2話 〔「支那保全」論〕
読み方を変える
我輩はこの場合に於て支那問題に関する我輩の従来の主張を、繰返す必要を切に感ずるのである。明治三十一年に我輩は東邦協会に於て一場の演説を試みた。その筆記は東邦協会の雑誌に出て、翻訳されて欧米の新聞にも出た。その議論は、国というものは外部の圧力に亡ぼさるべきものではない、外から亡ぼされずして自滅するのであるというが骨子である。その時私は獅子身中の虫ということをいうた。獅子というものは実に猛獣で百獣の王とも言う。一度咆哮すると百獣皆懼れるという。それがどうして仆れるかというと体に虫が出来る。するとその猛獣が自然に仆れる。これが獅子身中の虫というのである。支那という世界無比の大帝国、四億万という大民族はなかなか亡びるものではない。那破翁さえ将来世界は支那が支配するか知らんと心配をしたくらいの国である。そういう国が容易に亡びるものではない。如何なる強国もこれを亡ぼすことが出来るものでない。ところが支那が地を失うこと日に千里、こういう訳だ。僅かに一世紀間に地を失うこと千里。かつて二百年前に彼得大帝という露西亜の豪傑、侵略家がついに支那の北部の方を侵略しようとした。すると支那の康熙帝は直ぐ兵を送ってこれを追払った。露西亜は散々に失敗をした、閉口した。かの「ネルチンスク」の条約は露西亜にとっては非常に屈辱なものである。支那にとっては最も名誉なる条約で、彼得大帝は支那の国民にとって名誉あるその条約を、自分の恥を忍んで結ぶに至った。その時侵略を免れたという国が、その康熙帝の子孫に至ってどういう事になったというと、百年の後には「アムール」河を取られ、五十年の後には沿海洲も取られ、続いて露西亜は支那の困難に乗じて更にまたかの浦塩斯徳に近い処を取ってしまった。そういう様な訳で、別に武力を加えられたでもなければ、戦った訳でもなくして、日に千里を失うということになった。而して既に取られたところの地方はすべてまず百年間に日本の二十倍くらいな大きさを取られた訳だ。戦って取られた訳ではない。皆外交の上で取られたので、兵を用いずして取られたのである。なかなか露西亜の外交というものは御偉い。かくの如く国家は皆自ら亡ぼす。他動的でない、自動的に亡びる。亡ぼされるのでない、亡びるのである。羅馬の亡びたのも蛮族が亡ぼしたというが、決してそうではない。もう羅馬が腐敗した。そこで北狄が侵入したまでである。物まず腐って虫これに生ず。これは亡ぼされるに非ずして亡びるのである。国の亡びるのは皆そういう訳であると、大体そういうことを我輩は言ったのである。
それからその当時、支那の分割という議論がよほど盛んであった。そこで私が支那の分割の不可能なることを信じて、支那の保全を唱えた。支那を励まして亡びぬようにしろという注意を与えた。その時にちょうど勢力範囲ということが唱えられ、分割ということが唱えられた。その時代に私はこれは世界の人達がよほど過っている。ことに外交家が最大なる過ちをやっている。全体手品師のように、人の物を勝手に紙の上に図を引いて奪うということが出来る理屈のものではない。かつて伯林に於て列国会議を開いて阿弗利加の分割をやった事がある。その時に初めてこの「スフウェア・オブ・インフリュエンス」という字が出来た。そういう外交上の言葉が出来るようになった。これは外交官達が「ビスマルク」の前に大きな「テーブル」を置いて、自分が持っている鉛筆で地図に筋を引いて、これは英国、これは独逸、これは仏蘭西と、その取るべきところをきめた。またこのところを取るとよほど面倒だから中立にしておこうなどと、そういう様な事をした。こういう様に紙の上に鉛筆で引いたところの線がそれぞれ事実の上に出現した。これは不思議はない。阿弗利加という国は、諸君も地図でご覧の通り、白くしてある所が多い。あまり黒くなっておらぬ。黒くないのは書くことが少ないからだ。あるいは探検をしない所は皆白くしてある。こういう所を分割するには外交家達が地図の上で勝手に極められるが、支那は四千年の歴史を持っており、四億万の大民族が住居している所である。最も機敏な外交家達がそれを忘れたということはよほど不思議である。阿弗利加とは大いに違う。そういう馬鹿な事が出来るものでない。そこで私はその当時、いわゆる各国の勢力範囲なるものは実印を押さぬ証文同様であると評した。ところがその当時日本は福建省の不割譲を約束してあったのも併せて罵倒した様な訳で、各新聞などから甚だ相済まぬという批評を受けた。我輩はその当時外務大臣で当局者であったから一層世間の攻撃が八釜しかったが、私は正直だから思った通りを述べたのである。事実その通りだ。大切な証文に捺印がしてないのに己の権利があると、そんな馬鹿な話はない。そんならばどうするかというと、支那の様なああいう大国は、騒がすと蜂の巣のようなもので面倒だ。そっとして世話をしておく。そうして支那を誘導して開発するということが必要であると、こういう議論を唱えたのである。
而して支那を開発し支那を誘導するには如何なる国が先生となるか、あるいはこの大病人を診察をしてこれを治療する医者になるか、看護婦になるかという問題が大問題である。これは英国が古くから交際があるから宜しかろう、もしくは境を接しているから露西亜が宜しかろう、もしくは米国が友誼的に先生となって指導した方が宜しかろうかという事があったが、これまた不可能の事である。支那を文明に導き得る国は世界に無い。支那という大病人を治療して復活させる国は世界に無い。もしそういう国があれば世界にただ一つあって二つない。一つのみだ。その一つは如何なる国か。即ち日本だ。日本を除くの外には無い。これは外務大臣として予告しておいた。