23話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔木の花の佐久夜毘賣〕
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ここに天つ日高日子番の邇邇藝の命、笠紗の御前に、麗き美人に遇ひたまひき。ここに、「誰が女ぞ」と問ひたまへば、答へ白さく、「大山津見の神の女、名は神阿多都比賣一。またの名は木の花の佐久夜毘賣とまをす」とまをしたまひき。また「汝が兄弟ありや」と問ひたまへば答へ白さく、「我が姉石長比賣あり」とまをしたまひき。ここに詔りたまはく、「吾、汝に目合せむと思ふはいかに」とのりたまへば答へ白さく、「僕はえ白さじ。僕が父大山津見の神ぞ白さむ」とまをしたまひき。かれその父大山津見の神に乞ひに遣はしし時に、いたく歡喜びて、その姉石長比賣を副へて、百取の机代の物二を持たしめて奉り出しき。かれここにその姉は、いと醜きに因りて、見畏みて、返し送りたまひて、ただその弟木の花の佐久夜賣毘を留めて、一宿婚しつ。ここに大山津見の神、石長比賣を返したまへるに因りて、いたく恥ぢて、白し送りて言さく、「我が女二人竝べたてまつれる由は、石長比賣を使はしては、天つ神の御子の命は、雪零り風吹くとも、恆に石の如く、常磐に堅磐に動きなくましまさむ。また木の花の佐久夜毘賣を使はしては、木の花の榮ゆるがごと榮えまさむと、誓ひて貢進りき。ここに今石長比賣を返さしめて、木の花の佐久夜毘賣をひとり留めたまひつれば、天つ神の御子の御壽は、木の花のあまひのみましまさむとす」とまをしき。かれここを以ちて今に至るまで、天皇たちの御命長くまさざるなり。
かれ後に木の花の佐久夜毘賣、まゐ出て白さく、「妾は妊みて、今産む時になりぬ。こは天つ神の御子、私に産みまつるべきにあらず。かれ請す」とまをしたまひき。ここに詔りたまはく、「佐久夜毘賣、一宿にや妊める。こは我が子にあらじ。かならず國つ神の子にあらむ」とのりたまひき。ここに答へ白さく、「吾が妊める子、もし國つ神の子ならば、産む時幸くあらじ。もし天つ神の御子にまさば、幸くあらむ」とまをして、すなはち戸無し八尋殿三を作りて、その殿内に入りて、土もちて塗り塞ぎて、産む時にあたりて、その殿に火を著けて四産みたまひき。かれその火の盛りに燃ゆる時に、生れませる子の名は、火照の命こは隼人阿多の君の祖なり。次に生れませる子の名は火須勢理の命五、次に生れませる子の御名は火遠理の命六、またの名は天つ日高日子穗穗出見の命三柱。
一 アタは地名。鹿兒島縣日置郡。
二 多數の机上に乘せる物。
三 戸の無い大きな家屋。分娩のために特に家を作りその中に入つて周圍を塗り塞ぐ。
四 出産後にその産屋を燒く風習のあるのを、このように表現している。
五 火の衰える意の名。
六 火の靜まる意の名。