちや)が、()()つたまゝ、あとからあとからスケートのやうに(かけまは)(ゆめ)()たなぞと、(こゑ)(ひそ)め、小鼻(こばな)(うご)かし、眉毛(まゆげ)をびりゝと(した)なめずりをして()ふのがある。段々(だん/\)(さむ)さに(むか)ふから、()のついた(いへ)のスケートとは(かんが)へた。……

 女小兒(をんなこども)はそのたびに(あを)()る。

 やつと二歳(ふたつ)()嬰兒(あかんぼ)だが、だゞを()ねて()(こと)()かないと、それ地震(ぢしん)()るぞと(おや)たちが(おど)すと、

「おんもへ、ねんね、いやよう。」

 と、ひい/\()いて、しがみついて、(ちひ)さく()る。

 近所(きんじよ)には、六歳(ろくさい)かに()(をとこ)()で、恐怖(きようふ)(あま)()(くる)つて、八疊(はちでふ)二間(ふたま)を、(たて)とも()はず(よこ)とも()はず、くる/\(かけまは)つて()まらないのがあると()いた。

 スケートが、()うしたんだ。

 (われ)()く。――()正始(せいし)(とき)中山(ちうざん)周南(しうなん)は、襄邑(じやういふ)(ちやう)たりき。一日(あるひ)()()づるに、(もん)石垣(いしがき)隙間(すきま)から、大鼠(おほねずみ)がちよろりと()て、周南(しうなん)(むか)つて()つた。此奴(こいつ)角巾(つのづきん)帛衣(くろごろも)して()たと()ふ。一寸(ちよつと)(くつ)(さき)團栗(どんぐり)()()ちたやうな(かたち)らしい。(たゞ)しその(ふうばう)地仙(ちせん)(かく)豫言者(よげんしや)(がい)があつた。小狡(こざか)しき()で、じろりと()て、

「お、お、周南(しうなん)よ、(なんぢ)(それ)(つき)(それ)()(もつ)(まさ)()ぬべきぞ。」

 と()つた。

 したゝかな(えう)である。

 (ところ)中山(ちうざん)大人物(だいじんぶつ)は、天井(てんじやう)がガタリと()つても、わツと飛出(とびだ)すやうな、やにツこいのとは、口惜(くや)しいが鍛錬(きたへ)(ちが)ふ。

「あゝ、()やうか。」

 と()つて、()らん(かほ)をして()まして()た。……(ことば)()となまぬるいやうだけれど、そこが悠揚(いうやう)として(せま)らざる(ところ)である。

 鼠還穴(ねずみあなにかへる)

 その某月(ぼうげつ)(なか)ばに、今度(こんど)は、(ねずみ)周南(しうなん)(しつ)(あら)はれた。もの/\しく一揖(いちいふ)して、

「お、お、周南(しうなん)よ。(なんぢ)(つき)幾日(いくじつ)にして(まさ)()ぬべきぞ。」

 と()つた。

「あゝ、()やうか。」

 (ねずみ)(はしら)(かく)れた。やがて、(のろ)へる()の、()七日前(なぬかまへ)に、傲然(がうぜん)()()た。

「お、お、周南(しうなん)よ。(なんぢ)旬日(じゆんじつ)にして(まさ)()ぬべきぞ。」

「あゝ、()やうか。」

 丁度(ちやうど)七日(なぬか)めの(あさ)は、(ねずみ)(いそ)いで()た。

「お、お、周南(しうなん)よ。(なんぢ)今日(こんにち)(うち)に、(まさ)()ぬべきぞ。」

「あゝ、()やうか。」

 (ねずみ)(あわ)てたやうに、あせり氣味(ぎみ)にちか()つた。

「お、お、周南(しうなん)(なんぢ)日中(につちう)()にして(まさ)()ぬべきぞ。」

「あゝ、()やうか。」

 ()()(おな)(ところ)自若(じじやく)として一人(ひとり)()ると、(まさ)にその(ひる)ならんとして、(ねずみ)が、幾度(いくたび)()たり(はひ)つたりした。

 やがて()つて、()(とが)らし、しやがれ(ごゑ)して、

周南(しうなん)(なんぢ)()なん。」

「あゝ、()やうか。」

周南(しうなん)周南(しうなん)、いま()ぬぞ。」

()やうか。」

 と()つた。が、(ちつ)とも()なない。

(よわ)つた……遣切(やりき)れない。」

 と()ふと(ひと)しく、ひつくり(かへ)つて、()(ねずみ)がころつと()んだ。同時(どうじ)に、(づきん)(きもの)()えて()つた。()襄邑(じやういふ)(ちやう)、その(とき)思入(おもいれ)があつて、じつと()ると、(つね)貧弱(ひんじやく)(ねずみ)のみ。周南壽(しうなんいのちながし)。と()ふのである。

 流言(りうげん)(はへ)蜚語(ひご)(ねずみ)、そこらの豫言者(よげんしや)(たい)するには、周南先生(しうなんせんせい)流儀(りうぎ)(かぎ)る。

 (こと)あつて(のち)にして、前兆(ぜんてう)(かた)るのは、六日(むいか)菖蒲(あやめ)だけれども、そこに、あきらめがあり、一種(いつしゆ)のなつかしみがあり、深切(しんせつ)がある。あはれさ、はかなさの(じやう)(ふく)む。

 (しほ)のさゝない中川筋(なかがはすぢ)へ、(おびたゞ)しい(ぼら)(あが)つたと()ふ。……横濱(よこはま)では、(まち)小溝(こみぞ)(いわし)(すく)へたと()く。……(かつ)(つくだ)から、「(かに)や、大蟹(おほがに)やあ」で()る、(こゑ)(わか)いが、もういゝ加減(かげん)(ぢい)さんの()ふのに、小兒(こども)時分(じぶん)にやあ兩國下(りやうごくした)(いわし)がとれたと(はな)した、(わたし)地震(ぢしん)當日(たうじつ)、ふるへながら、「あゝ、こんな(とき)には、兩國下(りやうごくした)(いわし)()はしないかな。」と、()にもつかないが、事實(じじつ)そんな(こと)(おも)つた。

 あの、磐梯山(ばんだいさん)噴火(ふんくわ)して、一部(いちぶ)山廓(さんくわく)をそのまゝ(みづうみ)(そこ)にした。……その前日(ぜんじつ)、おなじ(やま)温泉(おんせん)背戸(せど)に、物干棹(ものほしざを)()けた浴衣(ゆかた)の、日盛(ひざかり)にひつそりとして()れたのが、しみ()(せみ)(こゑ)ばかり、微風(かぜ)もないのに、(すそ)(ひるがへ)して、上下(うへした)にスツ/\と(あふ)つたのを、生命(いのち)(たす)かつたものが()たと()ふ。――はもの(すご)い。

 ()うした(こと)は、()けば(いく)らもあらうと(おも)ふ。さきの思出(おもひで)、のちのたよりに()るべきである。

 (ところ)で、(わたし)たちの(まち)中央(まんなか)(はさ)んで、大銀杏(おほいてふ)一樹(ひとき)と、それから、ぽぷらの大木(たいぼく)一幹(ひともと)ある。()(ところ)(たけ)も、(えだ)のかこみもおなじくらゐで、はじめは(つゐ)銀杏(いてふ)かと(おも)つた。――()のぽぷらは、七八年前(しちはちねんぜん)の、あの(すさま)じい暴風雨(ばうふうう)(とき)、われ/\を(おどろ)かした。()があけると(たちま)()えなく()つた。が、屋根(やね)(うへ)()えたので、(じつ)(みき)(なか)ばから()れたのであつた。のびるのが(はや)い。(いま)では(ふたゝ)び、もとの(とほ)(こずゑ)(たか)し、(しげ)つて()る。()暴風雨(ばうふうう)(まへ)二三年(にさんねん)引續(ひきつゞ)いて、兩方(りやうはう)()無數(むすう)椋鳥(むくどり)()れて()た。(ねぐら)(えだ)(あらそ)つて、揉拔(もみぬか)れて、一羽(いちは)バタリと()ちて()(まは)したのを、(みづ)をのませていきかへらせて、そして(はな)した(ひと)があつたのを(おぼ)えて()る。

 見事(みごと)()れて()た。

 以前(いぜん)(なに)かに(わたし)が、「田舍(ゐなか)から、はじめて新橋(しんばし)()いた椋鳥(むくどり)一羽(いちは)。」とか()いたのを、紅葉先生(こうえふせんせい)()(わら)ひなすつた(こと)がある。「(ちが)ふよ、お(まへ)椋鳥(むくどり)()ふのは()れて()るからなんだよ。一羽(いちは)ぢやいけない。」成程(なるほど)むれて()るものだと(おも)つた。

 暴風雨(ばうふうう)(とし)から、ばつたり()なく()つた。それが、今年(ことし)、しかもあの大地震(おほぢしん)(まへ)()暮方(くれがた)に、(そら)(なみ)のやうに()れて(わた)りついた。ぽぷらの()に、どつと()まると、それからの喧噪(さわぎ)()ふものは、――チチツ、チチツと百羽(ひやつぱ)二百羽(にひやつぱ)一度(いちど)(こゑ)()て、バツと(こずゑ)飛上(とびあが)ると、また(さつ)(えだ)につく。()むわ()るわ。()つと(こずゑ)(しづ)まつたと(おも)ふと、チチツ、チチツと()()てて(また)パツと(えだ)飛上(とびあが)る。曉方(あけがた)まで()()がなかつた。

 今年(ことし)非常(ひじやう)(あつ)さだつた。また東京(とうきやう)らしくない、しめり()()びた可厭(いや)蒸暑(むしあつ)さで、息苦(いきぐる)しくして、()られぬ(ばん)幾夜(いくよ)(つゞ)いた。おなじく()()(あつ)かつた。一時頃(いちじごろ)まで、(みな)戸外(おもて)()(すゞ)んで()て、(なん)()(さわ)(かた)だらう、何故(なぜ)あゝだらう、(からす)(ふくろ)(おどろ)かされるたつて、のべつに(さわ)(わけ)はない。(ねぐら)()りない喧嘩(けんくわ)なら、銀杏(いてふ)(はう)へ、いくらか(わか)れたら()ささうなものだ。――()うだ、ぽぷらの()ばかりで(さわ)ぐ。……銀杏(いてふ)星空(ほしぞら)森然(しん)として()た。

 これは、大袈裟(おほげさ)でない、(たれ)()つて()る。()られないほど、ひつきりなしに、けたゝましく鳴立(なきた)てたのである。

 (あさ)はひつそりした。が、今度(こんど)人間(にんげん)(はう)(こゑ)()げた。「やあ、(あら)もの()(ばあ)さん。……()うでえ、昨夜(ゆうべ)の、あの椋鳥(むくどり)畜生(ちくしやう)(さわ)(かた)は――ぎやあ/\、きい/\、ばた/\、ざツ/\、騷々(さう/″\)しくつて、騷々(さう/″\)しくつて。……俺等(おいら)晝間(ひるま)(つか)れて()るのに、からつきし()られやしねえ。もの干棹(ほしざを)(なが)(やつ)持出(もちだ)して、(かきまは)して、引拂(ひつぱた)かうと(おも)つても、二本(にほん)()いでも(とゞ)くもんぢやねえぢやあねえか。()(たか)くつてよ。なあ(ばあ)さん、椋鳥(むくどり)畜生(ちくしやう)、ひどい()()はしやがるぢやあねえか。」と大聲(おほごゑ)(わめ)いて()るのがよく(きこ)えた。まだ、(わたし)たち朝飯(あさめし)(まへ)であつた。

 (これ)(をさ)まると、一時(ひとしきり)たゝきつけて、()屋根(やね)(かき)みだすやうな風雨(あめかぜ)()つた。驟雨(しうう)だから、東京中(とうきやうぢう)には()らぬ(ところ)もあつたらしい。(いき)()くやうに、一度(いちど)()んで、しばらくぴつたと(しづ)まつたと(おも)ふと、(いと)(ゆす)つたやうに(かすか)()たのが、(たちま)ち、あの大地震(おほぢしん)であつた。

前兆(ぜんてう)だつたぜ――(おら)(たしか)前兆(ぜんてう)だつたと(おも)ふんだがね。あの(まへ)(ばん)から曉方(あけがた)までの椋鳥(むくどり)(さわ)ぎやうと()つたら、なあ、(ばあ)さん。……ぎやあ/\ぎやあ/\夜一夜(よつぴて)だ。――お(まへ)さん。……なあ、(ばあ)さん、(あら)もの()(ばあ)さん、なあ、(ばあ)さん。」

 ()(どく)らしい。……一々(いち/\)、そのぽぷらに間近(まぢか)平屋(ひらや)のある、(あら)もの()(ばあ)さんを、(つじ)番小屋(ばんごや)から()()すのは。――こゝで(わか)つた――植木屋(うゑきや)親方(おやかた)だ。へゞれけに醉拂(よつぱら)つて、向顱卷(むかうはちまき)で、(くは)()けた()(やつ)を、夜警(やけい)()ものに突張(つツぱ)りながら、

「なあ、(ばあ)さん。――(あら)もの()(ばあ)さんが、()つてるんだ。椋鳥(むくどり)畜生(ちくしやう)、もの干棹(ほしざを)引掻(ひきか)き《まは》いてくれようと、幾度(いくど)飛出(とびだ)したか(わか)らねえ。()(たけ)えから(とゞ)かねえぢやありませんかい。()うだらう、()うだとも。――なあ、(ばあ)さん、(あら)もの()(ばあ)さん、なあ、(ばあ)さん。」

 ふり《まは》す(くは)()をよけながら、いや、お(ばあ)さんばかりぢやありません、(みな)()つてるよ、と()つても()つてるから承知(しようち)をしない。「なあ、(ばあ)さん、椋鳥(むくどり)のあの(さわ)(かた)は。」――と毎晩(まいばん)のやうに怒鳴(どな)つたものである。

 ……(はなし)騷々(さう/″\)しい。……()(しづか)にしよう。それでなくてさへのぼせて不可(いけな)い。あゝ、しかし陰氣(いんき)()ると()滅入(めい)る。

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