3話 間引菜(3)
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がさり。
また鼠だ、奸黠なる鼠の豫言者よ、小畜よ。
さて、車麩の行方は、やがて知れた。魔が奪つたのでも何でもない。地震騷ぎのがらくただの、風呂敷包を、ごつたにしたゝか積重ねた床の間の奧の隅の方に引込んであつたのを後に見つけた。畜生。水道が出て、電燈がついて、豆府屋が來るから、もう氣が強いぞ。
……齒がたの着いた、そんなものは、掃溜へ打棄つた。
がさり。がら/\/\。
あの、通りだ。さすがに、疊の上へは近づけないやうに防ぐが、天井裏から、臺所、鼠の殖えたことは一通りでない。
近所で、小さな兒が、おもちやに小庭にこしらへた、箱庭のやうな築山がある。――其處へ、午後二時ごろ、眞日中とも言はず、毎日のやうに、おなじ時間に、縁の下から、のそ/\と……出たな、豫言者。……灰色で毛の禿げた古鼠が、八九疋の小鼠をちよろ/\と連れて出て、日比谷を一散歩と言つた面で、桶の輪ぐらゐに、ぐるりと一巡二三度して、すまして又縁の下へ入つて行く。
「氣味が惡くて手がつけられません。」
「地震以來、ひとを馬鹿にして居るんですな。」
と、その親たちが話して居た。
「……車麩だつてさ……持つて來たよ。あの、坊のお庭へ。――山のね、山のまはりを引張るの。……車の眞似だか、あの、オートバイだか、電車の眞似だか、ガツタン、ガツタン、がう……」
と、その七つに成る兒が、いたいけにまた話した。
私も何だか、薄氣味の惡い思ひがした。
蠅の湧いたことは言ふまでもなからう。鼠がそんなに跋扈しては、夜寒の破襖を何うしよう。
野鼠を退治るものは狸と聞く。……本所、麻布に續いては、この邊が場所だつたと言ふのに、あゝ、その狸の影もない。いや、何より、こんな時の猫だが、飼猫なんどは、此の頃人間とともに臆病で、猫が(ねこ)に成つて、ぼやけて居る。
時なるかな。天の配劑は妙である。如何に流言に憑いた鼠でも、オートバイなどで人もなげに駈られては堪らないと思ふと、どしん、どしん、がら/\がらと天井を追つかけ《まは》し、溝の中で取つて倒し、組んで噛みふせる勇者が顯はれた。
渠は鼬である。
然まで古い事でもない。いまの院線がまだ通じない時分には、土手の茶畑で、狸が、ばつたを壓へたと言ふ、番町邊に、いつでも居さうな蛇と鼬を、つひぞ見た事がなかつたが。……それが、溝を走り、床下を拔けて、しば/\人目につくやうに成つたのは、去年七月……番町學校が一燒けに燒けた前後からである。あの、時代のついた大建ものの隨處に巣つたのが、火のために散つたか、或は火を避けて界隈へ逃げたのであらう。
不斷は、あまり評判のよくない獸で、肩車で二十疋、三十疋、狼立に突立つて、それが火柱に成るの、三聲續けて、きち/\となくと火に祟るの、道を切ると惡いのと言ふ。……よく年よりが言つて聞かせた。――飜つて思ふに、自から忌み憚るやうに、人の手から遠ざけて、渠等を保護する、心あつた古人の苦肉の計であらうも知れない。
一體が、一寸手先で、障子の破穴の樣な顏を撫でる、額の白い洒落もので。……
越前國大野郡の山家の村の事である。春、小正月の夜、若いものは、家中みな遊びに出た。爺さまも飮みに行く。うき世を濟ました媼さんが一人、爐端に留守をして、暗い灯で、絲車をぶう/\と、藁屋の雪が、ひらがなで音信れたやうな昔を思つて、絲を繰つて居ると、納戸の障子の破れから、すき漏る風とともに、すつと茶色に飛込んだものがある。白面黄毛の不良青年。見紛ふべくもない鼬で。木尻座の筵に、ゆたかに、角のある小判形にこしらへて積んであつた餅を、一枚、もろ手、前脚で抱込むと、ひよいと飜して、頭に乘せて、一つ輕く蜿つて、伸びざまにもとの障子の穴へ消える。消えるかと思ふと、忽ち出て來て、默つて又餅を頂いて、すつと引込む。「おゝ/\惡い奴がの……そこが畜生の淺ましさぢや、澤山然うせいよ。手を伸ばいて障子を開ければ、すぐに人間に戻るぞの。」と、媼さんは、つれ/″\の夜伽にする氣で、巧な、その餅の運び方を、ほくそ笑をしながら見て居た。
若いものが歸ると、此の話をして、畜生の智慧を笑ふ筈が、豈計らんや、ベソを掻いた。餅は一切もなかつたのである。
程たつて、裏山の小山を一つ越した谷間の巖の穴に、堆く、その餅が蓄へてあつた。鼬は一つでない。爐端の餅を頂くあとへ、手を揃へ、頭をならべて、幾百か列をなしたのが、一息に、山一つ運んだのであると言ふ。洒落れたもので。
……内に二三年遊んで居た、書生さんの質實な口から、然も實驗談を聞かされたのである。が、聊か巧に過ぎると思つた。
後に、春陽堂の主人に聞いた。――和田さんがまだ學校がよひをして、本郷彌生町の、ある下宿に居た時、初夏の夕、不忍の蓮も思はず、然りとて數寄屋町の婀娜も思はず、下階の部屋の小窓に頬杖をついて居ると、目の前の庭で、牡鷄がけたゝましく、鳴きながら、羽を煽つて、ばた/\と二三尺飛上る。飛上つては引据ゑらるゝやうに、けたゝましく鳴いて落ちて、また飛上る。
講釋師の言ふ、槍のつかひてに呪はれたやうだがと、ふと見ると、赤煉蛇であらう、たそがれに薄赤い、凡そ一間、六尺に餘る長蟲が、崖に沿つた納屋に尾をかくして、鎌首が鷄に迫る、あます處四五寸のみ。
和田さんは蛇を恐れない。
遣り放しの書生さんの部屋だから、直ぐにあつた。――杖を取るや否や、畜生と言つて、窓を飛下ると、何うだらう、たゝきもひしぎもしないうちに、其の蛇が、ぱツと寸々に斷れて十あまりに裂けて、蜿々と散つて蠢いた。これには思はず度肝を拔かれて腰を落したさうである。
が、蛇ではない。這つて肩車した、鼬の長い列が亂れたのであつた。
大野の話も頷かれて、そのはたらきも察しらるゝ。
かの、(リノキ、チツキテビー)よ。わが鼬將軍よ。いたづらに鳥など構ふな。毒蛇を咬倒したあとは、希くは鼠を獵れ。蠅では役不足であらうも知れない。きみは獸中の隼である。……
大正十二年十一月