72話 第八、南米東部紀行 七二、マゼラン海峡行
読み方を変える
十九日、晴れ。勁風激浪、風位西方にありて船これに逆行す。寒暖計四十二度に下る。
狂浪漲天檣欲摧、風従摩世峡間来、船牀横臥人皆病、海鵝揚然去復回。
(狂ったような波は天にとどくかのように打ち寄せ、ために帆柱をくだかんばかりに、風は摩世海峡のあいだからきたる。船のベッドに横たわる人々はみな船酔いに苦しみ、海どりが舞い上がって行くかと思えばめぐりかえってくる。)
また、狂浪の船を打ちて翻り、水煙を生ずる所に、夕陽映射して虹霓を現すを見て一吟す。
勁風吹海面、夕照射波頭、噴沫散為霧、虹霓随処浮。
(強い風が海面を吹きぬけ、夕陽が波頭を照らし、噴き上がる飛沫は霧となり、虹が随所に浮かぶのである。)
二十日、晴れ。逆風いまだやまざるも、激浪少しく収まる。午後二時より峡間に入り、右方にパタゴニア州の平原の横たわるを望み、左岸にティエラ・デル・フエゴ州の小丘陵の起伏するを見る。
船入峡間風未収、怒濤声裏夕陽収、沙原一帯平如布、知是波多伍若州。
(船はマゼラン海峡に入っても風はまだおさまらず、怒濤の音のひびくうちに夕陽がしずんでゆく。平原は平らかに布のごとくみえ、これこそが波多伍若州であると知ったのである。)
午後二時、貨物船に遭遇す。夜十一時、峡間の中点たるプンタアレナス港に入りて碇泊す。その地形港湾の形を有せざるも、西方に一帯の山脈ありて西風をとざし、港内は平穏なり。舟中吟一首あり。
凝眸日日倚船、愛見米山気象雄、春白安天峰頂雪、暁青摩世峡間風、探奇拾勝吟嚢満、酌月傾雲酒債窮、不羨故園觴詠客、東都西洛競観楓。
(目をこらして毎日船の格子窓に身を寄せてみれば、このましくみる南米の山のおもむきは雄大である。春日の安天の峰の頂は雪をのせ、あけがたの空に摩世海峡の風が吹く。勝景を探求して吟詠は袋にみち、月に酒を酌み、雲を見ては杯を傾けるうちに酒費もかさむ。うらやましくはないだろうか、故国園遊の杯をあげて吟詠する人よ、東京と京都で観楓の遊覧をきそっているだろう。)
二十一日、晴れ。風寒きも日暖かなり。市街はスタンリーよりは広く、人家また多く、チリ国極南の一小都会たり。わが船より移民約百名ここに上陸す。同市人口一万と称し、山麓の平陵に連なりて市街をなす。家屋は木造平家多く、屋根は鉄板またはトタンぶきなり。物産は羊毛、羊肉を主とす。野外に青草を見るも、山上は雪をとどめてなお白く、残冬の風致を存す。
入湾波漸穏、春草満林巒、峰頂猶留雪、風寒摩世瀾。
(船は湾に入って波もようやくおだやかに、春の草が林や丘山に満ちている。山の頂にはなお残雪が見え、風はさむざむと摩世瀾海峡に吹いている。)
モンテビデオを去りて以来、陸上には砂原草丘のみを見しが、ここに至りて林野峰巒に接せり。しかしてその風光は、わが樺太のごとく荒涼寂漠として、なんとなく太古の風致を存す。
南米尽頭船入津、草邱伏処屋成隣、行過街路望林壑、満目荒涼太古春。
(南米の南の果ての港に船が入り、草の丘の低い所に家屋が並んでいるのが見える。街路をよぎって林や山を望めば、見渡すかぎり荒涼として太古の春のような趣であった。)
背後の連山は最高千尺以下にして、眼界に高峰を見ず。この港にては関税を課せざれば、物価は比較的安し。そもそもマゼラン海峡の舟路は今より約四百年前(一五二〇年)、ポルトガル人マゼラン氏によりて発見せられ、その当時これを一過するに二十八日間を要せしとのことなるが、今は四十八時間にして航了し得るに至る。南端の外洋は風浪あまり激しく、航路至難なれば、万舶みなこの峡間を通過すという。しかしてプンタアレナスは、実にその避難港たり。余はここに来たり、マゼラン氏を追懐して一首を賦す。
極南風浪高難渡、万舶卜晴峡間駐、想見往年摩氏心、一帆賭死開航路。
(南の極まるところの風浪は高くして航海し難く、よろずの船は晴れを待ってこの海峡の港にとどまる。往年の摩氏の心中を思いみるに、帆一つに死を賭してこの航路を開いたのである。)
ここプンタアレナス市は、世界中最南の市街なりという。余はさきに北極海観光のときに、世界中最北の市街ハンメルフェストに寄航せしが、今またこの最南の市街に上陸するを得たり。当市は南緯五十三度の地点にありて、フォークランド島より西方百五十マイルの距離にあり、最南の市街に上陸するを得たり。当夜十一時抜錨し、海峡狭所に向かいて西進す。