南半球五万哩

47話 第六、欧州大陸紀行 四七、ドイツ内地所見

1,042字 約2分 2011年10月25日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 八日、晴れ。暑気はなはだし。午前七時ベルリン着。プリンツ・アルブレヒト旅館に宿す。終日市街および公園を散歩し、今昔の変遷いかんをみる。地下鉄道の布設と自動器械の流行は、先年いまだ見ざりしところなり。スカンジナビア三国にも自動器械流行し、料理店にて食品を得るに人の手を煩わさず自動器械を用い、停車場にて郵便切手を売りさばくに自動器械を用い、昇降器にて階上へ上下するにも自動的なる等は、意外に感ぜり。また、ベルリン街路には自動靴をうがちて来往するものあるも、はじめてこれを見る。ベルリン客中作一首あり。

街路如碁又作叉、鬱然四十万余家、行吟林典街頭月、看酔智阿園裏花。

(街路は碁盤のごとく、あるいは枝わかれするかのように、繁栄する四十万余家の都市である。行くゆく林の道や街頭の月に吟詠し、智阿園(テイアガルテン)内の花をみて酔いしれたのであった。)

 九日、炎晴。正午十二時、ベルリン発車。午後三時半、ライプチヒ市に着す。友人エッシェー氏、自動車にて歓迎せらる。即時に同氏の宅に至り、冷茶を喫す。ドイツにては、暑中は氷水にて茶を喫すること流行するという。これより博物館、公園、遊覧台、植物園等を巡覧す。

独逸路は海より広き大野なり、雲のはてまで山かけもみず

 夜に入りて、さらに同氏の宅にて晩餐をおわり、食後街路を緩歩す。ときに明月高く懸かり、清風熱を洗いきたる(当夕満月)。茶亭に休憩すること夜半に及び、一時の急行に駕してミュンヘンに向かう。その間、エッシェー氏の周到なる注意と懇特なる歓待をかたじけのうせるは、大いに深謝するところなり。

 十日、炎晴。午前十時、ミュンヘン着。金子恭輔、井出健六、瀬木本雄諸氏の出迎えあり。これより瀬木氏の案内にて、博物館、美術館、公園、宮城等を周覧し、有名なるビール店ホフブランハウスに至りて喫飯せり。宿所はクリストル・ホスピッツ旅館なり。当夕、井出氏の寓所において、久しぶりにて牛鍋の日本料理を試む。

 十一日、晴れ。前日のごとく瀬木氏の案内にて遊園および寺院等を一覧し、さらに汽車にてシュタルンベルク湖に遊ぶ。湖水の大きさはわが函嶺湖のごとし。その風景はスイスの模型と称して可なり。ときに詩歌各一首を浮かぶ。

明辺城外有仙関、舟過湖光巒影間、日欲斜時雲亦断、一青影是瑞州山。

明辺(ミュンヘン)の郊外には世俗を離れた所があり、舟は湖面の光と山の影をよぎる。日が斜めに移る時に雲もまた断ちきれて、ひとつの青い山影は瑞州(スイス)の山なのである。)

暑き日に木陰たよりて知りにけり、蝉のなかざる里もありとは

目次に戻る

目次