孤島の鬼

48話 大団円

2,446字 約5分 2020年10月21日 公開

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 さて、木崎初代(正しくは樋口初代)を初め深山木幸吉、友之助少年の三重の殺人事件の真犯人は明かとなり、私達の復讐をまつまでもなく、彼は已に狂人となり果ててしまった。又、その殺人事件の動機となった樋口家の財宝の隠し場所も分った。私の長物語もこの辺で幕をとじるべきであろう。

 何か云い残したことはないかしら。そうそう、素人探偵深山木幸吉氏のことがある。彼はあの系図帳を見た丈けで、どうして岩屋島の巣窟を見抜くことが出来たのだろう。いくら名探偵と云っても、あんまり超自然な明察だ。

 私は事件が終ってから、どうもこのことが不思議で堪らぬものだから、深山木氏の友人が保管していた故人の日記帳を見せて貰って、丹念に探して見た所、あったあった。大正二年の日記帳に、樋口春代の名が見える。云うまでもなく初代さんの母御だ。

 読者も知っている通り、深山木氏は一種の奇人で、妻子がなかった代りには、随分色々な女と親しくなって、夫婦みたいに同棲していたことがある。春代さんもその内の一人だった。深山木氏は旅先で、困っている春代さんを拾ったのだ。(初代さんを捨て子にした後の話だ)

 同棲二年程で、春代さんは深山木氏の家で病死している。定めし死ぬ前に、捨て児のことも、系図帳のことも、岩屋島のことも、すっかり深山木氏に話したことであろう。これで、後年深山木氏が例の樋口家の系図帳を見るや否や、岩屋島へ駈けつけた訳が分る。

 系図帳は樋口春雄(丈五郎の兄)からその妻の梅野に、梅野からその子の春代に、春代から初代にと伝えられたものであろう。無論彼等はこの系図帳の真価については何事も知らなかった。ただ正統の子が持ち伝えよという先祖の遺志を守ったに過ぎない。

 では丈五郎はどうして、あの呪文がその中に隠してあることを知ったか。彼の女房の告白によれば、丈五郎がある日先祖の書遺した日記を読んでいて、ふとその一節を発見したのだ。そこには家に伝わる財宝の秘密が系図帳に封じこめられてあるという意味が記してあった。だが、それは春代の家出後だったので、折角の発見が何にもならなんだ。それ以来丈五郎は傴僂息子に命じて、春代の行衛(ゆくえ)探しに努めたが、当てのない探し物故仲々目的を達しなかった。大正十三年頃に至って、やっと今では初代がその系図帳を持っていることが分った。それから丈五郎がその系図帳を手に入れる為に、どれ程骨を折ったかは、読者の知っている通りである。

 樋口家の先祖は、広く倭寇(わこう)と云われている海賊の一類であった。大陸の海辺(かいへん)(かす)めた財宝を(おびただ)しく所有していた。それを領主に没収されることを恐れて、深く地底に蔵し、代々その隠し場所を云い伝えて来たが、春雄の祖父に当る人がそれを呪文に作って系図帳にとじこめたまま、どういう訳であったか、その子に呪文のことを告げずして死んだ。徳さんの聞き伝えた所によると、その人は、卒中で頓死(とんし)をしたらしいということである。

 それ以来、丈五郎が古い日記帳の一節を発見するまで、樋口の一族はこの財宝について何事も知らなかった訳である。

 だが、この秘密は、却って樋口一族以外の人に知られていたと考うべき理由がある。それは十年程以前、K港から岩屋島に渡り、諸戸屋敷の客となって、後に魔の淵の藻屑と消えたあの妙な男があるからだ。彼は明かに古井戸から地底に這入り込んだ。私達はその跡を見た。丈五郎の女房は、その男を想い出して、あれは樋口家の先祖に使われていた者の子孫であったと語った。それでは多分、その男の先祖が財宝の隠し場所を感づいていて、書遺しでもしたものであろう。

 過去のことはそれ丈けにして、さて最後に、登場人物の其後を、ごく簡単に書き添えて、この物語を終ることにしよう。

 先ず第一に記すべきは、私の恋人秀ちゃんのことである。彼女は初代の実妹の緑に相違なく、樋口家の唯一の正統であることが分ったので、地底の財宝は(ことごと)く彼女の所有に帰した。時価に見積って、百万円に近い財産である。

 秀ちゃんは百万長者だ。しかも、現在ではもう醜い癒合双体(ゆごうそうたい)ではない。野蛮人の吉ちゃんは、道雄のメスで切離されてしまった。元々本当の癒合双体ではなかったのだから、無論両人とも何の故障もない一人前の男女である。秀ちゃんの傷口が癒えて、ちゃんと髪を結い、お化粧をし、美しい縮緬(ちりめん)の着物を着た彼女が、私の前に現われた時、そして、私に東京弁で話しかけた時、私の喜びがどれ程であったか、ここに管々しく述べるまでもなかろう。

 云うまでもなく、私と秀ちゃんとは結婚した。百万円は、今では、私と秀ちゃんの共有財産である。

 私達は相談をして、湘南(しょうなん)片瀬(かたせ)の海岸に立派な不具者の家を建てた。樋口一家に丈五郎の様な悪魔が生れた罪亡ぼしの意味で、そこには自活力のない不具者を広く収容して、楽しい余生を送らせる積りだ。第一番のお客様は諸戸屋敷から連れて来た、人造片輪者の一団であった。丈五郎の女房や唖のおとしさんもその仲間だ。

 不具者の家に接して、整形外科の病院を建てた。医術の限りを尽して片輪者を正常な人間に造り変えるのが目的だ。

 丈五郎、彼の傴僂息子、諸戸屋敷に使われていた一味の者共は、凡てそれぞれの処刑を受けた。初代さんの養母木崎未亡人は、私達の家に引取った。秀ちゃんは彼女をお母さんお母さんと云って、大切にしている。

 道雄は丈五郎の女房の告白によって、実家が分った。紀州の新宮(しんぐう)に近いある村の豪農で父も母も兄弟も健在であった。彼は直ちに見知らぬ故郷へ、見知らぬ父母の下へ、三十年振りの帰省をした。

 私は彼の上京を待って、私の外科病院の院長になってもらう積りで、楽しんでいた所、彼は故郷へ帰って一月もたたぬ間に、病を発してあの世の客となった。凡て凡て好都合に運んだ中で、ただ一事、これ丈けが残念である。彼の父からの死亡通知状に左の一節があった。

「道雄は最後の息を引取る間際まで、父の名も母の名も呼ばず、ただあなた様の御手紙を抱きしめ、あなた様のお名前のみ呼び続け申候(もうしそうろう)

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