古事記 02 校註 古事記

10話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔八俣の大蛇〕

1,622字 約3分 2013年7月15日 公開

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 かれ避追(やらは)えて、出雲の國の肥の河上、名は鳥髮(とりかみ)といふ(ところ)一に(あも)りましき。この時に、箸その河ゆ流れ下りき。ここに須佐の男の命、その河上に人ありとおもほして、()ぎ上り往でまししかば、老夫(おきな)老女(おみな)と二人ありて、童女(をとめ)を中に置きて泣く。ここに「汝たちは誰そ」と問ひたまひき。かれその老夫、答へて(まを)さく「()は國つ神大山津見(おほやまつみ)の神の子なり。僕が名は足名椎(あしなづち)といひ()が名は手名椎(てなづち)といひ、(むすめ)が名は櫛名田比賣(くしなだひめ)二といふ」とまをしき。また「汝の哭く故は何ぞ」と問ひたまひしかば、答へ白さく「我が女はもとより八稚女(をとめ)ありき。ここに高志(こし)八俣(やまた)大蛇(をろち)三、年ごとに來て()ふ。今その來べき時なれば泣く」とまをしき。ここに「その形はいかに」と問ひたまひしかば、「そが目は赤かがち四の如くにして身一つに八つの(かしら)八つの尾あり。またその身に(こけ)また檜榲(ひすぎ)生ひ、その(たけ)(たに)八谷()()を度り五て、その腹を見れば、悉に常に()垂り六爛(ただ)れたり」とまをしき。ここに赤かがちと云へるは、今の酸醤なり。ここに速須佐の男の命、その老夫に詔りたまはく、「これ(いまし)が女ならば、吾に奉らむや」と詔りたまひしかば、「恐けれど御名を知らず」と答へまをしき。ここに答へて詔りたまはく、「吾は天照らす大御神の(いろせ)なり。かれ今天より降りましつ」とのりたまひき。ここに足名椎(あしなづち)手名椎(てなづち)の神、「然まさば(かしこ)し、奉らむ」とまをしき。

 ここに速須佐の男の命、その童女(をとめ)湯津爪櫛(ゆつつまぐし)に取らして、御髻(みみづら)に刺さして七、その足名椎、手名椎の神に告りたまはく、「汝等(いましたち)八鹽折(やしほり)の酒を()み八、また垣を作り《もとほ》し、その垣に八つの門を作り、門ごとに八つの(さずき)()ひ九、その假ごとに酒船一〇を置きて、船ごとにその八鹽折の酒を盛りて待たさね」とのりたまひき。かれ告りたまへるまにまにして、かく()け備へて待つ時に、その八俣(やまた)大蛇(をろち)(まこと)に言ひしがごと來つ。すなはち船ごとに(おの)が頭を乘り入れてその酒を飮みき。ここに飮み醉ひて留まり伏し寢たり。ここに速須佐の男の命、その御佩(みはかし)十拳(とつか)の劒を拔きて、その蛇を切り(はふ)りたまひしかば、()の河血に()りて流れき。かれその中の尾を切りたまふ時に、御刀(みはかし)の刃()けき。ここに怪しと思ほして、御刀の(さき)もちて刺し割きて見そなはししかば、都牟羽(つむは)の大刀一一あり。かれこの大刀を取らして、()しき物ぞと思ほして、天照らす大御神に白し上げたまひき。こは草薙(くさなぎ)の大刀一二なり。

 かれここを以ちてその速須佐の男の命、宮造るべき(ところ)を出雲の國に()ぎたまひき。ここに須賀(すが)一三の地に到りまして詔りたまはく、「吾此地(ここ)に來て、()が御心清淨(すがすが)し」と詔りたまひて、其地(そこ)に宮作りてましましき。かれ其地(そこ)をば今に須賀といふ。この大神、初め須賀の宮作らしし時に、其地(そこ)より雲立ち騰りき。ここに御歌よみしたまひき。その歌、

や雲立つ  出雲八重垣。

妻隱(つまご)みに  八重垣作る。

その八重垣を一四。  (歌謠番號一)

 ここにその足名椎の神を()して()りたまはく、「(いまし)をば我が宮の(おびと)()けむ」と告りたまひ、また名を稻田(いなだ)宮主(みやぬし)須賀(すが)八耳(やつみみ)の神と負せたまひき。

一 島根縣仁多郡、斐伊川の上流船通山。

二 日本書紀に奇稻田姫とある。

三 強暴な者の譬喩。また出水としそれを處理して水田を得た意の神話ともする。コシは、島根縣内の地名説もあるが、北越地方の義とすべきである。

四 タンバホオズキ。

五 身長が、谷八つ、高み八つを越える。

六 血がしたたつて。

七 女が魂をこめた櫛を男のミヅラにさす。これは婚姻の風習で、その神祕な表現。

八 濃い酒を作つて。

九 サズキは物をのせる臺。古代は綱で材木を結んで作るから、結うという。

一〇 酒の入物。フネは箱状のもの。

一一 ツムハは語義不明。都牟刈とする傳えもある。

一二 後にヤマトタケルの命が野の草を薙いで火難を免れたから、クサナギの劒という。もと叢雲(むらくも)の劒という。三種の神器の一。

一三 島根縣大原郡。

一四 や雲立つは枕詞。多くの雲の立つ意。八重垣は、幾重もの壁や垣の意で宮殿をいう。最後のヲは、間投の助詞。

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