南半球五万哩

61話 第八、南米東部紀行 六一、サンパウロ行

965字 約2分 2011年10月25日 公開

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 十八日、晴れ。午後六時、豊島昌氏とともに汽車に投じ、サンパウロ市に向かう。同市は当国第二の大都会なり。その距離二百五十マイル余、夜暗くして山光水色を吟賞するを得ず。

 十九日、晴れ。朝六時、サンパウロに着す。人口二十八万あり。当地第一の物産たるコーヒーの集散地なり。この地方にコーヒーを培養せしは今より二、三十年前にして、その原種はアフリカ・リベリア国より輸入せりという。爾来にわかに盛況をきたし、今日の市街をなすに至れり。街路狭く家屋大ならざるも、商工すべて活気を帯び、将来大いに発展する望みを有す。ここよりサントス港まで二時間を要するも、コーヒー運輸のために汽車の往復頻繁なり。最初に藤崎商店に至り、代理人有川氏に会し、電車をかりて市街を通覧し、さらに青柳郁太郎、上塚周平両氏に会し、ともに午餐および晩餐を喫す。席上所懐一首を得たり。

孤客遠游三保羅、偶逢邦友感懐多、豈図南米塵深処、日本店頭談大和(ヤマト)

(一人旅の身は遠く三保羅(サンパウロ)に遊歴し、たまたま日本の人に逢って思い感ずることも多い。こうした南米の奥深いところで、日本人の店で日本について語りあうなどとはどうして考えられようか。)

 午後、州政庁に至り、局長に面会し、耕地見分の紹介状を授かる。これより移民収容場を一覧す。その設備すこぶる完備せり。市外および公園をも車上より一瞥す。当市第一の壮観はやはり劇場なり。わが帝国劇場よりも壮大なるを覚ゆ。

 二十日、晴れ。サンパウロより二百二十五マイルを離れて、ガタパラと名づくる一村落あり。わが国の移民ここに住して、コーヒー採収の業に従事すというを聞き、豊島氏と同車してここに向かう。途上、草原林野のみ。往々、黒奴の瓦屋土壁の中に住するを見る。

伯陽一路野連空、草海茫茫望不窮、早晩欲開天賦富、無人之境鉄車通。

伯陽(ブラジル)の道は野が空に連なるかと思われるほどはるかに、草原は海のごとくひろびろとして望めども見窮めることはできない。近い将来には天賦の富を得る道を開かんと願い、無人の境に汽車は行くのである。)

 午後五時着駅。耕地支配人サルトリス氏および副支配人平野運平氏と相会し、ともに便車に駕して、来賓接待所に至り宿泊す。昼間は蠅多きも、夜間は蚊声を聞かず。その代わりに、ランプのある所へは群蜂来たり集まる。寒暖は昼間八十度、夜間七十四、五度なり。

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