35話 第四、英国行日記 三五、ロンドンの近況
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二十日、晴れ。朝、サンマース氏の監督せる公立小学校を参観す。生徒、男女を合して四百名、屋上に体操場あり。女子には割烹および洗濯までを教授す。午後、詩人カーライルの遺跡を訪う。テムズ河畔にあり。遺物を集めて小博物館となす。岸頭に銅像あり。余、ロンドンに遊ぶこと前後三回なり。第一回は明治二十一年にして、第二回は三十六年の初めなり。第二回より九年目に、さらにここに来たる。その前後を比較するに、多大の相違あり。第一はロンドンが市外に向かいて膨脹し、各方面に人の輻湊する場所を生ぜること、第二は地下鉄道の電気に変じたること、第三は市街の乗合馬車が多く自動車となりたること、第四は街上の敷石がたいてい敷木にかわりたること、第五は燕尾服、シルクハットの減じたること、第六は髯髭を全く剃去する風の流行せること、または全部を剃去せざるものあること、第七は英人の誇れるホームライフが変遷しつつあること、第八はヤソ教の勢力の減じたること、第九は日曜の午後に酒舗を開くに至りたること、第十は婦人にして喫煙し、またはパブリックバーに入りて飲酒するものあること等なり。概して言えば保守的の英国にして、欧州大陸風に漸化せる傾向あるを見る。あるいはまた、米国風に感染せるところあるがごとし。しかれども、ロンドンの日就月将の繁栄は、ただ驚くよりほかなし。余がその盛況を賦したる一律あり。
十里廷無河上塵、収容七百万余民、街皆築岳高低屋、路自翻波来去人、管道車中夜欺昼、水晶宮裏夏猶春、日新月盛成其美、天下何都能比倫。
(十里の市街区には河上の塵もなく、七百万余の人民をいれている。街はみな山の重なるような高低の家屋が建ち、路はおのずから波の打ち返すように人が去来する。地下鉄の車中は夜も昼かと思うほど明るく、水晶宮の中は夏にもかかわらず春のようである。日々新しく月ごとに盛んに文化の繁栄をなし、天下のいかなる首都も肩を並べることはできない。)
別に五絶一首および和歌一首あり。
車塵遮白日、炭気鎖青天、市外望竜動、茫茫只見烟。
(車のあげる塵は日光をさえぎり、石炭の排気は青空をとじこめる。市外より竜動の市街を眺めれば、みわたすかぎりぼんやりとして、ただ煙をみるのみ。)
電灯の光りに地下も照されて、文明の世は暗なかりけり
また、テムズ川の月を望みてよみたる一首あり。
テームスの川は烟にとざゝれて、月の景色は見るかけぞなき
二十一日、炎晴。北極海観光の途に就く。サンマース氏夫婦および大場氏、余を送りて停車場に至る。その紀行は別編目となす。