20話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔國讓り〕
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ここに天照らす大御神の詔りたまはく、「またいづれの神を遣はして吉けむ」とのりたまひき。ここに思金の神また諸の神たち白さく、「天の安の河の河上の天の石屋にます、名は伊都の尾羽張の神一、これ遣はすべし。もしまたこの神ならずは、その神の子建御雷の男の神、これ遣はすべし。またその天の尾羽張の神は、天の安の河の水を逆に塞きあげて、道を塞き居れば、他し神はえ行かじ。かれ別に天の迦久の神二を遣はして問ふべし」とまをしき。
かれここに天の迦久の神を使はして、天の尾羽張の神に問ひたまふ時に答へ白さく、「恐し、仕へまつらむ。然れどもこの道には、僕が子建御雷の神三を遣はすべし」とまをして、貢進りき。
ここに天の鳥船の神四を建御雷の神に副へて遣はす。ここを以ちてこの二神、出雲の國の伊耶佐の小濱五に降り到りて、十掬の劒を拔きて浪の穗に逆に刺し立てて六、その劒の前に趺み坐て、その大國主の神に問ひたまひしく、「天照らす大御神高木の神の命もちて問の使せり。汝が領ける葦原の中つ國に、我が御子の知らさむ國と言よさしたまへり。かれ汝が心いかに」と問ひたまひき。ここに答へ白さく、「僕はえ白さじ。我が子八重言代主の神七これ白すべし。然れども鳥の遊漁八して、御大の前に往きて、いまだ還り來ず」とまをしき。かれここに天の鳥船の神を遣はして、八重事代主の神を徴し來て、問ひたまふ時に、その父の大神に語りて、「恐し。この國は天つ神の御子に獻りたまへ」といひて、その船を蹈み傾けて、天の逆手を青柴垣にうち成して、隱りたまひき九。
かれここにその大國主の神に問ひたまはく、「今汝が子事代主の神かく白しぬ。また白すべき子ありや」ととひたまひき。ここにまた白さく、「また我が子建御名方の神一〇あり。これを除きては無し」と、かく白したまふほどに、その建御名方の神、千引の石一一を手末に《ささ》げて來て、「誰そ我が國に來て、忍び忍びかく物言ふ。然らば力競べせむ。かれ我まづその御手を取らむ一二」といひき。かれその御手を取らしむれば、すなはち立氷に取り成し一三、また劒刃に取り成しつ。かれここに懼りて退き居り。ここにその建御名方の神の手を取らむと乞ひ歸して取れば、若葦を取るがごと、《つか》み批ぎて、投げ離ちたまひしかば、すなはち逃げ去にき。かれ追ひ往きて、科野の國の洲羽の海一四に迫め到りて、殺さむとしたまふ時に、建御名方の神白さく、「恐し、我をな殺したまひそ。この地を除きては、他し處に行かじ。また我が父大國主の神の命に違はじ。八重事代主の神の言に違はじ。この葦原の中つ國は、天つ神の御子の命のまにまに獻らむ」とまをしき。
かれ更にまた還り來て、その大國主の神に問ひたまひしく、「汝が子ども事代主の神、建御名方の神二神は、天つ神の御子の命のまにまに違はじと白しぬ。かれ汝が心いかに」と問ひたまひき。ここに答へ白さく、「僕が子ども二神の白せるまにまに、僕も違はじ。この葦原の中つ國は、命のまにまに既に獻りぬ。ただ僕が住所は、天つ神の御子の天つ日繼知らしめさむ、富足る天の御巣の如一五、底つ石根に宮柱太しり、高天の原に氷木高しりて治めたまはば、僕は百足らず一六八十手に隱りて侍はむ一七。また僕が子ども百八十神は八重事代主の神を御尾前一八として仕へまつらば、違ふ神はあらじ」と、かく白して出雲の國の多藝志の小濱一九に、天の御舍二〇を造りて、水戸の神の孫櫛八玉の神膳夫二一となりて、天つ御饗二二獻る時に、祷ぎ白して、櫛八玉の神鵜に化りて、海の底に入りて、底の埴を咋ひあがり出でて二三、天の八十平瓮二四を作りて、海布の柄を鎌りて燧臼に作り、海の柄を燧杵に作りて、火を鑽り出でて二五まをさく、「この我が燧れる火は、高天の原には、神産巣日御祖の命の富足る天の新巣の凝烟の八拳垂るまで燒き擧げ二六、地の下は、底つ石根に燒き凝して、繩の千尋繩うち延へ二七、釣する海人が、口大の尾翼鱸二八さわさわに控きよせ騰げて、拆竹のとををとををに二九、天の眞魚咋三〇獻る」とまをしき。かれ建御雷の神返りまゐ上りて、葦原の中つ國を言向け平しし状をまをしき。
一 イザナギの命の劒の神靈。水神。二四頁參照。
二 鹿の神靈。
三 二四頁參照。
四 二二頁參照。
五 島根縣出雲市附近の海岸。伊那佐の小濱とする傳えもある。日本書紀に五十田狹之小汀。
六 波の高みに劒先を上にして立てて。
七 言語に現れる神靈。大事を決するのに神意を伺い、その神意が言語によつて現れたことをこの神の言として傳える。八重は榮える意に冠する。
八 鳥を狩すること。
九 神意を述べ終つて、海を渡つて來た乘物を傾けて、逆手を打つて青い樹枝の垣に隱れた。逆手を打つは、手を下方に向けて打つことで呪術を行う時にする。青柴垣は神靈の座所。神靈が託宣をしてもとの神座に歸つたのである。
一〇 長野縣諏訪郡諏訪神社上社の祭神。この神に關することは日本書紀に無い。插入説話である。
一一 千人で引くような巨岩。
一二 手のつかみ合いをするのである。
一三 立つている氷のように感ずる。
一四 長野縣の諏訪湖。
一五 天皇がその位におつきになる尊い宮殿のように。神が宮殿造營を請求するのは託宣の定型の一である。
一六 枕詞。
一七 多くある物のすみに隱れておりましよう。
一八 指導者。
一九 島根縣出雲市の海岸。
二〇 宮殿。出雲大社のこと。その鎭座縁起。
二一 料理人。
二二 尊い御食事。
二三 海底の土を清淨としそれを取つて祭具を作る。
二四 多數の平たい皿。
二五 海藻の堅い部分を臼と杵とにして摩擦して火を作つて。
二六 富み榮える新築の家の煤のように長く垂れるほどに火をたき。
二七 楮の長い繩を延ばして。
二八 口の大きく、尾ひれの大きい鱸。
二九 魚のたわむ形容。さき竹のは枕詞。
三〇 尊い御馳走。