9話 九 松見の瀑
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太田吉司氏は、體格強壯無比、脚殊に健也。このあたりの山々、足跡の及ばぬ隈もなし。數日の糧をもちて、ひとりにて行くこともしば/″\也。『山の神』と稱せらる。日に何里あるけるかと問へば、五里ぐらゐなりといふ。如何に『山の神』とは云へ、げにさもあるべし。路のなき嶮山を五里もゆくは、平地を十五里ゆくよりも困難也。太田氏曰く、このあたり瀧多し。見るに足るべきの瀧、二十に下らず。就中、松見の瀑が、最も大也。請ふ、往いて見られよ、われ案内せむと。こゝも十和田の區域也。見ざるべからずとて、之に應じぬ。
蔦温泉に一夜とまりて、明くれば雨也。太田氏曰く、松見の瀑へゆくには路なし。溪流を徒歩すること四十回、水増せば、往くべからず。この雨にては危險也。明日に延ばされよと、さらば、仕方なし。郷に入つては、郷に從へ、山に入りては、唯『山の神』の命令を奉ずべしとて、其の言に從ふ。春汀の待ちわぶることは察せざるにあらざるも、この行、十和田の風光を探るを主とせることは、春汀も承知の上なれば、われは、主とする所に從ひて、春汀に負かむとする也。
午前十時に至りて、『山の神』又來りて曰く、この模樣ならば、往かるべし。雨を衝くの勇ありや否やと。大いに有りとて起つ。百穗が惠與の眞綿を背中に入れ、綿入を借りて着、頭には『ばをり』を被り、脚には『はゞき』をつけ、蓑を着る。太田氏先にたち、一人の男、後ろより余を護衛してゆく。
路なき山を幾度か上下して、黄瀬川の溪流に出でたるまでに、一時間半かゝりぬ。こゝよりは、太田氏の云ひし如く、四十回黄瀬川を徒渉する也。左岸に瀧多し。その中にて、鍋倉の瀑といふは、はじめ二丈ばかり奔流し、直ちに噴水の如く、斜に飛び上り、三丈ばかりにして巖壁に當りて、五六丈の懸崖を瀉下す。素人受けのする奇瀑也。
小石の洲ありて、水左右に流る。こゝを御所河原と稱すといふ。名が面白しとて、休息して、酒し飯す。一瓶の酒なほ餘る。瀧壺まで持ち行かむかといふ。いや/\、瀑を見るに酒なかるべからずなどいふは、まだ風流の半可通なるものなりとて、荷物は總てこゝに置きて、また上る。
松見の瀑、一に黄瀬の瀑とも云ふ。一山全く骨を露はし、上は裂けて鋏の如し。其の合する處より、一川の水、總束せられて直下す。凡そ二十丈、下はまた五六丈の巖を蔽うて下る。此の上方の、二つに裂けたる巖の山は、姫小松を戴く。後ろを見れば、巨巖天を衝きて、それの頂にも、姫小松生ひたり。このあたりの山々には、松なし。たゞこゝのみにあるを以て、松見の瀑といふなりとぞ。岩質はと問へば、玄武岩なりといふ。巖に松、而して三十丈の飛瀑と云ふのみにても、山水の遊に慣れたる者は、既に飛び立つ思ひすべき也。
午後七時十五分、温泉の宿にかへる。午食に三十分、瀧壺に十分休息し、正味八時間半は、少しも休息することなく、歩き通しに歩きたるが、里程は、わづか往復四里ぐらゐなるべし。