49話 第六、欧州大陸紀行 四九、フランス・リヨンおよびパリ行
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十四日、晴れ。正午十二時、ジュネーブ発車、フランスに向かう。スイスとフランスとは、時間に一時間の相違あり。国境にて税関の調査を受け、午後五時半、リヨンに着す。途中車窓より一望するに、農田多くは桑園なり。
走出瑞山入仏原瑞山入仏原」はママ]、隴頭無処不桑園、午風漸動車窓冷、看過廬尼河上村。
(汽車は瑞の山よりいでて仏の草原に入れば、畑のうねはすべて桑田である。まひるの風がようやく吹いて車窓も冷ややかさをおぼえ、みるみるうちに廬尼河のほとりの村をとおりすぎた。)
停車場前に旅宿を定め、夜に入るまで市街を散歩す。
十五日、炎晴。リヨンは二条の清流これを貫き、数条の橋梁これにかかり、かつ一方の岸頭は丘山を成し、風光に富める市街なり。午前、寺院、博物館等を一覧し、午後、わが領事館に至り、副領事木島孝蔵氏を訪わんと欲せしも、同館閉鎖せられ、入ることを得ず。自ら察するに、暑中休暇にて同氏旅行不在ならんと思い、むなしく旅館に帰りしが、後に聞けば、同氏は当日余の来たるを知り、自宅にて特に日本食を整え、終日待ち設けおられし由。同氏の宅を訪わざりしは実に遺憾なり。
一水二条貫市流、岸頭茶店幾層楼、夜深猶聴電車走、人在万灯光底遊。
(水はふたすじの川となって市街をつらぬいて流れ、岸べの茶店が幾層もの高楼をなしている。夜もふけてなお電車の走る響きをきく。人々は万灯の光のもとに遊歩しているのである。)
当夕は独歩して江上の納涼を試む。夜景またよし。市中を貫流せるローヌ河は、水清く色青く、大いに風光を添うるも、その両岸に連繋せる船屋はみな洗濯屋なるは、やや殺風景を感ぜり。
十六日、晴れ。午前九時出発、急行にてパリに向かう。野外桑園多く、また葡田あり。連日の炎晴、数旬の間降雨なく、野草枯れ、塵埃みなぎる。午後六時着。旅館セントジェームス・ホテルに入る。当夕は市中に遊歩を試む。
十七日、晴れ。午前、公園に遊び、帰路わが大使館をたずね、栗野大使に面会す。午後、セーヌ河南に散策し、夜また市街を緩歩して帰る。
巴黎城外歩林皐、英弗塔尖依旧高、自動截風来又去、車声恰似万松号。
(巴黎郊外の林や丘を遊歩するに、英弗塔は天を指して旧時のように高くそびえている。自動車は風をきって走りきたり、あるいは去る。車の音はあたかも多くの松が風に鳴るのに似ているのだ。)
青葉しける林に入れば電灯の、光りも染みて緑りとぞなる
パリもベルリンと同じく、前後三回歴遊を重ねしが、そのつど多少の改変あるを見る。地下鉄道の布設と自動車の流行は、第一に注意を引けり。自動車は各都会に流行せるも、パリ最も盛んなるを見る。また、パリはコーヒー店、ブドウ酒の名物なりしが、近年英国風および独国風これに入り、市街にイングリッシュバーと題する酒舗あり、またミュンヘンビールと題する酒店ありて、レストランにおいてビールを傾くるもの多く、酒店に入りて酒の立ちのみするもの多きを見るは、英独の感染なるべし。市中人車の雑踏せるも、先年と大いに異なるを覚ゆ。しかして、セーヌ河畔に古書をひさぐ露店あると、エッフェル塔尖の雲をしのぎて聳立せるとは、旧時の観をとどむ。