孤島の鬼

47話 刑事来る

1,928字 約4分 2020年10月21日 公開

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 私達は無事に井戸を出ることが出来た。久し振りの日光に、目がくらみ相になるのを、こらえこらえ、手を取り合って諸戸屋敷の表門の方へ走って行くと、向から見馴れぬ洋服紳士がやってくるのにぶつかった。

「オイ、君達は何だね」

 その男は私達を見ると、横柄(おうへい)な調子で呼び止めた。

「君は一体誰です。この島の人じゃない様だが」

 道雄が反対に聞返した。

「僕は警察のものだ。この家を取調べにやって来たのだ。君達はこのうちと関係があるのかね」

 洋服紳士は思いがけぬ刑事巡査であった。丁度幸である。私達は銘々(めいめい)名を名乗った。

「嘘を云い給え。諸戸、蓑浦の両人がここへ来ていることは知っている。だが、君達の様な老人ではない筈だよ」

 刑事は妙なことを云った。私達をとらえて「君達の様な老人」とは一体何を勘違いしているのだろう。

 私と道雄とは不審に堪えず、思わずお互の顔を眺め合った。そして、私達はアッと驚いてしまった。

 私の目の前に立っているのは、最早や数日以前までの諸戸道雄ではなかった。乞食みたいなボロボロの服、(あか)づいた鉛色の皮膚、おどろに乱れた頭髪、目は(くぼ)み、頬骨の突出た骸骨の様な顔、成程刑事が老人と見違えたのも無理ではない。

「君の頭は真白だよ」

 道雄はそう云って妙な笑い方をした。それが私には泣いている様に見えた。

 私の変り方は道雄よりもひどかった。肉体の憔悴(しょうすい)は彼と大差なかったが、私の頭髪は、あの穴の中の数日間に、全く色素を失って、八十歳の老人の様に真白に変っていた。

 私は極度の精神上の苦痛が、人間の頭髪を一夜にして白くしたという不思議な現象を知らぬではなかった。その実例も二三読んだことがある。だが、そんな稀有(けう)の現象が、かく云う私の身に起ろうとは、全く想像の外であった。

 だが、この数日間、私は幾度死の、或は死以上の恐怖に脅かされたことであろう。よく気が違わなんだと思う。気が違う代りに頭髪が白くなったのだ。まだしも、それが仕合せと云わねばならぬ。

 同じ人外境を経験しながら、諸戸の頭髪に異常の見えぬは、流石に彼は私よりも強い心の持主であったからであろう。

 私達は刑事に向って、この島に来るまでの、又来てからの、一切の出来事を、かいつまんで話した。

「何ぜ警察の助けを借りなかったのです。君達の苦しみは自業自得というものですよ」

 私達の話を聞いた刑事が、最初に発した言葉はこれであった。だが、無論微笑しながら。

「悪人の丈五郎が、僕の父だと思い込んでいたものですから」

 道雄が弁解した。

 刑事は一人ではなかった。数人の同僚を従えていた。彼はその(うち)の二人に命じて、地底に這入り、丈五郎と徳さんとを連れてくる様に命じた。

「しるべの縄はそのままにして置いて下さい。金貨を取出さなければなりませんから」

 道雄がその二人に注意を与えた。

 池袋署の北川という刑事が、例の少年軽業師友之助の属していた、尾崎曲馬団を探る為に、静岡県まで出掛け、苦心に苦心を重ね、道化役の一寸法師に取入って、ある秘密を聞出したことは先に読者に告げて置いた。その北川刑事の苦心が効を奏し、私達とは全く別の方面から、遂にこの岩屋島の巣窟をつき止め、かくは諸戸屋敷調査の一団が乗込むことになったのであった。

 刑事達が来て見ると、諸戸屋敷で、男女両頭の怪物が烈しい争闘を演じていた。云うまでもなく、それは秀ちゃん吉ちゃんの双生児だ。

 兎も角、その怪物を取り鎮めて、様子を聞くと、秀ちゃんの方が雄弁に事の仔細を語った。

 私達が井戸に這入ったあとで、私と秀ちゃんの間を嫉妬した吉ちゃんが、私達を困らせる為に、丈五郎に内通して、土蔵の扉を開いたのだ。無論秀ちゃんは極力それを妨害したが、男の吉ちゃんの馬鹿力には敵わなんだ。

 自由の身になった丈五郎夫妻は、鞭を振って忽ち片輪者の一群を、反対に土蔵に押しこめてしまった。吉ちゃんが功労者なので、双生児丈けは、その難を免れた。

 それから、丈五郎は吉ちゃんの告口で私達の行方を察し、不自由な身体で自から井戸に下り、私達の麻縄を切断して置いて、別の縄によって迷路に踏み込んだのであろう。丈五郎の傴僂女房と唖のおとしさんがその手助けをしたに相違ない。

 それ以来秀ちゃんと吉ちゃんは、敵同士であった。吉ちゃんは秀ちゃんを自由にしようとする。秀ちゃんは吉ちゃんの裏切りをののしる。口論が嵩じて、身体と身体の争闘が始まる。そこへ刑事の一行が来合わせた訳である。

 秀ちゃんの説明によって、事情を知った刑事達は、直ちに丈五郎の女房とおとしさんに縄をかけ、土蔵の片輪者達を解放し丈五郎を捕える為に地底に下ろうと、その用意を始めている所へ、丁度私達が現われたのだ。

 刑事の物語によって以上の仔細が分った。

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