間引菜

3話 間引菜(3)

2,440字 約5分 2011年11月4日 公開

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 がさり。

 また(ねずみ)だ、奸黠(かんきつ)なる(ねずみ)豫言者(よげんしや)よ、小畜(せうちく)よ。

 さて、車麩(くるまぶ)行方(ゆくへ)は、やがて()れた。()()つたのでも(なん)でもない。地震騷(ぢしんさわ)ぎのがらくただの、風呂敷包(ふろしきづつみ)を、ごつたにしたゝか積重(つみかさ)ねた(とこ)()(おく)(すみ)(はう)引込(ひつこ)んであつたのを(のち)()つけた。畜生(ちくしやう)水道(すゐだう)()て、電燈(でんとう)がついて、豆府屋(とうふや)()るから、もう()(つよ)いぞ。

 ……()がたの()いた、そんなものは、掃溜(はきだめ)打棄(うつちや)つた。

 がさり。がら/\/\。

 あの、(とほ)りだ。さすがに、(たゝみ)(うへ)へは(ちか)づけないやうに(ふせ)ぐが、天井裏(てんじやううら)から、臺所(だいどころ)(ねずみ)()えたことは一通(ひととほ)りでない。

 近所(きんじよ)で、(ちひ)さな()が、おもちやに小庭(こには)にこしらへた、箱庭(はこには)のやうな築山(つきやま)がある。――其處(そこ)へ、午後二時(ごごにじ)ごろ、眞日中(まつぴなか)とも()はず、毎日(まいにち)のやうに、おなじ時間(じかん)に、(えん)(した)から、のそ/\と……()たな、豫言者(よげんしや)。……灰色(はひいろ)()禿()げた古鼠(ふるねずみ)が、八九疋(はつくひき)小鼠(こねずみ)をちよろ/\と()れて()て、日比谷(ひびや)一散歩(ひとさんぽ)()つた(つら)で、(をけ)()ぐらゐに、ぐるりと一巡(ひとめぐり)二三度(にさんど)して、すまして(また)(えん)(した)(はひ)つて()く。

氣味(きみ)(わる)くて()がつけられません。」

地震以來(ぢしんいらい)、ひとを馬鹿(ばか)にして()るんですな。」

 と、その(おや)たちが(はな)して()た。

「……車麩(くるまぶ)だつてさ……()つて()たよ。あの、(ばう)のお(には)へ。――(やま)のね、(やま)のまはりを引張(ひつぱ)るの。……(くるま)眞似(まね)だか、あの、オートバイだか、電車(でんしや)眞似(まね)だか、ガツタン、ガツタン、がう……」

 と、その(なゝ)つに()()が、いたいけにまた(はな)した。

 (わたし)(なん)だか、薄氣味(うすきみ)(わる)(おも)ひがした。

 (はへ)()いたことは()ふまでもなからう。(ねずみ)がそんなに跋扈(ばつこ)しては、夜寒(よさむ)破襖(やぶれぶすま)()うしよう。

 野鼠(のねずみ)退治(たいぢ)るものは(たぬき)()く。……本所(ほんじよ)麻布(あざぶ)(つゞ)いては、この(あたり)場所(ばしよ)だつたと()ふのに、あゝ、その(たぬき)(かげ)もない。いや、(なに)より、こんな(とき)(ねこ)だが、飼猫(かひねこ)なんどは、()(ごろ)人間(にんげん)とともに臆病(おくびやう)で、(ねこ)が(ねこ)に()つて、ぼやけて()る。

 (とき)なるかな。(てん)配劑(はいざい)(めう)である。如何(いか)流言(りうげん)()いた(ねずみ)でも、オートバイなどで(ひと)もなげに(かけまは)られては(たま)らないと(おも)ふと、どしん、どしん、がら/\がらと天井(てんじやう)()つかけ《まは》し、(どぶ)(なか)()つて(たふ)し、()んで()みふせる勇者(ゆうしや)(あら)はれた。

 (かれ)(いたち)である。

 ()まで(ふる)(こと)でもない。いまの院線(ゐんせん)がまだ(つう)じない時分(じぶん)には、土手(どて)茶畑(ちやばたけ)で、(たぬき)が、ばつた(おさ)へたと()ふ、番町邊(ばんちやうへん)に、いつでも()さうな(へび)(いたち)を、つひぞ()(こと)がなかつたが。……それが、(どぶ)(はし)り、床下(ゆかした)()けて、しば/\人目(ひとめ)につくやうに()つたのは、去年(きよねん)七月(しちぐわつ)……番町學校(ばんちやうがくかう)一燒(ひとや)けに()けた前後(あとさき)からである。あの、時代(じだい)のついた大建(おほだて)ものの隨處(ずゐしよ)(すく)つたのが、()のために()つたか、(あるひ)()()けて界隈(かいわい)()げたのであらう。

 不斷(ふだん)は、あまり評判(ひやうばん)のよくない(やつ)で、肩車(かたぐるま)二十疋(にじつぴき)三十疋(さんじつぴき)狼立(おほかみだち)突立(つツた)つて、それが火柱(ひばしら)()るの、三聲(みこゑ)(つゞ)けて、きち/\となくと()(たゝ)るの、(みち)()ると(わる)いのと()ふ。……よく(とし)よりが()つて()かせた。――(ひるがへ)つて(おも)ふに、(おのづ)から()(はゞか)るやうに、(ひと)()から(とほ)ざけて、渠等(かれら)保護(ほご)する、(こゝろ)あつた古人(こじん)苦肉(くにく)(はかりごと)であらうも()れない。

 一體(いつたい)が、一寸(ちよつと)手先(てさき)で、障子(しやうじ)破穴(やぶれあな)(やう)(かほ)()でる、(ひたひ)(しろ)洒落(しやれ)もので。……

 越前國(ゑちぜんのくに)大野郡(おほのごほり)山家(やまが)(むら)(こと)である。(はる)小正月(こしやうぐわつ)()(わか)いものは、家中(いへぢう)みな(あそ)びに()た。(ぢい)さまも()みに()く。うき()()ました(ばあ)さんが一人(ひとり)爐端(ろばた)留守(るす)をして、(くら)(ともし)で、絲車(いとぐるま)をぶう/\と、藁屋(わらや)(ゆき)が、ひらがなで音信(おとづ)れたやうな(むかし)(おも)つて、(いと)()つて()ると、納戸(なんど)障子(しやうじ)(やぶ)れから、すき()(かぜ)とともに、すつと茶色(ちやいろ)飛込(とびこ)んだものがある。白面(はくめん)黄毛(くわうまう)不良青年(ふりやうせいねん)見紛(みまが)ふべくもない(いたち)で。木尻座(きじりざ)(むしろ)に、ゆたかに、(かど)のある小判形(こばんがた)にこしらへて()んであつた(もち)を、一枚(いちまい)、もろ()前脚(まへあし)抱込(かゝへこ)むと、ひよいと(かへ)して、(あたま)()せて、(ひと)(かる)(うね)つて、()びざまにもとの障子(しやうじ)(あな)()える。()えるかと(おも)ふと、(たちま)()()て、(だま)つて(また)(もち)(いたゞ)いて、すつと引込(ひつこ)む。「おゝ/\(わる)(がき)がの……そこが畜生(ちくしやう)(あさ)ましさぢや、澤山(たんと)()うせいよ。()()ばいて障子(しやうじ)()ければ、すぐに人間(にんげん)(もど)るぞの。」と、(ばあ)さんは、つれ/″\の夜伽(よとぎ)にする()で、(たくみ)な、その(もち)(はこ)(かた)を、ほくそ(ゑみ)をしながら()()た。

 (わか)いものが(かへ)ると、()(はなし)をして、畜生(ちくしやう)智慧(ちゑ)(わら)(はず)が、(あに)(はか)らんや、ベソを()いた。(もち)一切(ひときれ)もなかつたのである。

 (ほど)たつて、裏山(うらやま)小山(こやま)(ひと)()した谷間(たにあひ)(いは)(あな)に、(うづたか)く、その(もち)(たくは)へてあつた。(いたち)(ひと)つでない。爐端(ろばた)(もち)(いたゞ)くあとへ、()(そろ)へ、(あたま)をならべて、幾百(いくひやく)(れつ)をなしたのが、一息(ひといき)に、(やま)(ひと)(はこ)んだのであると()ふ。洒落(しやれ)れたもので。

 ……(うち)二三年(にさんねん)(あそ)んで()た、書生(しよせい)さんの質實(じみ)(くち)から、(しか)實驗談(じつけんだん)()かされたのである。が、(いさゝ)(たくみ)()ぎると(おも)つた。

 (のち)に、春陽堂(しゆんやうだう)主人(しゆじん)()いた。――和田(わだ)さんがまだ學校(がくかう)がよひをして、本郷(ほんがう)彌生町(やよひちやう)の、ある下宿(げしゆく)()(とき)初夏(しよか)(ゆふべ)不忍(しのばず)(はす)(おも)はず、()りとて數寄屋町(すきやまち)婀娜(あだ)(おも)はず、下階(した)部屋(へや)小窓(こまど)頬杖(ほゝづゑ)をついて()ると、()(まへ)(には)で、牡鷄(をんどり)がけたゝましく、()きながら、()(あふ)つて、ばた/\と二三尺(にさんじやく)飛上(とびあが)る。飛上(とびあが)つては引据(ひきす)ゑらるゝやうに、けたゝましく()いて()ちて、また飛上(とびあが)る。

 講釋師(かうしやくし)()ふ、(やり)のつかひてに(のろ)はれたやうだがと、ふと()ると、赤煉蛇(やまかゞし)であらう、たそがれに薄赤(うすあか)い、(およ)一間(いつけん)六尺(ろくしやく)(あま)長蟲(ながむし)が、(がけ)沿()つた納屋(なや)()をかくして、鎌首(かまくび)(とり)(せま)る、あます(ところ)四五寸(しごすん)のみ。

 和田(わだ)さんは(へび)(おそ)れない。

 ()(ぱな)しの書生(しよせい)さんの部屋(へや)だから、()ぐにあつた。――(ステツキ)()るや(いな)や、畜生(ちくしやう)()つて、(まど)飛下(とびおり)ると、()うだらう、たゝきもひしぎもしないうちに、()(へび)が、ぱツと寸々(ずた/\)()れて(とを)あまりに()けて、蜿々(うね/\)()つて(うごめ)いた。これには(おも)はず度肝(どぎも)()かれて(こし)(おと)したさうである。

 が、(へび)ではない。()つて肩車(かたぐるま)した、(いたち)(なが)(れつ)(みだ)れたのであつた。

 大野(おほの)(はなし)(うなづ)かれて、そのはたらきも(さつ)しらるゝ。

 かの、(リノキ、チツキテビー)よ。わが鼬將軍(いたちしやうぐん)よ。いたづらに(とり)など(かま)ふな。毒蛇(コブラ)咬倒(かみたふ)したあとは、(ねがは)くは(ねずみ)()れ。(はへ)では役不足(やくぶそく)であらうも()れない。きみは獸中(ぢうちう)(はやぶさ)である。……

大正十二年十一月

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