荒法師

2話 二

2,077字 約4分 2022年7月8日 公開

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 それからひとしきり「真如」という言葉がところのはやり物になった。俊恵の奇行はつぎつぎと絶えなかったが、ここでは精(くわ)しく書いている必要はないだろう、こうして年が明け、天正十八年となった五月の末の一日である、慧仙和尚が方丈で客とはなしをしていると、小坊主のひとりが走って来てけたたましく和尚を呼びたてた、「方丈さま早く来て下さいたいへんです」「どうしたのだ」「俊恵さんがいま本堂で御本尊さまと喧嘩(けんか)をしています」「……ばかなことを云うな」「本当なんです、御本尊さまと本当に喧嘩をしているんです」客がいるのでばかなことをと叱りつけたが、和尚はすぐに立って方丈を出ていった。

 俊恵は本堂の須弥壇(しゅみだん)の前に立っていた。片手に経巻を持っているのはそれまで読経していたものであろう、須弥壇に向ってぬっくと立ち、右手をぐっと前へつき出しながら、本尊の釈迦(しゃか)如来像に大喝をくれていた、「……きさまは何処(どこ)のなに者だ」それは天蓋をびりびり震わせるほどの声だった、「……身につけている蛮衣はなんだ、螺髪(らほつ)とはなんだ、眉間(みけん)の白毫(びゃくごう)とはそもそもなんだ、汝(なんじ)はいずれの辺土から来た頓愚だ、云え、仏とはそもなに者か」「俊恵……」はいって来た慧仙和尚がうしろから叫んだ、「そのほうなにをしておる、気でも狂ったか」「…………」俊恵はくっとふり向いた、火を発するかと思える双眼で慧仙をはたと視、膏汗(あぶらあせ)のにじみ出た額を高くあげてかれは叫んだ、「いかにも、俊恵は気が狂ったかも知れません、しかし師の御坊におたずね申す、この釈迦如来は何処のなに者ですか、毛髪の玉と縮れた、身に蛮衣をまとった、この偶像はそもなに者ですか」「さような愚問に答える言葉はない」「ではわたくしから申しましょう、これは」と俊恵は手をあげてひしと本尊を指さした、「これは天竺の迦毘羅衛(カビラバスツ)城主の子で悉達多(シッタルタ)といい、のちに釈迦牟尼(しゃかむに)と呼ばれた人間の摸像でございましょう、だがその天竺の一城主の子が、われらにとってなんだというのです、わたくしは幼少の頃からこの像の前に拝跪(はいき)し、朝な夕な看経(かんきん)供養をしてきました、ひと口に申せばこの釈迦牟尼仏に仕えてきたのです、いったいこれはどういうわけですか、大やまとの国に生れた俊恵がなんのために天竺の一城主の子の摸像を拝さなければならぬのです、まことに樹下石上を家とし、衆生(しゅじょう)を済度するということが僧徒の悲願なれば、この輪奐(りんかん)たる堂塔と異国の像を棄てることが第一ではありませんか、俊恵はまずこの仏像を放逐します」そう喚きながら、かれはひじょうな勢いで須弥壇へとびかかった、和尚はおどろいて誰ぞまいれと叫んだ、「俊恵は気が狂った、誰か来てとり押えろ……」寺僧たちは向うからこのようすを見ていたので、呼ばれるまでもなく走せつけて来た、そして暴れまわる俊恵をとり囲み力をあわせてそこへ捻(ね)じ伏せた、「構わぬから縛って経蔵へ押込めてしまえ」慧仙はそう命じた、かれらは繩を持って来て俊恵をぐるぐる巻に縛りあげたうえ、講堂の裏にある経蔵の中へ担ぎこんだ。俊恵は抵抗をやめてされるままになっていた、眼を閉じ口をひき結んで、埃(ほこり)臭い板敷へ投げだされたきり身動きもしなかった。「よく聞け俊恵……」慧仙和尚はかれの上へ身を跼(かが)め、ひと言ずつ噛んで含めるように云った、「おまえはなま学問にあてられているのだ、堂塔や仏像の否定などは田夫もたやすく口にできる、さような眼前鎖末の事に心をとられるようでは、大悟の境に到る道はまだまだ遠い、修業のはじめには誰しもいちどは昏迷(こんめい)するものだ、いや三度も五度も昏迷し、気も狂うだろう、けれどもそれが妄執となっては救う道はない、おのれを超脱せよ、些々(ささ)たる自己の観念に囚われるな、学問は必ずいちどその範疇(はんちゅう)の中へ人間を閉じこめる、その範疇を打開することが修業の第一歩であろう、頭の中からまず学問を叩き出すがよい、跼蹐(きょくせき)たる壺中(こちゅう)からとびだして、空濶(くうかつ)たる大世界へ心を放つのだ、窓を明けろ……」俊恵は黙っていた、和尚の言葉はなんの感動をも与えなかったようすである、かれは息も絶えた者のように、蒼白(あおじろ)い顔をのけざまにして埃の上に横たわっていた。

 俊恵の脳裡には荒涼たる風景が去来していた、葉の落ちた林がみえる、裸の細い枝が厳寒の風のなかでひゅうひゅうと泣く、枯草のみじめに固くしがみついた涯の知れぬ荒地、どこから来てどこへゆくともなく灰色に伸びているひと筋の長い道、暗澹(あんたん)と垂れさがった鉛色の雲の下に、ぞっとするほど寒ざむと凍っている沼、……そしてそういう風景のなかをとぼとぼとあるいてゆく人間の孤独な姿が、いつまでもかれの空想をひきずってやまない、人間はいつかは死ぬのである、いかなる富も権力も死からのがれることはできない、営々五十年の努力は金殿玉楼を造り権勢と歓楽を与えるかも知れないが、いちど死に遭うやすべてあとかたもなく消え去ってしまう、この世にあって存在のたしかなるものはまさに「死」を措いてほかにないのだ、かくて死はすべての消滅でありながら、しかも唯一のたしかな存在であるという、この矛盾は果してどう解すべきものだろうか……。

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