古事記 02 校註 古事記

55話 古事記 中つ卷 〔白鳥の陵〕

701字 約1分 2013年7月15日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 ここに(やまと)にます后たち、また御子たちもろもろ下りきまして、御陵一を作りき。すなはち其地(そこ)のなづき田二に匍匐(はらば)ひ《もとほ》りて、(みねなか)しつつ歌よみしたまひしく、

なづきの 田の稻幹(いながら)に、

稻幹(いながら)に ()ひもとほろふ (ところづら)三。  (歌謠番號三五)

 ここに八尋白智鳥(しろちどり)四になりて、天翔(あまがけ)りて、濱に向きて飛びいでます。ここにその后たち御子たち、その小竹(しの)苅杙(かりばね)五に、足切り破るれども、その痛みをも忘れて、哭きつつ追ひいでましき。この時、歌よみしたまひしく、

淺小竹原(あさじのはら) (こし)なづむ六。

虚空(そら)は行かず、足よ行くな七。  (歌謠番號三六)

 またその海水(うしほ)に入りて、なづみ()でます時、歌よみしたまひしく、

海が行けば 腰なづむ。

大河原の 植草(うゑぐさ)

海がは いさよふ八。  (歌謠番號三七)

 また飛びてその磯に居たまふ時、歌よみしたまひしく、

濱つ千鳥 濱よ行かず九 磯傳ふ。  (歌謠番號三八)

 この四歌は、みなその御葬(みはふり)に歌ひき。かれ今に至るまで、その歌は天皇の大御葬(おほみはふり)に歌ふなり。かれその國より飛び翔り行でまして、河内の國の志幾(しき)一〇に留まりたまひき。かれ其地(そこ)に御陵を作りて、鎭まりまさしめき。すなはちその御陵に名づけて白鳥の御陵といふ。然れどもまた其地より更に天翔りて飛び行でましき。およそこの倭建の命、國()けにり()でましし時、久米(くめ)(あたへ)が祖、名は七拳脛(つかはぎ)(つね)膳夫(かしはで)として御伴仕へまつりき。

一 能褒野の御陵。

二 御陵の周圍の田。

三 山の芋科の蔓草の蔓。譬喩で這いまつわる状を描く。

四 大きな白鳥。倭建の命の神靈が化したものとする。

五 小竹の刈つたあと。

六 腰が難澁する。

七 徒歩で行くよ。ナは感動の助詞。

八 ためらう。

九 濱からは行かないで。

一〇 大阪府南河内郡。

目次に戻る

目次