66話 第八、南米東部紀行 六六、アルゼンチン首府ブエノスアイレスの実況
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二日、晴れ。暁窓ようやく明らかなるとき、ブエノスアイレス市の光景に接す。
紋都湾外艇、終夜泝長江、汽笛時驚夢、舞城入暁窓。
(紋都市の湾外に船をすすめ、さらに夜明けまでラプラタ川をさかのぼる。汽笛の音が時には夢を破り、やがて舞城市があかつきの船窓に見えた。)
リオデジャネイロを遼城と訳せるに対し、ブエノスアイレスを舞城または舞埃城と訳せり。しかして、紋都はモンテビデオをいう。この両都の間の巨湾は実にラプラタ川の河口にして、その距離一百二十マイルあり。全湾の色は、あたかも黄河の濁流を見るがごとし。上陸にさきだちて大塚伸太郎氏、埠頭にて迎えらる。同氏とともに止宿所に入り、かつ銀行に至る。午後、日本商松浦、滝波両店を訪う。当地は桃花すでに散じて、李白藤紫、春栄を争うを見る。夜に入りて、半輪の明月玻窓を照らすあり。しかして月を北天に望み、半輪を下辺に生ずるは、やや奇異の感なきあたわず。
三日、晴れ。朝夕はなお春寒いまだ去らざるを覚ゆ。大塚氏の案内にて公園を一覧す。その傍らに植物園、動物園あり。公園の設計はパリを模し、すこぶる広闊なれども、園池水濁りて風致を損ず。ブエノスアイレス市をリオに対照するに、山水の風景の秀霊なるは、後者の独占するところなり。市街の繁栄、車馬の雑踏、船舶の群集するは、前者の南米第一と称せらるるところなり。家屋の壮大、人口の稠密も、前者は後者をしのぐ。その人口最近の調査によるに、百二十四万六千五百三十二人を有す。すなわち、アルゼンチン全国人口六百四十八万九千二十三人の五分の一は、首府に住する割合なり。年々欧州より移住するうち、六分はイタリア人、三分はスペイン人なりという。ブエノスアイレス市の将来の発展は驚くべきものならん。
層楼櫛比舞埃城、狭路電車縦又横、日欲時人集散、肩肩轂轂撃摩行。
(高層の建物が櫛の歯のごとくならぶ舞埃城市は、狭い街路を電車が縦横に走る。日暮れ時ともなると人々の集散は激しく、肩と肩とがぶつかり合うありさまで往来するのである。)
午後四時、市中マヨ街の車馬織るがごとく、フロリダ街の行人雲のごときは、観客をしてくらませしめんとす。
四日、晴れ。午後、美術館を一覧す。外観美なるも、内容これに伴わず。すべてなにごとにも外観を飾るは、南米の民情なるもののごとし。さらに電車にて全市を一貫するに、僻隅に至れば、草原の中に平家建ての家屋点在するのみ。四時後、降雨あり。