55話 古事記 中つ卷 〔白鳥の陵〕
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ここに倭にます后たち、また御子たちもろもろ下りきまして、御陵一を作りき。すなはち其地のなづき田二に匍匐ひ《もとほ》りて、哭しつつ歌よみしたまひしく、
なづきの 田の稻幹に、
稻幹に 蔓ひもとほろふ 葛三。 (歌謠番號三五)
ここに八尋白智鳥四になりて、天翔りて、濱に向きて飛びいでます。ここにその后たち御子たち、その小竹の苅杙五に、足切り破るれども、その痛みをも忘れて、哭きつつ追ひいでましき。この時、歌よみしたまひしく、
淺小竹原 腰なづむ六。
虚空は行かず、足よ行くな七。 (歌謠番號三六)
またその海水に入りて、なづみ行でます時、歌よみしたまひしく、
海が行けば 腰なづむ。
大河原の 植草、
海がは いさよふ八。 (歌謠番號三七)
また飛びてその磯に居たまふ時、歌よみしたまひしく、
濱つ千鳥 濱よ行かず九 磯傳ふ。 (歌謠番號三八)
この四歌は、みなその御葬に歌ひき。かれ今に至るまで、その歌は天皇の大御葬に歌ふなり。かれその國より飛び翔り行でまして、河内の國の志幾一〇に留まりたまひき。かれ其地に御陵を作りて、鎭まりまさしめき。すなはちその御陵に名づけて白鳥の御陵といふ。然れどもまた其地より更に天翔りて飛び行でましき。およそこの倭建の命、國平けにり行でましし時、久米の直が祖、名は七拳脛、恆に膳夫として御伴仕へまつりき。
一 能褒野の御陵。
二 御陵の周圍の田。
三 山の芋科の蔓草の蔓。譬喩で這いまつわる状を描く。
四 大きな白鳥。倭建の命の神靈が化したものとする。
五 小竹の刈つたあと。
六 腰が難澁する。
七 徒歩で行くよ。ナは感動の助詞。
八 ためらう。
九 濱からは行かないで。
一〇 大阪府南河内郡。