21話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔天降〕
読み方を変える
ここに天照らす大御神高木の神の命もちて、太子正勝吾勝勝速日天の忍穗耳の命に詔りたまはく、「今葦原の中つ國を平け訖へぬと白す。かれ言よさし賜へるまにまに、降りまして知らしめせ」とのりたまひき。ここにその太子正勝吾勝勝速日天の忍穗耳の命答へ白さく、「僕は、降りなむ裝束せし間に、子生れましつ。名は天邇岐志國邇岐志天つ日高日子番の邇邇藝の命、この子を降すべし」とまをしたまひき。この御子は、高木の神の女萬幡豐秋津師比賣の命に娶ひて生みませる子、天の火明の命、次に日子番の邇邇藝の命二柱にます。ここを以ちて白したまふまにまに、日子番の邇邇藝の命に詔科せて、「この豐葦原の水穗の國は、汝の知らさむ國なりとことよさしたまふ。かれ命のまにまに天降りますべし」とのりたまひき。
ここに日子番の邇邇藝の命、天降りまさむとする時に、天の八衢一に居て、上は高天の原を光らし下は葦原の中つ國を光らす神ここにあり。かれここに天照らす大御神高木の神の命もちて、天の宇受賣の神に詔りたまはく、「汝は手弱女人なれども、い向ふ神と面勝つ神なり二。かれもはら汝往きて問はまくは、吾が御子の天降りまさむとする道に、誰そかくて居ると問へ」とのりたまひき。かれ問ひたまふ時に、答へ白さく、「僕は國つ神、名は猿田毘古の神なり。出で居る所以は、天つ神の御子天降りますと聞きしかば、御前に仕へまつらむとして、まゐ向ひ侍ふ」とまをしき。
ここに天の兒屋の命、布刀玉の命、天の宇受賣の命、伊斯許理度賣の命、玉の祖の命、并せて五伴の緒三を支ち加へて、天降らしめたまひき。
ここにその招ぎし四八尺の勾、鏡、また草薙の劒、また常世の思金の神、手力男の神、天の石門別の神五を副へ賜ひて詔りたまはくは、「これの鏡は、もはら我が御魂として、吾が御前を拜くがごと、齋きまつれ。次に思金の神は、前の事を取り持ちて、政まをしたまへ六」とのりたまひき。
この二柱の神は、拆く釧五十鈴の宮七に拜き祭る。次に登由宇氣の神、こは外つ宮の度相にます神八なり。次に天の石戸別の神、またの名は櫛石の神といひ、またの名は豐石の神九といふ。この神は御門の神なり。次に手力男の神は、佐那の縣にませり。
かれその天の兒屋の命は、中臣の連等が祖。布刀玉の命は、忌部の首等が祖。天の宇受賣の命は猿女の君等が祖。伊斯許理度賣の命は、鏡作の連等が祖。玉の祖の命は、玉の祖の連等が祖なり。
かれここに天の日子番の邇邇藝の命、天の石位を離れ、天の八重多那雲を押し分けて、稜威の道別き道別きて一〇、天の浮橋に、浮きじまり、そりたたして一一、竺紫の日向の高千穗の靈じふる峰一二に天降りましき。
かれここに天の忍日の命天つ久米の命二人、天の石靫一三を取り負ひ、頭椎の大刀一四を取り佩き、天の波士弓を取り持ち、天の眞鹿兒矢を手挾み、御前に立ちて仕へまつりき。かれその天の忍日の命、こは大伴の連等が祖。天つ久米の命、こは久米の直等が祖なり。
ここに詔りたまはく、「此地は韓國に向ひ笠紗の御前にま來通りて一五、朝日の直刺す國、夕日の日照る國なり。かれ此地ぞいと吉き地」と詔りたまひて、底つ石根に宮柱太しり、高天の原に氷椽高しりてましましき。
一 天上のわかれ道。
二 相對する神に顏で勝つ神だ。
三 五つの部族。トモノヲは人々の團體。この五神以下多くは皆天の岩戸の神話に出て、兩者の密接な關係にあることを示す。
四 岩戸の神話で天照らす大神を招いだ。
五 岩戸の神話における岩屋戸の神格。
六 天皇の御前にあつて政治をせよ。智惠思慮の神靈だからこのようにいう。
七 伊勢神宮の内宮。サククシロは、口のわれた腕輪の意で枕詞。
八 伊勢神宮の外宮。トユウケの神は豐受の神とも書き穀物の神。この神が從つて下つたともなく出たのは突然であるが豐葦原の水穗の神靈だから出したのである。外宮の鎭座は、雄略天皇の時代の事と傳える。
九 この二つの別名は、御門祭の祝詞に見える名で、門戸の神靈として尊んでいる。
一〇 天から御座を離れ雲をおし分け威勢よく道を別けて。
一一 天の階段から下に浮渚があつてそれにお立ちになつたと解されている。古語を語り傳えたもの。
一二 鹿兒島縣の霧島山の一峰、宮崎縣西臼杵郡など傳説地がある。思想的には大嘗祭の稻穗の上に下つたことである。
一三 堅固な靫。矢を入れて背負う。
一四 柄の頭がコブになつている大刀。實は石器だろう。
一五 外國に向つて笠紗の御前へ筋が通つて。カササの御前は、鹿兒島縣川邊郡の岬。高千穗の嶽の所在をその方面にありとする傳えから來たのであろう。