南半球五万哩

63話 第八、南米東部紀行 六三、コント教会を訪問す

1,072字 約2分 2011年10月25日 公開

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 九月二十四日(日曜)、曇り。午前、田辺氏の案内にて、フランス国大家コントの教会ポジティビストの会堂に至る。会長テセラメンデス氏の説教中なり。会堂はおよそ百坪ありて、数百人を収容すべきも、当日の参衆は総計五十二人、うち女子八人のみ。これより博物館に移る。目下修繕中にて閉鎖す。館後の水族館を一見して帰る。その周囲は当地第一の公園にして、人工をもって風致を装い、竹林の隧道の形をなせるあり。

 二十五日、雨。午前、独行して動物園に至る。里程四、五マイルあり。驟雨来たりて、衣ためにうるおう。園内ひろきも動物の種類多からず。すべてかかる学術に関するものは極めて幼稚にして、新開地の所設たるを免れず。

 二十六日、晴れ。午前、田辺氏とともに、当地第一の眺望台たるコルコバド山上に登臨す。その山容すでに奇にして、帽子の形を有す。山巓に一亭あり、登山客の休憩に備う。リオ津の全湾および全街、脚下に平敷す。

奇峰尽頭立、低首瞰遼都、脚下全街伏、恰如観地図。

(すぐれた峰の頂に立ち、下方に(リオ)市をみる。脚下に全市が横たわり、あたかも地図を見る思いがした。)

 ひとたびリオに遊ぶもの、この峰頂に登臨せざるものなしという。鉄路ありてここに上下するを得。午後、再びポジティビズム会堂に至りて、会長に面会す。その語るところによるに、ポジティビストの主義は、その本国のフランス国にはかえって振るわず、現に会堂を設けて布教する所は、英京ロンドンとリバプールと南米リオとの三カ所のみ。そのうちリバプールはロンドンよりも盛んに、リオはリバプールよりも盛んなり。全世界のコント教会中、リオ教会が第一に位す。この教会に加わるものは、なるべく肉食を廃して、菜食するを期す。飲酒は一切これを禁じ、コーヒーおよび茶ものまざるをよしとす。飲用は牛乳と湯水を限る。ただし強制するにあらず。戦争を厭忌し、平和を主張す。自衛のために他国と戦うは、今日の勢い万やむをえずとするも、自国の膨張を図らんために、ほかの国を侵奪せんとするは、絶対的に反対なり。会員の結婚式および葬式は、この会堂において行う。結婚式は、男はじめに女の前にひざまずきて誓い、女つぎに男の前にひざまずきて誓う。ひとたび結婚すれば、夫婦の間いずれがさきに死するも再婚を許さずという。リオの市中に会員一百名、賛成者二百名あるのみ。その数僅少なるも、中等以上の教育ある社会なれば、比較的勢力を有し、政治上問題の起こるごとに、必ずその意見をこの教会にただし、これを新聞上にて公表する由。けだし会員の少なきは、その規律の厳に過ぐるためならん。

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