2話 二
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翌日から、ふたりは毎日貸家さがしをして歩いていた。東京見物は思いがけない方向へ発展して、ふたりは郊外を歩きまわった。それが東京のどこなのか、茂緒にはいっこう見当がつかなかったが、何のためらいもなく、ついて歩けた。それが予定のことででもあったような自然さで、わくわくしながら、やたらと歩きまわり、小さな家を、小さな家をとさがした。そこへゆくまでに、はっきりと相談をしたわけでもないのに、言わず語らずそんなことになっていたのだ。しかし、よごれた久留米がすりの着物の、衿のうしろは赤茶けて破れているような着物を着て、日曜日でもないのに家さがしをする若い男と、ろくにあいさつもしない無愛想な女の一組には、なかなか家主は気を許さなかった。どこの表通りにも、横町の路地にも、貸家の札はめまぐるしいほどだったが、そのありあまった家を貸してやろうとはいわないのだ。そうして何軒も見てまわったあげく、三日目にようやく一軒話が成立したのが、六畳三畳の新しい家だった。前に広い原っぱがあり、風でも吹けば埃に包まれそうな家だった。
家主は近くの神社のわきの質屋だった。これまで、なんども交渉してだめだった修造に、
「こんどは、あんたが行ってみてください。」
みちみち、そういわれて、茂緒は尻ごみをしていたが、そばまでくると決心して、襟もとなどかき合わせながら、つきつめたような顔をして、のれんをくぐった。胸もどきどきしていた。これまでの家主とちがって、質屋という構えも、何となく圧迫を感じさせられたのだが、お客とでも思ったらしく愛想よく迎える言葉を聞くと、ほっとして、格子越しの五十がらみの男にていねいにおじぎをし、
「あのう、貸家のことでございますが、三宿というところの、百九十六番地にあります、六畳と三畳の貸家を、お借りできないでしょうか。」
その馬鹿ていねいさがおかしかったのか、にやりと笑った男は、
「お貸ししますがね、御家族は?」
「あのう、夫婦ふたりなんです。」
茂緒は自分でもわかるほど、質屋の親父の前であかくなっていた。
「これまで、どちらに?」
「あのう、田舎にいまして、いまは深川の兄の家におりますけれど。」
「新婚ですか。」
「はあ。」
「お勤めですか。」
「はあ。」
どこにときかれたら、新聞社だといえと修造に教えられていたのだが、そこまできかずに家主は承諾した。家賃十五円の、敷金二つをおさめると、茂緒のがま口は軽くなった。もう田舎へ帰ることもできないのだ。受取を書いてもらいながら、しかし彼女の気もちははずんでいた。とにかく、生まれてはじめて、自分の家ができるということはすばらしかった。それを思うと、二十五年のこれまでの田舎の生活が、閉ざされた箱の中でのそれのように思えて、ひろびろとした未来が、今ここにひらけてくるような思いがした。茂緒は、もうその家に住んで、まっさきにする仕事のことを考えていた。まっさきに頭に浮かんだのは、まず襟の汚れて破けている修造の着物のことだった。茂緒が、女らしく二組の着物を四通りに着るのとちがって、修造ときたら、今日も昨日も一昨日も、垢でしめったような着物の一てんばりなのだ。
ゆきとはちがって、あふれてくるような喜びにえくぼをへこませながら質屋の門を出ると、神社の境内で待っていた修造もそれとさとったらしく、にやにやしながら寄ってきた。
「うまくいったア。」
茂緒はもう大得意である。これまで修造が十回も交渉してまとまらなかったのに、勤め先もきかれずにとんとんと話はきまったのだ。茂緒はいい気になって、
「ね、わたしがいったら、昨日のあの家も貸してくれたかもしれないわ。」
「そうですよ。あんたがいかないからさ。」
「あの家、よかったわね。」
家は古いが同じ十五円の家賃で、そこはもう一つ三畳がある家だった。
「でも新しい方がいいよ。こっちも新しいんだから。」
茂緒は思いだして照れながら、
「新婚ですかって、きいたわ。」
「どういったの。」
「仕方がないでしょう。」
にやりと笑う。しかしふたりはまだ、ほんとうのところ手もふれあっていなかったのだ。さっそく明日引っこそうと話がきまると、茂緒は遠慮っぽくいった。
「今日兄にあって、話してくださらない?」
しかし、修造の瞬間のためらいをみてとると、茂緒はすぐ重ねて、
「でも、わたしが、いいますわ。それからあとにして。」
茂緒はふっと、風のそよぎほどの不満を感じたが、さりげなく、
「でも、家へは手紙かいてくださいね。わたし、三日で帰るって出てきたんですから。」
「兄さんにも、手紙かこう。」
明日、ふたりはめいめい新しい家で落ちあうことにした。修造は下宿の荷物を自分で運んでくるから、早くともお昼すぎになるだろうといった。茂緒の方はバスケット一つだからわけはない。支那そばやに入って、十銭のラーメンを注文したあと、念のために茂緒は、新しい家の地図を書いてくれとたのんだ。修造はバットの箱をつぶし、その裏にそれを書きながら、
「渋谷までは分かってるね。玉川電車を三宿で下りて、ここが煙草屋。横丁をまっすぐいって世田谷中学、小学校、オブラート工場と。橋を渡って右へ――もう分かるでしょう。」
「分かります。わたし、さき来て掃除してますわ。」
そういって別れたのだが、兄の家へもどると、いつになく茂緒はぐったりしていた。安心などではなく、疲れでもない。しいていえば、ある不安感からであった。こんなことをしてよいのだろうかと、それが胸にきて食事もすすまなかった。修造のそばでは考えないことが、ひとりになると一度にむらがり出てくるのだ。しかしまた、問題に直面すると、彼女の決心は石のようにかたくなった。嫂が銭湯にさそうのもことわって、兄だけになるのを待ちかまえてでもいたように、茂緒は帳場の兄のところへ寄っていった。一ぱいきげんで、鼻唄まじりに帳簿をめくっていた房次は、まだ三十そこそこの若さで、もう頭のまん中がうすくなりかけていた。色白の生まれつきなので、酔えば真っ赤になり、上からみると頭の地肌まで赤くすけて見える。
「見物、したかい。」
「ええ。」
「銀座や浅草にもいったかい。」
「ええ。」
とはいっても、彼女はまだ銀座も浅草も知らない。馬鹿の一つおぼえのように、毎日渋谷で修造と落ちあっては玉川電車に乗っただけなのだ。三軒茶屋までの停留所の名はみんなおぼえ、家さがしの帰りにぶらつくことにきめている道玄坂だけが、彼女のしたしんだ盛り場だった。その他はどこへいったときかれたら、どう答えようかと、茂緒は罪の意識をさえ感じ、あわてた。
「兄さんわたし、結婚しようと思うんです。」
思いきっていって、それで、借金をたのもうと思ったのだが、房次はそれほどせっぱつまっているとも知らず、呑気なことをいった。
「ふーん。脊椎はもういいのかね。」
「ええ、あの、ハシカ以来、なおったらしいです。ウミ、出ないんですもの。」
「そりゃよかった。お前がそんな気なら、わしも心がけとくよ。嫁のほしいのは何ぼでもいるよ。しかし、わしのぐるりは商人ばっかりでな。それでもええか。」
十五の年から家を出て丁稚から叩きあげた房次は、茂緒の心の歩みなど全然関心がない様子だった。ただ、この病気の妹が、結婚からとりのこされている哀れさだけを感じているらしい。
「わたし、自分で見つけますからご心配なく……」
仕方なく茂緒は笑ったが、それでもうあとのことはいえなくなってしまった。嫂も帰ってきた。寝床に入ってからも、明朝までにもう一度房次と話す機会を考えたが、それは希望的ではなかった。借金のことはともかくも、これから東京で暮すとすれば、何かにつけて頼らねばならないだろう房次の家を、妙な出方はしたくなかった。平凡にそんなことを考えて、茂緒は一心に房次をさぐっていた。まだ小さいとき、それは茂緒が四つか五つぐらいの時だったろうか。茂緒は房次とふたりでお寺の道を歩いていた。房次は栄重の包みをもっていた。初穂の麦を寺へもってゆく途中だった。雨あがりの道はぬかるんでいて、茂緒は下駄をとられ、鼻緒がきれたはずみにぬかるみの中にころんだ。どういうわけか、よくころぶくせのある茂緒を、姉たちはこんな日、けっして連れにはしないのだが、気のやさしい房次はだまって連れていった。あんのじょう、ころんでわあわあ泣きさけぶ茂緒を、かかえおこすと、房次はいって聞かせた。
「兄やんいそいで、お寺へ行ってくるさかい、ここでまっとれ。」
すると茂緒はいっそう泣きわめき、
「いやア、茂もお寺で、お菓子もらうんじゃあ。」
一つはそれが目あてである茂緒にとって、それは一大事であった。こんなとき姉たちならばとっととほってゆくところなのに、房次は困りながらも、「こい。」と背中をむけた。泥まみれの茂緒を、かまわずおぶったのだ。しかも片手に栄重である。房次の首にぶらさがって、茂緒もらくではなかったが、お寺の高い石段を上ってゆく房次の苦労も相当だったにちがいない。お寺の土間は暗く、おくさんは年よりなので、泥だらけの子供に気がつかなかったらしく、泥によごれた茂緒の手にもハクセンコウという花型で押した白い葬式菓子をにぎらせた。白い菓子は、たちまち泥色になったが、それでも茂緒はにこにこしていた。家にもどると母はすごく房次をどなりつけ、小突きまわしながら泥によごれた着物をぬがした。それはよそゆきだったのだ。
そのとき、しくしく泣いていた房次のことを、茂緒はよく思いだす。今もそれだった。そんなこともあってか、子供のときは、わりに気の合った房次であるが、十五年も別れて暮せば、昔、着物の背中と前を一しょによごしたことなど、忘れているように見えた。一つ釜の飯を食わねば、心はだんだん離れるものだろうか。茂緒はとうとう何もいわずに、泣きべそのような顔で房次の家を出た。バスケットを持っている茂緒をいぶかしがりもせず、嫂は声だけで送りだした。外に出ればもう新しい気分もわいてきて、そっちの方へひかれる力は強かった。
新しい家に修造はもうきていて、茂緒をむかえた。
「あら、ずいぶん早かったんですね。」
うれしさに声もうわずっている茂緒を、修造はその両手をとって上に引っぱりあげた。はじめてなので茂緒はぼうとなってしまった。いっさいの過去も未来も忘れた、夢のような時がたった。やがて、花嫁は恥かしさと自己嫌悪で少し不機嫌になり、同じように少しゆううつな花婿に抗議的な口調で、
「こんなことって、あるかしら。恥かし。」
「あたりまえですよ。」
「なんだか、へんな気もち。これでいいのかしら。」
「いいも悪いも、ないじゃないの。」
なんというかんたんな解決であろう。それは長い年月のもたもたが一瞬に晴れたようなふしぎさだった。ようやく気もちの平静をとりもどしてみると、家の中はだだびろく、バスケット一つが嫁入道具だった。
「金策がうまくゆかなくてね、下宿へ荷物とりにいけないんだ。四五日さきにする。」
修造は照れくさそうに頭をかいた。ほんとうの下宿というのはその町名のめずらしさで、茂緒もおぼえている戸塚源兵衛の方で、そこで食事まで止められた彼は、本郷の友人の部屋に居候をしていたのだという。茂緒はおどろき、あきれ、すぐにはものも言えなかった。
「大丈夫だよ。結婚したからにはぼく、すぐ仕事さがすからね。」
「わたしも、仕事さがしますわ。ふたりで働いて、ちゃんと暮しましょうね。」
とはいってみても、まともに働いて暮すことより知らぬ茂緒にとっては、目の前の今日を、どうしてしのぐかさえ見当がつかなかった。そこへゆくと、修造の方はてきぱきとことをはこぶ知恵が、つぎつぎと浮かんできた。
「茂ちゃんの着物、ちょっとの間かりようかな。」
それを着るとでもいうのかと思って、ぽかんとしていると、
「質に入れるんだよ。」
茂緒は不明を恥じながら、バスケットから着物を出し、腕時計もはずして添えると、修造は気軽にそれをもって出かけようとする。
「大家さんの質屋にいくんですか。」
「ああ。知らない質屋は、だめなんだよ。」
「でもいやですわ。しょっぱなから……」
「仕方がないさ。ちゃんと暮すためには食わずにいるわけに、ゆくまい。」
出かけたあと、がらんとした部屋の中で、茂緒は畳にしがみつくようにして泣いた。父や母や、妹たちのことが、甘やかな悔の中で思いだされ、涙はとめどがなかった。だが、修造が帰るころをみて、おさめてしまった。しかし、はれたまぶたは、かくしようがなかった。やがて修造は十円になったとホクホク顔で帰ってき、茂緒の顔には気づかないふりで、彼女にそれを渡しながらさそった。
「さ、鍋や釜買いにゆこうよ。」
茂緒は新しい勇気にふるいたつ思いで、家を出た。鍵はあってもかける必要のない玄関をふりかえり、修造のあとについて歩いた。ふしぎな、あふれるような感情が、さっきの涙とむじゅんなくわいてきた。
近くの市場で買物は全部まにあった。まず荒物屋で七輪、土釜、箸、茶碗、バケツ、洗面器、箒、はたきとそろえた。雑巾まで売っている都会の生活にあきれながら、となりの米屋で白米一升を袋に入れてもらい、八百屋により、乾物屋で高野豆腐と切り干大根を買った。煮干を買いながら、ふっと房次の家を思いだしたが、それをふりはらうように修造の方を見た。彼の両手はあふれるほどの買物で、自由をうばわれていた。
茂緒は茂緒でやはり両手に持ちきれなくなっている。買うたびに奥さんといわれ、茂緒はそれにも上気して、疲れていた。
「もう、うちへ帰りましょうか。」
修造はすぐ同意した。そのあとについて歩きながら、茂緒はまた夢のような思いをした。この広い東京に、帰ってゆく家がある。何としても、それはふしぎであった。彼女は修造と肩をならべ、うれしげに言った。
「東京って、やっぱりおもしろいと思うわ。着物と羽織と時計とで、こんなたくさん買物ができるなんて。」
「…………」
「わたし、さっき、ちょっとつらかったけれど、もう後悔していませんわ。」
買物はまだすまなかった。味噌醤油砂糖を買い、さて食事の支度となると、炭がなかった。炭を買うと金はもう残り少なくなる。この寒空に火鉢もなくてはならない。
「炭は、二十銭でも売ってくれるよ。これでまだふとんのこともあるし。」
茂緒は修造にいわれて、あっと思った。米屋でも五升買うというのを、修造は一升にさせたのだった。米の一升買いは茂緒の少女時代にいくどか経験があったが、炭の二十銭買いは貧乏そだちの茂緒もまだ知らなかった。一升の米を買いにゆくことを恥じて、母はそれを夜の暗さの中でしかさせなかった。しかも利口者といわれる母が、自分ではそれができず、一升買いのときはいつも子供を使いに出していた。その娘の茂緒と、村では五本の指の中にかぞえられる裕福な中農の家庭の息子の修造とが、一組の夫婦になって出発しようとしている今、裕福な家の息子は平気で質屋の門をくぐり炭の二十銭買いを知っている。東京とは、そんな便利なところかと、茂緒はあらためて東京を見なおし、希望をもつのだった。足のついたまな板をちゃぶ台にして、きゃっきゃっと笑いながらふたりはむかいあって最初の夕餉をとった。田舎そだちの茂緒の手なれたところで里芋の味噌汁に、高野豆腐と油あげと、きり干大根の煮つけ、黄色いたくあんで、祝いの小さな鯛は一匹だった。修造は鯛よりも高野豆腐ときり干をよろこび、母を思いだすといい、久しぶりだといった。夕食がすむと、ふたりは連れだって、ふとんやをさがしに出かけた。暗がりではより添い、人の足音に離れ、遠慮ぶかく歩いた。ふとんやは市場の近くにあった。せんべいぶとんとはこれかとうなずかされるほど薄い木綿のふとんを三枚かりた。一枚一晩十五銭だった。二晩の約束で九十銭を前ばらいした。ふろしきに包むと一枚のふとんほどの高さになり、茂緒でも軽々ともてると思われるほど小さかった。ふとんやはそれを、おおぎょうに背負って家まで持ってきた。だまって受けとって、床の間の前に重ねたまま、その前で二人は田舎への手紙をかいた。修造は兄に、茂緒は両親に。
――どうぞ私の幸福のために、わがままをお許しください。かならずかならず仕合わせになってみせますから……。そこまで書いて茂緒は思わず畳に伏した。大正十四年二月二十日の夜はしんしんと冷え、火鉢さえもないその寒さはいっそうふたりをより添わせた。