古事記 02 校註 古事記

24話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔海幸と山幸〕

3,240字 約6分 2013年7月15日 公開

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 かれ火照(ほでり)の命は、海佐知(うみさち)毘古一として、(はた)の廣物鰭の()物を取り、火遠理(ほをり)の命は山佐知(やまさち)毘古として、毛の《あら》物毛の(にこ)物二を取りたまひき。ここに火遠理(ほをり)の命、その(いろせ)火照(ほでり)の命に、「おのもおのも幸()へて用ゐむ」と()ひて、三度乞はししかども、許さざりき。然れども遂にわづかにえ易へたまひき。ここに火遠理(ほをり)の命、海幸三をもちて()釣らすに、ふつに一つの魚だに得ず、またその(つりばり)をも海に失ひたまひき。ここにその(いろせ)火照の命その鉤を乞ひて、「山幸もおのが幸幸。海幸もおのが幸幸。今はおのもおのも幸返さむ」といふ時に、その(いろと)火遠理の命答へて曰はく、「(みまし)の鉤は、魚釣りしに一つの魚だに得ずて、遂に海に失ひつ」とまをしたまへども、その兄(あながち)に乞ひ(はた)りき。かれその弟、御佩しの十拳の劒を破りて、五百鉤(いほはり)を作りて、(つぐの)ひたまへども、取らず、また一千鉤(ちはり)を作りて、償ひたまへども、受けずして、「なほその本の鉤を得む」といひき。

 ここにその弟、泣き患へて海邊(うみべた)にいましし時に、鹽椎(しほつち)の神四來て問ひて曰はく、「(いか)にぞ虚空津日高(そらつひこ)五の泣き患へたまふ所由(ゆゑ)は」と問へば、答へたまはく、「我、兄と(つりばり)を易へて、その鉤を失ひつ。ここにその鉤を乞へば、(あまた)の鉤を償へども、受けずて、なほその本の鉤を得むといふ。かれ泣き患ふ」とのりたまひき。ここに鹽椎の神、「我、汝が命のために、善き(たばかり)せむ」といひて、すなはち()なし勝間(かつま)の小船六を造りて、その船に載せまつりて、教へてまをさく、「我、この船を押し流さば、やや(しまし)いでまさば、御路(みち)あらむ。すなはちその道に乘りていでましなば、魚鱗(いろこ)のごと造れる宮室(みや)七、それ綿津見(わたつみ)の神の宮なり。その神の御門に到りたまはば、傍の井の上に湯津香木(ゆつかつら)八あらむ。かれその木の上にましまさば、その(わた)の神の女、見て(はか)らむものぞ」と教へまつりき。

 かれ教へしまにまに、少し()でましけるに、つぶさにその言の如くなりき。すなはちその香木に登りてまします。ここに(わた)の神の女豐玉毘賣(とよたまびめ)從婢(まかだち)(たまもひ)九を持ちて、水酌まむとする時に、井に(かげ)あり。仰ぎ見れば、(うるは)しき壯夫(をとこ)あり。いと(あや)しとおもひき。ここに火遠理の命、その(まかだち)を見て、「水をたまへ」と乞ひたまふ。婢すなはち水を酌みて、玉に入れて貢進(たてまつ)る。ここに水をば飮まさずして、御頸の《たま》を解かして、口に(ふふ)みてその玉に(つば)()れたまひき。ここにその、(もひ)に著きて一〇、婢をえ離たず、かれ著きながらにして豐玉毘賣の命に進りき。ここにそのを見て、婢に問ひて曰く、「もし(かど)()に人ありや」と問ひしかば、答へて曰はく、「我が井の上の香木の上に人います。いと麗しき壯夫なり。我が王にも益りていと貴し。かれその人水を乞はしつ。かれ水を奉りしかば、水を飮まさずて、このを唾き入れつ。これえ離たざれば、入れしまにま()ち來て獻る」とまをしき。ここに豐玉毘賣の命、奇しと思ほして、出で見て見感()でて、目合(まぐはひ)して、その父に、白して曰はく、「吾が門に麗しき人あり」とまをしたまひき。ここに(わた)の神みづから出で見て、「この人は、天つ日高の御子、虚空つ日高なり」といひて、すなはち内に率て入れまつりて、海驢(みち)の皮の疊八重一一を敷き、また《きぬ》疊八重一二をその上に敷きて、その上に()せまつりて、百取の机代(つくゑしろ)の物を具へて、御饗(みあへ)して、その女豐玉(とよたま)毘賣に()はせまつりき。かれ三年一三に至るまで、その國に住みたまひき。

 ここに火遠理の命、その初めの事を思ほして、大きなる(なげき)一つしたまひき。かれ豐玉(とよたま)毘賣の命、その歎を聞かして、その父に白して言はく、「三年住みたまへども、恆は歎かすことも無かりしに、今夜(こよひ)大きなる歎一つしたまひつるは、けだしいかなる由かあらむ」とまをしき。かれ、その父の大神、その聟の夫に問ひて曰はく、「今旦(けさ)我が女の語るを聞けば、三年坐しませども、恆は歎かすことも無かりしに、今夜大きなる歎したまひつとまをす。けだし故ありや。また此間(ここ)に來ませる由はいかに」と問ひまつりき。ここにその大神に語りて、つぶさにその兄の失せにし鉤を(はた)れる状の如語りたまひき。ここを以ちて海の神、悉に鰭の廣物鰭の狹物を召び集へて問ひて曰はく、「もしこの鉤を取れる魚ありや」と問ひき。かれ諸の魚ども白さく、「このごろ赤海魚(たひ)ぞ、(のみと)に《のぎ》一四ありて、物え食はずと愁へ言へる。かれかならずこれが取りつらむ」とまをしき。ここに赤海魚の喉を探りしかば、鉤あり。すなはち取り出でて清洗(すす)ぎて、火遠理の命に奉る時に、その綿津見の大神(をし)へて曰さく、「この鉤をその兄に給ふ時に、のりたまはむ状は、この鉤は、淤煩鉤(おばち)須須鉤(すすち)貧鉤(まぢち)宇流鉤(うるち)といひて一五、後手(しりへで)一六に賜へ。然してその兄高田(あげだ)を作らば、汝が命は下田(くぼだ)(つく)りたまへ。その兄下田を作らば、汝が命は高田を營りたまへ一七。然したまはば、吾水を()れば、三年の間にかならずその兄貧しくなりなむ。もしそれ然したまふ事を恨みて攻め戰はば、(しほ)()(たま)一八を出して溺らし、もしそれ愁へまをさば、(しほ)()(たま)を出して(いか)し、かく惚苦(たしな)めたまへ」とまをして、鹽盈つ珠鹽乾る珠并せて兩箇(ふたつ)を授けまつりて、すなはち悉に鰐どもをよび集へて、問ひて曰はく、「今天つ日高の御子虚空つ日高、(うは)(くに)一九に()でまさむとす。誰は幾日に送りまつりて、(かへりごと)(まを)さむ」と問ひき。かれおのもおのもおのが身の尋長(たけ)のまにまに、日を限りて白す中に、一尋鰐二〇白さく、「()は一日に送りまつりて、やがて還り來なむ」とまをしき。かれここにその一尋鰐に告りたまはく、「然らば汝送りまつれ。もし(わた)中を渡る時に、な惶畏(かしこま)せまつりそ」とのりて、すなはちその鰐の頸に載せまつりて、送り出しまつりき。かれ(ちぎ)りしがごと一日の内に送りまつりき。その鰐返りなむとする時に、佩かせる紐小刀二一を解かして、その頸に著けて返したまひき。かれその一尋鰐は、今に佐比持(さひもち)の神二二といふ。

 ここを以ちてつぶさに(わた)の神の教へし言の如、その鉤を與へたまひき。かれそれより後、いよよ貧しくなりて、更に荒き心を起して迫め()。攻めむとする時は、鹽盈つ珠を出して溺らし、それ愁へまをせば、鹽乾る珠を出して救ひ、かく惚苦(たしな)めたまひし時に、稽首(のみ)白さく、「()は今よ以後(のち)、汝が命の晝夜(よるひる)守護人(まもりびと)となりて仕へまつらむ」とまをしき。かれ今に至るまで、その溺れし時の種種の(わざ)、絶えず仕へまつるなり二三。

一 海の幸のある男。サチは威力で、道具に宿つておりサチを有する者が獲物が多いのである。

二 獸類と鳥類。

三 海のサチの宿つている釣針。

四 海水の神靈。諸國の海岸にうち寄せるので物知りだとする。

五 日子穗穗出見の命。

六 すきまの無い籠の船。實際的には竹の類で編んで樹脂を塗つて作つた船であり、思想的には神の乘物である。

七 魚のうろこのように作つた宮殿。瓦ぶきの家で大陸の建築が想像されている。

八 井の傍の樹木に神が降るのは、信仰にもとづくきまつた型である。

九 美しい椀。

一〇 水を汲んだ椀に樹上にいた神の靈がついたのである。

一一 海獸アシカの皮の敷物を八重にかさねて。

一二 織つたままの絹の敷物八重をかさねて。

一三 この種の説話に出るきまつた年數。浦島も龍宮に三年いたという。

一四 のどにささつた骨があつて。

一五 鉤をわるく言つてサチを離れさせるのである。ぼんやり鉤、すさみ鉤、貧乏鉤、愁苦の鉤。

一六 手をうしろにしてあげなさい。呪術の意味である。

一七 毎年土地を選定して耕作するので、水の多い年には高田を作るに利あり、水の無い年はその反對である。

一八 海は潮が滿ち干するので、海の神は水のさしひきをつかさどるとし、それはその力を有する玉を持つているからと考えた。動詞乾るは古くは上二段活で、連體形はフル。

一九 人間の世界。上方にあると考えた。

二〇 人が左右に手をひろげた長さのワニ。ワニは三九頁參照。

二一 紐のついている小刀。

二二 鋤を持つている神。サヒは鋤であり武器でもある。

二三 隼人が亂舞をして宮廷に仕えることの起原説明。隼人舞はその種族の獨自の舞であるのを溺れるさまのまねとして説明した。

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