11話 11」は縦中横][#「11
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マスミに固い約束をして、僕等は苺園ホテルを出た。時刻はいつしか十時を廻っていた。
「じゃ、貴女のお家まで送ってゆきましょう。いまどこに宿を持っているんですか」
「あら、送って下さるの」マスミは莞爾笑いながら「でも遠いのよ。ずっと下町の方ですわ」
「下町ですって。下町、結構です。僕も下町の方へ帰るんですから……」
「浅草なんですのよ。あたし恥かしいけれど」
「なアに、浅草はいいところです。僕も浅草に住んでいるのですからネ」
「まあ、不思議ですことネ。これも何かの御縁と思いますわ」
「そうかも知れませんね」
大通りへ出ると僕は円タクを呼び止めた。浅草まで一円でいってくれというと、運転手と助手は、マスミの方をジロジロ見ながら、――旦那、そんなことを云わないで、もう二十銭はずんで下さいな――といった。
「じゃそれと決めて……その代り目黒を通るのをよして、エビスの方へ抜けて呉れ」
僕は鉄橋の上の警官のことを思い出しながらいった。
円タクは深夜の町を、矢のように駛った。
僕はマスミの背後から腕をまわしたものかどうかと迷いながら、ソワソワしていると、そのうちにマスミの身体の重味が、胸のあたりにだんだんと掛ってきた。おや変だなと思っているうちに、彼女の頭がガクンと揺れて、僕の頤の下にもぐって来た。クウクウと、鳩のような寝息が、香りの高いカールをした女の頭髪の下から聞えてきた。僕は翼の折れたモダン娘をソッと抱きよせて、口のうちにシューベルトの子守歌うたった。
やがて車は、賑やかな電灯に輝く雷門の附近まで来たので、僕は惜しい気持がしたけれど、マスミの肩をつついて起した。
「雷門へ来たよ、マスミちゃん。……これからどっちへゆけばいいのかね」
僕は兄貴になったような口を利いた。
「あーら……」と彼女は口のところへ、革手袋を嵌めた手を持っていったが、急に気づいて、僕の身体を押しのけた。
「もう雷門! そこで左へ曲るんですわ。あたしの家、吉野町なんですわ」
「へえ、吉野町かい。……」
吉野町なら、僕の家も同じ吉野町だ。僕はなんだか恐くなってきた。
「この辺でいいわ。……」
車を降りた彼女は、ドンドン先に立って、僕の家の方へ行った。すこし呆れながらついてゆくと、マスミはとうとう僕の家の路地へスタスタと入っていった。
「ここがあたくしの家なんです。どうも遠方まで送っていただいてすみませんでしたわネ。では、分りましたら、どうか知らせに来て下さいましネ」
そういって彼女は、僕の家の隣家の戸を開いた。そしてスーッと中に入ると、鮮やかな投げキッスを僕に送るなり、雨戸をピシャリと閉めた。
「……なんのことだ。あれが隣家へ越して来た女だったのか……」
偶然か、それとも故意か! こんな偶然て、あり得るだろうか。僕は説明することの出来ないような困惑に囚われた。そして隣家に住むマスミに気取られぬよう、跫音を忍んで、その隣りの、わが家の雨戸の前に立ったのである。
すると、このとき家の中でボソボソ囁き交わす人の声を聞き咎めた。
「オヤ、……」
僕は二重の驚きをもって、雨戸から後へ飛びのくと、そこに掛っている表札を読んだ。
――浅間新十郎――
ああ、やはり我が家に違いない。――それでは何者か忍びこんでいるのだろう。
僕は再び雨戸に近づいて、聞き耳を立ててみた。
「どうも遅いのネ。まあ困っちゃうわねえ。……」
そういう声音には聞き覚えがあった。虎御前こと丘田お照の、虎になっていない心配そうな声だった。
「浅間氏が早く帰って来てくれぬと、このりん太郎とて、手の下しようがないですな」
りん太郎? すると街の科学者速水輪太郎がわざわざ訪ねて来ているのか。なにか一大事が起りでもしたような口ぶりである。
つづいてお照のヒステリックな声がした。
「……『深夜の市長』さんに万一のことがあったら、あたしゃ、浅間の奴の咽喉笛を喰い切ってやるわ」
「いや『深夜の市長』の行方がこのまま分らないそのときは浅間氏の始末については君の手なんか借りないです。私が彼氏を霊振機に掛けて、彼氏の生命はなくなるとも、彼氏が『深夜の市長』について知っていることだけは、絞りだしてごらんに入れるです」
「深夜の市長」の失踪? 悪魔のように呪われている僕!
これは一体どうしたことだろう。