21話 21」は縦中横][#「21
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凱旋道路のところまで駆け足で行ってみると、意外にも一台の黒い自動車が、雪の綿帽子を被ったまま、ジッと停っていた。速水がオーイと声をかけると、自動車の扉がサッと開いた。待っていた運転手が、速水の声に応じて、内側から開いたものらしかった。
僕たちが、腰を下すよりも早く、自動車は素早くスタートを切った。――運転手は幅の広い背中をこっちに見せて、黙々とハンドルを握った。車は雪明りの人跡杜絶えた街路を矢のように走っていった。ソッと夜光時計の盤面を見ると、ウラニウム針はピタリと正三時を指していた。
僕は、横に並んでクッションに腰を下している速水をつッ突いた。すると彼は何ごとかと愕いたような顔付で、僕の方に耳を寄せてきた。そこで僕はその耳に口を近づけて、ソッと囁いた。
「君は何故、あんな場所に、あんな塔を建てたのだい。一体何をするのが目的なのかい」
「…………」
速水は無言で、僕の唇から自分の耳を引き千切った。
暫くすると、僕はまた彼の脇腹をつッ突いた。すると彼はまた耳をソッと寄せてきた。
「あの高塔は、夜になるとあの通り聳えているが、夜明けになるとスルスルとエレヴェーター式に、地下に降りてしまうのだろう。いつぞや昼間行ったときは、塔の影も形もなかった。しかし目の鋭い者はそんなカラクリのある事は知っているぞ。なぜっていえば、あの中庭の芝草の生え具合を調べてみると、真中に円形をなした部分の芝草だけは他の部分よりも葉が硬くて丈夫だ。その円形をなした部分が、塔の屋根に当る部分なのだ。その円形の芝草は、夜間高空にのぼって、風に当るから、それで自然に丈夫になるんだ。どうだ、愕いたろう。愕いたら、あの隠見式高塔の使命を教えたまえ」
「……」速水は前よりも激しい愕きの色を見せて、首を元の位置に立て直したが、やがて向うから、唇を僕の耳に持ってきて囁いたことである。「それだけ知っていて、あの塔の使命が察しできないような奴は、よほど頭が悪いのだ」
僕は何をコン畜生と思った。そして三度、彼の腹をつッ突いたのであった。
「どうやら『深夜の市長』は病気らしいが、どこが悪いのかネ」
すると速水は今までとは、まるで打って変ったように悄然として僕の方に顔をすり寄せた。
「全く愕いている。先刻貴下も見たろうが、あんな風に、手でシッカリと腕を掴み、脂汗を流し、歯を喰い縛っていられる。非常に痛みがあるらしいけれど、医者を呼ぼうかといっても聴き入れられないのだ。何処が悪いのやら、全く見当がつかない。貴下に分っていたら、是非教えて貰いたいのだが……」
そこで僕は、さっき彼が僕にして見せたと同じように、傲然として、彼の頭から吾が耳をぎ取ったのである。――速水は、途端にギュッと僕の両の利腕を鷲づかみにすると、グッと自分の方へ引寄せた。僕は小暗い車内灯の光が、彼の瞼の中でチラチラ浮動するのを認めた。僕はつい気の毒になり、
「……速水さん。心配しないでいい。……あの人は、あのくらいの傷で、へたばるようなことはないよ」
と云った。そのとき自動車はゴトンと音をたてて、停った。外を見ると、狭い横丁だった。下りてみると、油じみた職工服を着た男が立っていて、速水に何か耳うちをした。自動車はゴトゴトと音をたてながら、傍の狭いギャレージに後退りしながら入っていったが、ギャレージの中にも二人ほど立ち働いている若者がいて、奥の明るい硝子戸の中には、内儀さんらしいエプロン姿の女の顔がこっちを覗いていた。いよいよ目的地へ来たらしい。
僕と速水とは、職工服男の案内で頑丈な高塀のある邸宅の前に出た。彼の若者は、前後をソッと見廻した後で、潜り戸の上をコツコツコツと三つ叩いた。そこに懸っている標札には「動坂家勝手口」という文字が読めた。――戸は合図に応じて、音もなく内側に開いた。
中には、別の男がいた。彼は火の番のような風体をしていた。僕たち二人を迎え入れると、彼は戸に鍵をかけた後、黙々として傍に置いてある大きな犬小屋の中に姿を隠した。この小屋の主人公であるらしいシェーパードが一匹、雪の積った地面に死んだようになって長く伸びていた。
懐中電灯の光のもとに、絵図を案じながら先に立つ速水に随っていくと、やがて奥庭に出た。
「速水さん、見張りの連中は、僕たちの目的を知っているのかネ。皆いやに黙っているので気味が悪いナ」
「彼等は見張りだけが任務なんだ。――黙っているのは『深夜の市長』の威令が行われている証拠だよ。規律が弛緩すれば、場所がらを弁えず、詰らぬお喋りなどをするものだ」
僕は皮肉を云われたように感じて、それ切り口を噤んだ。
絵図の上に、赤い矢印で示された縁の下の潜り穴が見つかった。そこで両手と膝頭とをついて、薄氷の張っているらしい大地のツーンとする冷たさを痛く感じながら、穴を潜って床下に忍びこんだ。
眩しい懐中電灯の光が、檻の中のようにすさまじい床下を照し出した。
中に入ると速水は悠々と床下に寝転がった。そして肩から長い革袋を下すと、その口を開いた。僕は何が出てくるかと興味をもって眺めていた。中から出て来たのは、何やらこまごました部分品のついたピカピカ光る円筒様のものだった。自動車のタイヤに空気を送るポンプのようでもあり、機関銃のようなところもあった。
「それは何をする器械かネ」
と僕は恐る恐る速水に質問した。
「今に分るときには分る!」
と、速水はさも蒼蠅そうに応えた。そしてその器械を持ちあげて、鉄砲を撃つときのように肩にあてた。だから器械はそのとき直立していた。それから彼は引金のようなものをグッと下に引いた。すると何だか器械の一部が廻りはじめたらしく、微かな響きが聞えてきた。
「浅間君、その懐中電灯を持って、床下を照らしてくれ給え。……そうだ、この器械の恰度真上の辺りを、横の方から照らしてくれるといいんだ」
僕は云われる通りにして、この訳のわからない作業を応援した。
「おお、……」
長いピカピカの円筒の中から、細い真黒な管が徐々に出て来て、床を下から突き刺した。それはまるで、蚊が血を吸うときに、人間の身体に嘴を刺しこんだような恰好だった。――丁度一分ぐらい経ったと思われる頃、撥条が外れたようなジジーという音がした。すると速水は、床から器械を外すのであった。
「もう済んだのかい」と僕が訊くと、
「いや、次だ。……」
そういって、彼はクルリと腹匍いになると、その器械を抱えた儘、向うの方へソロリソロリと芋虫のように匍ってゆくのであった。……
そんな風にして、彼は床の下をあちらこちらと匍いまわり、およそ二十近い個所に、丹念にかの器械の嘴を突きたてては、ジジジーと止めの音をさせていった。僕はいい加減退屈したころ彼はその器械を袋の中に収めた。
「もう済んだのかい」
「準備は済んだ。これからいよいよ本舞台だ。君、こいつを頭から被りたまえ、こんな風に……」
どこに持っていたのか、彼が私に渡したものを見ると、ゴム製の防毒面のようなものだった。しかしそれはたいへんに簡単で、まるで海水帽を少し長くしたほどの手軽なものだった。なぜそんなものを被るのか分らないが、云われるままに、彼を真似て頭の上からスッポリ被った。彼は手を伸ばして僕のマスクを直してくれた。マスクの上から鼻をおさえてみると、なにかお猿の口吻のようにピョコンと飛び出しているものがあって、その間から呼吸が通うらしく、そして何だか薬品の匂いらしい涼しい香りがした。
(さあ、こっちだ!)
と、云わぬばかりに、速水の持っている懐中電灯の光芒がサッと動いた。ヌッと手を上に伸ばしてガタガタやっているうちに、サッと風の通る気配が手首に感じられた。光の動く方を見ると、床にポッカリと四角な穴が明いている。速水は先に立って、その穴を攀じのぼった。僕も続いて昇りかけると、頭の上にパッと明るく電灯がついた。僕は彼の大胆なのに呆れかえった。攀じのぼってみると、それは厨房であった。板の間の揚げ蓋が二枚だけ、横に外されていた。
速水は靴のままで、ゴトゴト板の間を踏みならしながら歩き出した。まるで無人境を踏破しているかのように。
「この家は留守なのかい」
「どうして?……ホラ、これを見給え」
そういって速水は、傍の障子をガラリと開けた。するとそこには年の若いお手伝いさんが、蒲団にくるまって寝ていた。
「ちと静かにしないと、起きられるんじゃないか」
「なんの、起きるものか」
そういった速水は、蒲団の間から、ヌッと出しているお手伝いさんの白い腕を握って激しく動かしたが、お手伝いさんの表情には何の変りもなかった。僕はハッとその場に立ち竦んだ。
「……死んでいるのか」
「なアに、よく睡っているだけだ。先刻床下から注射した毒瓦斯はそれを嗅いだ人間を正味二時間に亘って、生きた屍にする。あの注射器もこの毒瓦斯も、僕が作ったものだ」
床下から麻痺性毒瓦斯を注射する――とは、考えたものだと感歎し、かつ底知れぬ街の科学者の知能に恐怖を感じた。
僕の顔色を早くも見てとったか、このとき速水は僕の前に直立していった。
「君、誤解しちゃいけないよ。僕はいつも正義の味方なんだからネ……もともと私は、人間の活動を束縛するような科学器械を作ることを好む者ではない。しかしこれを一足お先に自分の手で発明して置かなければ、他人が発明を完成して、こっちを束縛しに懸る。こいつはたまらんという外ない。神こそ、最優秀な武器を持たねばならないのだ。――さあ、急いで協力してくれ給え」
速水はドンドンと先に立って廊下を進んでいった。各室に送った毒瓦斯は、正二時間に亘って一家を全滅させているのだった。速水は毫もその毒瓦斯の効力を疑わなかった。
「ここが、動坂三郎の寝室だ。T市の黄金の鍵は、必ず彼の身辺に持っている筈だと『深夜の市長』は云われる。さあ一緒に探して呉れたまえ」
速水は、壁間のスイッチを押してから、重い扉を開いた。天井に嵌めこんだ大きなグローヴを透して、まるで昼間のように明るい光線が室内を照らしていた。これはなんという風変りな部屋だろう。内部は日本間となっていて、丁度お城の広間のようにだだッ広く、その中央に背の高い屏風が立て廻してあった。
僕たちはツカツカと屏風の傍に進み、それを左右に開いた。
まるで土俵のように盛り上った二つの厚い蒲団――その蒲団の夜着の間から、二つの頭が覗いていた。一人は紛れもなき海坊主のような市会の大立物動坂三郎、そしてもう一人はどうも見たような横顔なので、ソッと枕許を廻って、正面から覗いてみたが、途端に呀ッと仰天した。