十和田湖

14話 一四 十和田湖畔の十五夜

1,100字 約2分 2021年6月10日 公開

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 われ八戸に二泊して、今日は立ち去らむとす。大島氏、大蘆氏、女鹿氏など來りて別れを叙す。八戸驛にて、大久保徳治氏に別れ、尻内驛にて、浦山氏にも別れて、いよ/\一人旅の身となりぬ。余は、既に東面より十和田に上りたり、更に西面より上らむとする也。尻内驛より汽車に乘換へて、青森を過ぎ、弘前に至りて、岩木山を仰ぐ。聞く、この弘前の長勝寺に、北條時頼の造らせたる鐘あり。時頼の妾、時頼を辭し去りて、この地にて病んで死す。時頼こゝに來り、その由を聞き、供養の爲に、鐘を造らせたる由、記して鐘に刻せりとかや。人生、涙あり。鏡裡の花、水中の月、來たるものは拒まず、去るものは追はず。追はずとて、忘るゝにあらず。忘れずとて、未練あるにあらず。時頼も亦涙の人なる哉。この夜、碇ヶ關にやどる。

 明くれば、九月九日、舊暦の八月十五日也。再び十和田湖畔に至り、ひとり靜に中秋の月を賞せむとて、心勇む。午前八時發足し、小坂銅山を經、鉛山を越えて、午後七時、銀山の旅店に投ず。この路、十二里と稱す。されど、實際は十里ぐらゐのものなるべし。こゝに、唯一つの旅店あり。直ちに水に臨む。孵化を經營せる和井内氏の兼業とする所也。この夜、空くもりて、心に期せし月は見るに由なかりき。

 九月十日、銀山を發し、鉛山を經て、發荷にいたる。この路二里と稱す。五戸よりする路も、三本木よりする路も、小坂よりする路も、毛馬内よりする路も、馬を通ず。湖を一週する路も、他は馬を通ずれども、たゞ鉛山より發荷迄、一里の路だけは、馬を通ぜず。路絶えて、濱の砂を踏んでゆくことあり。危き處もありて、用心を要するの惡路也。

 發荷にも、唯一軒の旅店あり。これも水に臨む。就いて休息し、命じて、鱒を燒かしめ、一瓶の酒を傾けつくして、余は終に十和田湖に別れぬ。

 十和田湖に、一つの神話あり。八郎太郎といふもの、化して龍となりて住む。南祖坊靈夢のままに、こゝに來たる。八郎の龍、怒りて戰ふ。南祖坊法力を以て之に對す。八郎終に力屈して、去つて八郎潟をつくる。南祖坊長く茲に鎭す。十和田湖畔、南祖坊の祠あるは、即ちこれ也。奧羽は、古來、常に他に壓せられたり。奧羽人士は、常に八郎太郎なりき。されど、氣運はうつる。今後、南祖坊たるを得るや否やは、諸公の努力如何によりて決する也。

 發荷より一山を越えて、銚子瀑を見る。言ひわけに、水少しあれど、水力電氣に利用せられたるが爲め、舊觀は、たゞ寫眞にのみ殘りて、平凡なる瀧となり果てしは、大いに惜むべき也。

 この夜、毛馬内にやどり、翌十一日、大館より汽車に乘り、秋田、山形、米澤、福島、二本松、白河、宇都宮を經て、われは東京に歸りぬ。

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