古事記 02 校註 古事記

54話 古事記 中つ卷 〔思國歌〕

1,484字 約3分 2013年7月15日 公開

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 ここに詔りたまひしく、「この山の神は徒手(むなで)(ただ)に取りてむ一」とのりたまひて、その山に(のぼ)りたまふ時に、山の邊に白猪逢へり。その大きさ牛の如くなり。ここに言擧して二詔りたまひしく、「この白猪になれるは、その神の使者(つかひ)にあらむ。今()らずとも、還らむ時に()りて還りなむ」とのりたまひて騰りたまひき。ここに大氷雨(おほひさめ)()らして、倭建の命を打ち惑はしまつりき。この白猪に化れるは、その神の使者にはあらずて、その神の正身なりしを、言擧したまへるによりて、惑はさえつるなり。かれ還り下りまして、玉倉部(たまくらべ)清泉(しみづ)三に到りて、息ひます時に、御心やや()めたまひき。かれその清泉(しみづ)に名づけて居寤(ゐさめ)清泉(しみづ)といふ。

 其處(そこ)より()たして、當藝(たぎ)()四の上に到ります時に、詔りたまはくは、「吾が心、恆は(そら)(かけ)り行かむと念ひつるを五、今吾が足え歩かず、たぎたぎしく六なりぬ」とのりたまひき。かれ其地(そこ)に名づけて當藝(たぎ)といふ。其地(そこ)よりややすこし幸でますに、いたく疲れませるに因りて、御杖を()かして、ややに歩みたまひき。かれ其地(そこ)に名づけて杖衝坂(つゑつきざか)七といふ。尾津の(さき)八の一つ松のもとに到りまししに、先に、御食(みをし)せし時、其地(そこ)に忘らしたりし御刀(みはかし)()せずてなほありけり。ここに御歌よみしたまひしく、

尾張に (ただ)に向へる九

尾津の埼なる 一つ松、吾兄(あせ)を一〇。

一つ松 人にありせば、

大刀()けましを (きぬ)着せましを。

一つ松、吾兄を。  (歌謠番號三〇)

 其地より幸でまして、三重の村一一に到ります時に、また詔りたまはく、「吾が足三重の(まがり)一二なして、いたく疲れたり」とのりたまひき。かれ其地に名づけて三重といふ。

 そこより幸でまして、能煩野(のぼの)一三に到ります時に、國(しの)はして歌よみしたまひしく、

(やまと)は 國のまほろば一四、

たたなづく 青垣一五、

(ごも)れる 倭し (うるは)し。  (歌謠番號三一)

 また、歌よみしたまひしく、

命の (また)けむ人は、

疊薦(たたみこも)一六 平群(へぐり)の山一七の

熊白檮(くまかし)が葉を

髻華(うず)に插せ一八。その子。  (歌謠番號三二)

 この歌は思國歌(くにしのひうた)一九なり。また歌よみしたまひしく、

はしけやし二〇 吾家(わぎへ)の方よ二一 雲居起ち來も。  (歌謠番號三三)

 こは片歌二二なり。この時御病いと(にはか)になりぬ。ここに御歌よみしたまひしく、

孃子(をとめ)の 床の()

()が置きし つるぎの大刀二三、

その大刀はや。  (歌謠番號三四)

 と歌ひ()へて、すなはち(かむあが)りたまひき。ここに驛使(はゆまづかひ)(たてまつ)りき。

一 退治しよう。

二 言い立てをして。

三 滋賀縣坂田郡の醒が井はその傳説地。

四 岐阜縣養老郡。

五 空中を飛んで行こうと思つたが。

六 びつこを引く形容。高かつたり低かつたりするさま。

七 三重縣三重郡。

八 三重縣桑名郡。サキは、海上陸上に限らず突出した地形をいう。ここは陸上。

九 じかに對している。

一〇 「あなたよ」という意の語で、歌詞を歌う時のはやしである。日本書紀には、アハレになつている。

一一 三重縣三重郡。

一二 餅米をこねて、ねじまげて作つた餅。

一三 三重縣鈴鹿郡。

一四 もつともすぐれたところ。マは接頭語。ロバは接尾語。日本書紀にマホラマ。

一五 重なり合つている青い垣。山のこと。

一六 枕詞。敷物にしたコモ(草の名)。ヘ(隔)に冠する。

一七 奈良縣生駒郡。

一八 美しい白檮の木の葉を頭髮にさせ。ウズは髮にさす飾。もと魔よけの信仰のためにさすもの。

一九 歌曲としての名。

二〇 愛すべき。愛しきに、助詞ヤシの接續したもの。ハシキヨシ、ハシキヤシともいう。

二一 わが家の方から。

二二 五音七音七音の三句の歌の稱。以上三首、日本書紀に景行天皇の御歌とする。

二三 普通ツルギは兩刃、タチは片刃の武器をいうが、嚴密な區別ではない。

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