南半球五万哩

71話 第八、南米東部紀行 七一、イギリス領フォークランド行

1,814字 約4分 2011年10月25日 公開

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 十四日、晴れ。朝七時、船モンテビデオ港に着岸す。再び滝波商店を訪い、主人の案内にて夏公園、冬公園を一覧す。この地はブエノスアイレス市と異なりて、衣食住ともに質素を守り、華奢に走らず。したがって、生活費も労働賃銀も安しという。日本の労働者はブエノスアイレス市には三百人も入り込みおるというに反し、当地には一人を見ざるほどなり。午後三時に至り埠頭にて滝波氏と相わかれ、パシフィック会社汽船オリサ号(五千三百五十九トン)に移り、六時抜錨して南進に就く。

斜陽影裏去紋都、汽笛声中没海衢、船入外洋烟漸散、一円邱上砲台孤。

(陽光斜めにさすなかで紋都(モンテビデオ)を去り、汽笛のひびくうちに航路をたどる。船は外海に進んで煙もしだいに消え、対岸の円丘上に砲台がぽつんとおかれているのが見える。)

 モンテビデオ港の対岸に一円丘の平座するありて、その頂点に砲台を設置す。当港第一の勝地とす。

 十月十五日(日曜)、晴れ。暁窓、春寒料峭を覚ゆ。

船衝碧浪向南端、雲宿亜然州角巒、日左北天光不遍、春風料峭昼猶寒。

(船はみどりの波をおしわけて南アメリカの南端に向へば、雲のわだかまる亜然(アルゼンチン)国端の山々がある。太陽は北の空にあり、ゆえに光はかたよってさし、春めく風は冷たく昼にもかかわらず寒いのである。)

 終日、雲波のほかに目に触るるものなし。

 十六日、晴れ。寒暖は五十七、八度なり。満目茫然、ただ海鵝の飛揚するを見るのみ。

 十七日、晴れ。時に至り、雨来たり風起こり波生じ、船また少しく揺動す。午後六時、煙雨の間にフォークランドの島影を見る。

孤舟衝雨立、冷霧鎖春洋、南米尽処暮、波間島影長。

(ただ一隻で雨のなかをゆき、冷たい霧は春の洋上をおおっている。南米の南の果てに日暮れるころ、波間に島の姿がながながと横たわっているのである。)

 七時、スタンリー湾内に投錨す。モンテビデオよりここに至る海程、一千三十マイルなり。内湾は一大湖のごとく、四面丘陵をもって囲繞し、湾内にありては湾口を見るあたわず。ときに風雨蕭々として来たり、先年北海道利尻島に客居せし当時のごとく、まことに絶海の孤島に来たれるの感を浮かぶ。湾内にはただ帆船二、三艘の碇泊せるを見るのみ。

 十八日、晴雨不定。たちまちにして雨、たちまちにして晴る。わが国北陸道の晩秋の気候に似たり。しかして勁風終日やまず。寒暖は五十度なるも、風強きために、戸外にては四十度くらいに感ずるほどなり。室内にてはストーブを用う。午前十時、小艇に移りて上陸せるに、波の艇中に打ち込むこと数回に及ぶ。この島は南緯五十一、二度の地点にありて、世界における英国所領中、最南端にあるものとす。全島東西二州より成り、その面積総計四千八百五十方マイル、人口二千五十人なれば、一方マイルにつき半人に満たざる割合なり。しかして牧羊の数は七十万頭ありという。全島山岳なく、また樹木なく、ただ牧草の丘上に茂るを見るのみ。地下は多く岩石より成り、所々に石骨を露出せるを見る。高丘にいたりては岩石一面に屹立し、煙を隔ててこれを望むに、初雪を冠するかを疑わしむ。樹木の生育せざるは、年中強風の絶え間なきによる。ただし、風のために雪積まず、野草枯れざるをもって、牧羊に適す。

船入極南斯旦湾、野無樹木陸無山、斜風凄雨春蕭颯、人住寒烟冷霧間。

(船は南の果てフォークランドの斯旦(スタンリー)湾に至る。野のみで樹木もなく山もない。斜めに吹きつける風とさむざむとふる雨に、春はものさびしく、人々はいてつくもやと冷たい霧のなかに住んでいるのである。)

雪風十月捲春濤、寒徹衣衾烈似刀、法句洲居何所得、一年生計在羊毛。

(雪をふくむ風が吹く十月、春さきの波を巻きあげ、寒さは着物も夜具をもつき抜けて、あたかも刀刃のような厳しさがある。法句洲(フォークランド)に住むとしたらどこに居を構えたらよいのか、ともあれ一年の生計は羊毛によって成りたっているのだ。)

 スタンリーの市街は海岸にそいて数町の間、人家点在するのみ。家屋は煉瓦造りと木造と相半ばし、いずれも低屋なり。ただ、屋根の一様に赤く塗りたるを特色とす。人口わずかに八百人、実に寒村なり。この寒村にも似ず、博物館、図書館を併置す。博物館内には当地にて採集せる物のみを陳列す。また、英国宗のカテドラル(本山)あり。晩天ようやくはれて、夕陽影裏に牧羊の草間に遊ぶを見るもまた幽趣あり。午後七時抜錨して湾を出ず。風ようやく加わり、波ようやく高く、終夜、船大いに揺らぐ。

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