5話 五
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修造が一軒借りたのに刺激されたらしく、部屋がりのNと扶佐子も家さがしをはじめた。修造の仕事のないときなど、二組の夫婦は、ふらりふらりと郊外を歩きまわった。ふと通りかかった道ばたや路地の奥に、著名な作家の住居を見つけては立ちどまったり、見あげたりした。田山花袋という表札は道からすぐ玄関の格子戸に手のとどくような、粗末な古い二階家だったし、やさしい字の表札がかかった鈴木三重吉の家は芝生の土塀にかこまれた小さな家だった。葛西善蔵ときたら、茂緒の家と川一つへだてた、ごみごみの町の長屋にいた。それらの人たちの玄関の戸を叩くほどのかかりあいさえない若さで、はるかな人たちにめいめいの思いをよせながら、また、ふらりふらりと歩く。空腹をおぼえると、辻の焼芋屋でそれを買って食べた。小さな家、小さな家とさがしているうち、けっきょく、茂緒たちの家と近い世田谷の太子堂の森のかげに、手ごろな家を見つけ、さっそく家主をたずねて約束した。六畳と三畳二間の二軒長屋が二棟ならんで立っていた。Nはたった一度書いたことのある「中央公論」を用意していてそれを見せ、信用させた。家はまだ畳建具も入っていない新築だったが、気の早いNは、今いる家で、息子が嫁を迎えるため、今日にも出なければならないと嘘をいい、早く畳を入れてくれといった。
「すかす壁の上塗りもまだでしからね、なんでしてから、できるまで別の借家にお入りになっていませんでしか。」
別の借家は通りに面した商店むきの広い土間のある二階家だった。二階六畳と下は三畳一つのその長屋へ、N夫婦はその日に移った。茂緒たちも手伝った。前家賃に苦労したらしく、Nはすぐ本を大きな風呂敷包みにして売りにいった。こまぎれ二十銭の牛肉で転宅祝いをしながら、扶佐子はしきりと茂緒をさそった。新しい方の家へ一しょに越そうというのだ。
「ね、となりどうしで暮しましょうよ。いいじゃないの。森があって、わが家のごとく、人通りもなく静かで、井村さんだって勉強できるわ。別荘みたいじゃないの。」
「そうね。」
「貧乏したってさ、両方が一しょってことばかりじゃないから助けあえるわ。」
「そうね。そしたらわたしも寂しくなくていいんですけどね。修造さん、どういいますか。」
ところがおどろいたことに、酔ったNと井村は、いっそう意気投合してしまって、明日にもこの二階家のとなりへ越してきて、一しょに新築のできるのを待とうというのだ。二階家は四軒長屋で、Nたちが越してくるまでは全部空家だった。酔ったいきおいで、男どもはすぐとなりの大家にかけあった。修造の勤め先は、彼に内職を与えてくれているKの通信社だった。そして翌日はとなりの貸家で飽きもせず豚コマのすき焼だった。かんたんに越せるものだと、茂緒は感心した。荷物は男たちが大八車で一度にはこんだ。茂緒はうれしくてならなかった。気さくな扶佐子がそばにいることは、何となくたのもしかったのだ。いつか茂緒が、すき腹をかかえて仕方なく寝ていたとき、扶佐子がいつになく、しょんぼりとしてやってきたことがある。
「井村さんは?」
「金策にいったんですけど。」
「そう。宅のNさんもそうなのよ。帰りにここへよると思うけど。ね奥さん、お宅ご飯ない?」
「あらあ。」
「昨日から、水ばかりなのよ。」
茂緒はぽろっと涙をこぼし、
「うちもないんですの。わたしも昨日からろくに……」
扶佐子は急にげらげら笑いだし、
「ようし、あんた一銭もない?」
「一銭ぐらい、あるかしら。」
ふらふらしながら、あちこちをさがすと、勝手の棚から三銭出てきた。それをもって出ていった扶佐子は、やがて勢いづいて帰ってきた。
「さ、一つ半ずつよ。」
どんどん焼だった。こんなうまいものを、はじめて食べたような気がして、そのとき茂緒は新たな親愛を扶佐子にもった。庖丁は砥石でしかとげないと思っていた茂緒に、茶碗のいとじりで庖丁がとげることを教えてくれたのも扶佐子だった。即席の漬物のつけかたも彼女に教わった。いつも家をあけがちの行商人を親にもって、小さい時から自分の暮しに苦労を重ねてきたという扶佐子の、胃袋をみたすために湧く知恵は、いつでも茂緒をおどろかせた。
「わたしがね、物思いに沈んで、今にも身を投げそうな恰好してさ、橋にもたれていたらね、親切そうな小父さんがよってきて、五十銭くれたわ。若い身空で、短気をおこしなさんなってね。困ったときには、いつでもいらっしゃいって、名刺もくれたのよ。天理教の信者だって。」
彼女は得意になった。
二階家に移ってからの扶佐子は、よく茂緒の着物を借りにきた。小さなからだのくせに、大がらな茂緒の着物を上手に着こなして、彼女は、彼女の些細な原稿を売りに出かけるのだった。無名の詩人の詩や童話は売れないことの方がもちろん多く、それでも彼女はがっかりすることを知らなかった。
「ちょっと、赤いバラの帯かしてね。二三日かせいできます。」
化粧道具だけをもって彼女は出かける。どこかの繁華街のカフェかレストランへゆくのだ。いつもより楽しげに鼻唄など歌いながら、茂緒の鏡台で化粧していったりする。そんなとき、Nの機嫌は、きまって悪かった。そのためにも、彼女は出かけねばならなかったらしい。Nは扶佐子の心配など無視して、気むずかしく眉をよせ、修造のところへもこない。修造もまた、仕事で留守だったりした。
あるとき茂緒は、二階の窓べ近くで解きものをしていた。年とった修造の母が、家のものにないしょで、自分の銘仙がすりの着物を修造のに縫いなおしてくれとて、包みにしてよこしたのを解いていたのだった。壁のむこう側の段梯子がきしみ、あなたア、と甘い扶佐子の声がして、ああ、帰ってきた、とほっとしたとたん、窓の外を白いものが乱れとんだ。あっと思って外をみると、どんどん焼のかたまりが路上のこちらよりにつぶれ、湯気を立てている。茂緒はそうっと身を引いた。となりでもしばらく声がしなかった。しかし、やがてのことに扶佐子の甘えた声が聞こえてきて、無言劇は幕が閉じたらしかった。
そしてまたやがて、
「井村さんの奥さん、お風呂にいかない。」
ならんだ窓からのぞく扶佐子の声はやさしかった。
「ええ、今、すぐおりますわ。」
広い土間のガラス戸をあけると、道路に投げられたどんどん焼がすぐ目についた。もう湯気はあがってはいず、丸いどんどん焼は無慚にゆがんでいた。扶佐子はそれを下駄で下水の溝に蹴こみながら、
「ねえ。」
と笑った。Nは扶佐子の帰りが一日おくれたのに腹を立てて、せっかく扶佐子が買ってきたどんどん焼をいきなり外になげたのだという。しかし扶佐子は、ねえ、と押さえるようにいっただけで何にもいわない。銭湯でもきげんよく、茂緒と背中を流しあった。扶佐子は手ぬぐいをきっちりとたたみ、背すじの下の方から上へ上へと上手に流してくれながら、
「きれいな肌ね。井村さん何ていう?」
茂緒はびっくりして背をまげた。小さな扶佐子の色の白いからだは、一めんにうすいそばかすにおおわれていた。
「そばかす女って、いいのよ。知ってる?」
「そうですか。」
昼風呂には、ほかに誰もいなかった。帰りに扶佐子はまたどんどん焼を十銭買い、茂緒の家によってふたりでたべた。
新しい家に移るとまもなく、多枝夫婦も引っこしてきた。表の通りをへだてた床屋の二階だった。引っこしは、どこもみなかんたんだった。ふとん一組と梱が一つ、瓶詰の酒の空箱一つに世帯道具は納まった。移ってから月賦屋で買った小さな机だけが、そぐわぬ形で家庭の新しさを語っていた。机は多枝のらしく、訪ねてゆくといつも多枝は、彼女の部屋ときめているらしい玄関の三畳の、その机の前から立って迎えた。机の上には、小型の原稿紙がのっていて、そんなときの彼女は気むずかしい顔をしていた。彼女もやはり、Iとふたりの暮しのために、扶佐子と同じように、喫茶店の通いの女給になったり、Kの通信社に探偵小説を買ってもらったりしていた。そんな才覚にとぼしい茂緒にしろ、やっぱりKの通信社の筆耕の仕事をもらって、月のうち十日はそれをしていた。著名な作家の小説を、十五字詰めの原稿紙に書きうつす仕事だった。うすい上質の原稿紙に複写紙をはさんで、一度に四通りの原稿を作るのだ。その原稿は、一度Kの通信社に買われ、いくつもの地方新聞に発表されたもので、それをさらに、別の新聞社からの注文に応じて、茂緒が書きうつしているのである。茂緒がみて書く原稿はいつも新聞の切りぬきだった。書きながら茂緒は、いつかその物語によみふけっていたりした。徳田秋声のもあった。白石実三という名もそれでおぼえた。茂緒はふっと、自分の心の中にうずくまって、もぞもぞしているものを見つめ、ひそかにそれを温めて楽しんだ。三人の中では扶佐子がひとりにぎやかだった。女の幸福を一身に背負ってでもいるようにはしゃいで、わざとらしく身ぶるいまでして夫をほめたたえたりした。しかし茂緒はひそかに、ほんとかしら、と思う。円転滑脱とでもいうのだろうか。扶佐子は感情を自由自在に駆使して泣くことも上手だった。
ほのかに ほのかに さびしゅうて
あつい なみだが おちてくる
となりあった勝手口で、おたがいに主をまつ夕餉の支度をする、そのN家の台所からまな板にあわせて哀調をおびた流行歌が聞こえてくる。ひょいとのぞいた茂緒は思わず、「あら。」といった。上げ板の上りばなに腰かけていた扶佐子は、庖丁をもったまま大粒の涙をたらたらと頬に流しているのだ。引きもならず困っている茂緒の胸に、小さな扶佐子はいきなりかじりついてきて、こんどはおいおい泣きだした。
「どうしたんですか。ね、どうしたの。」
ひとしきり泣いたのち扶佐子は、急に、えへらえへらと笑いだし、
「奥さんをおどかしたのよ。ほのかにほのかに悲しゅうて、泣いてただけなのさ。」
それはまったく、歌にさそわれて泣いたのを納得させるほど、もう何でもない顔つきだった。扶佐子さん、役者みたいだ。――と茂緒は思う。しかし、彼女と隣り同士に暮すようになってから、茂緒はいろんな疑問がつぎつぎと生まれてきた。あるとき茂緒は、いつものくせで気短なNが小さな扶佐子をいきなり抱いて、玄関のたたきに投げつけるのを見たことがある。泣き声も立てず、やがて扶佐子は、いつもの甘い声で、
「奥さん。」
と、縁側の方からやってきた。そして、
「今ね、けんかしたのよ。わたしに出ていってくれって。Nさんて、いい人なんだけど、お金がなくなるとわたしのせいにしちゃうのよ。」
金があると上きげんになって、裸の扶佐子を肩車にのせて部屋中歩きまわったりすることもあるのだった。扶佐子はいつまでも帰らなかった。そしてNが出かけてゆくのを見て、帰っていった。その夜、茂緒は修造を出迎えに、停留所までいった。雨がふってきたからだった。修造はなかなか帰ってこず、そのうちに雨はしだいにやんできた。せっかくだからと待っていると、多枝が片手で雨をうけながら下りてきた。白粉をこくつけ、髪をコテでちぢらせた多枝の姿はいつもの多枝ではなく、疲れた顔をしていた。
「井村さん、おむかえ。」
首をかしげて、にっこり笑う。茂緒はなんとなく照れて、
「ええ、降りだしたもんですから。でも、もうやみそうですから、あなたと一しょに帰るわ。」
歩きだすと多枝は、あまりものもいわずうつむいていたが、別れる少しまえに、
「お米、おかえししないでごめんなさい。――井村さんは、いいわね。――わたしは、Iと別れる気なんか、ないんですよ。落ちつきたいのよ。」
きれぎれの言葉ではあったが、茂緒にはのみこめる気がした。扶佐子にしろ、多枝にしろ、夫たちばかりか、その夫の友だちからまで不当な扱いをうけているのを、茂緒は感じていた。そしてその不当さの中には、扶佐子や多枝が、仲間の男たちのあいだを転々としていることにもあるように思えた。女が馬鹿なのか、男がずるいのか、茂緒の心でははかりしれなかったが、女のだらしなさでないことだけはわかって、歯ぎしりする思いもあった。扶佐子はNと一しょになる前に、なんども男にすてられたというし、多枝はまた社会運動で獄にとらわれているという噂の夫をはなれて放浪し、Iは噂だけでも何人目かの夫だということだった。彼女はその獄中の人とのあいだに生まれ、そしてなくなった子供の遺骨を持ち歩いていた。無気味といえば無気味だが、それだとて承知のうえでIは彼女と結ばれたのであろうに、夫たちは、なぜ妻たちを落ちつかせないのであろうか。それは茂緒にまで、ときに不安を感じさせたりする。ともあれ、三夫婦が近所に集まったことで、市内にいた仲間の詩人のHも少し離れたところに越してき、世田谷界隈はいつもにぎわった。ひまさえあると、だれかの家へ集まって、ゴールデンバットの空箱で作った啄木カルタに夜をふかしたりした。それらの文学青年ばかりでなく、じっさいの運動にたずさわっているという若い男たちも多く集まってきた。みんなアナキズムの思想につながれている者ばかりだった。牧師くずれの男もいれば、商人の息子もいた。彼らの「神様」はクロポトキンであり、大杉栄であるらしかった。難波大助や朴烈も英雄であった。一くせありそうな様子をして語るその人たちの言葉には暴力のにおいがあった。そのくせ、自慢らしくリャクの話をする者たちもいた。
――手紙一本出すんだよ。女房が死にそうだとか、子供が病気だけど医者にかけられないとか、哀れっぽく書くんだよ。二円おくってくるよ……。
リャクの方法をまだ知らない者に、経験者がそれを教えてやる。みんなが喜ぶと、
――あんまり一ぺんに出すなよ、おい。それに病気の女房や子供ばっかりでもバレちゃうぞ。悲劇を創作するんだな……。
それをある紡績会社へ出すのだという。リャクは略取の略だった。教えているのはやはり詩人で、たまに飜訳の下請けなどをしているという背の高いBだ。そんなことについて、茂緒は手さぐりで感じとったことを修造にきいてみる。
「アナキストって、どうして人のふところ、あてにするの。自分は働かないで。」
修造は彼や、彼と行動をともにしている人たちの思想について、まるでひけめでも感じているかのように、それを茂緒に話したがらなかった。茂緒は茂緒で、田舎にいて、修造たちの動きを理想化して考えていたことを思い、もどかしいのだった。
「働いてるじゃないか。」
修造は、わざと心外な顔をする。
「あんたじゃないわ。あの人たちよ。リャク、リャクって、自慢みたいにいってる人たちよ。」
「あの連中はあの連中さ。資本家に搾取されるのはごめんだというんだろ。」
「へえ、そして女は搾取してもいいの。」
「…………」
「みんな、横着な顔にみえるわ。Nさんだって、Iさんだって、女だけにいやな仕事さして、いばってるの。」
「うるさいな。」
ここまでくると、修造までもそうなのかと、茂緒はがっかりした。彼女自身は夫の仲間が集まって、けんけんごうごうの論に夜を明かそうとも口出しはせず、その人たちののどをうるおす茶くみ役に不満ではなかった。だが仲間の扶佐子や多枝が、女であるために受けている不当な侮辱や軽視には憤りを感じ、それをだれにもいえぬもどかしさで、修造にきくしかなかった。美しい未来のために、人間の自由のために、彼らの運動はあるのではないのかと、素朴に考え、その反逆精神に疑問をもった。しかもそこは茂緒の目には孤立した小さな世界にみえ、田舎の村の郵便局や役場で、いろんなことを訴えてくる人たちのためにはからい、手紙の代筆をしている方がりっぱだとさえ思った。
よく極めもしないで、不遜にも茂緒は、だんだん幻滅を感じだしていた。そこへ同郷の倉島兼次が現われなかったなら、何かのはずみで修造にまで、もっともっと愛想をつかしたかもしれない。それは最近、修造がいつも世話になったという姉から、ふたりの結婚に反対らしい手紙をよこし、それを茂緒に見せなかったからでもあった。しかしその手紙を茂緒は見てしまったのだ。修造が銭湯に出かけた留守の間に、おかず代をさがして何気なくオーバーのポケットに手を入れると、そこにあった。偶然のことであった。手紙には、茂緒の古い痛手をさかなでするようなことが書いてあった。茂緒がはじめて娘らしく胸をもやしたことのある、そしてはかなく水をかけられた灯台守の森田とのあいだに、子供までできかかっていたという噂があるというのだ。修造の友だちである倉島兼次とまで、何かややこしい関係があるらしいというのだ。事実無根のこのざん言に、かっとなり、茂緒は、じっとしていられなかった。倉島はどうだか知らぬが、茂緒にとって倉島は修造の幼な友だちであり、茂緒と仲よしの咲子の恋人だっただけである。修造が帰るなり、茂緒は突っかかっていった。
「姉さんの手紙、みたわ。」
「…………」
「どうして、わたしにかくすの。どうしてわたしにきかないの。」
「おれには分かってたからさ。」
「分かってれば、見せたっていいでしょ。倉島さんなんて、大っきらいなのに。」
「森田の方はそうじゃないというのか。」
茂緒はもう、ものをいう気も失せ、ひとり泣いた。まさか今さら嫉妬だとは思わぬが、修造だとて、同じような経験のあったことを知ってもいたし、おたがいに痛手をもつ過去に一応の線をひいて、立ち入らぬことを暗黙のうちに約束していたのに、ぬけぬけと男は女をせめ、あなどり、さげすんでいるのを感じた。
そんなことがあって間もなく、倉島はとつぜん上京してきたのだった。茂緒はさすがにバツがわるく、言葉少なく接した。
「四五日、泊めてくれるかいや。」
彼は修造にむかって、いつもの田舎言葉まるだしでいった。
「いいよ、四五日でも十日でも。」
傷病兵の倉島は月額四十円の恩給と鉄道パスをもっていて、今では結核も一応の落ちつきをみせ、生活のうえでも一応の安定をもっていた。療養中にはずっと小説をかいていて、そのいくつかを持って上京したのだった。
「読んでみて、くれいや。」
猫背の彼は、そのせいで声がつぶされでもしたようにめずらしいほど低い声であった。何事にも慎重で、修造の友人たちともなかなか親しまなかった。その皮肉な笑いを浮かべた顔は、うす気味悪く、まるで、ひけ目でもあるかのように茂緒は目をあわすことを避けとおした。ふしぎなことに修造は、倉島がきて以来、茂緒に甘い顔をした。どちらかといえば人前でそんなことのきらいな修造は、誰か人が泊るときなど、いつも自分のふとんに雑魚寝して、茂緒を一人ねかすのに、倉島の前ではわざとらしく茂緒と共寝した。倉島はすっぽりと、ふとんをかぶってねた。
修造が仕事に出かけたある日、倉島は縁側に立って空をながめるような恰好で、裁縫をしている茂緒にきいた。
「幸福ですか。」
「どうしてそんなこと、きくんですか。」
「いや、ちょっと気になったのでね。」
「…………」
「彼は、花柳病をもってますよ。知ってますか。」
「知ってますわ。でも、それがどしたんですの。」
「べつにどうもしないですがね。――井村は変りましたね。茂ちゃんが変えたんだろうな。」
彼はのどの奥で、女性的な、キキッというような、人を馬鹿にした妙な笑い声を立て、
「しかしぼくは、ちっとも井村に追随なんてしませんからね。アナキストには、ロクな奴はいない。ありゃ、人間の屑ですよ。」
茂緒はその鴨居にとどきそうな倉島の後姿に歯をかんだ。そしてぷいと外に出た。それしか、もう意志表示ができなかった。