南半球五万哩

73話 第八、南米東部紀行 七三、チリ南部の航路

1,346字 約3分 2011年10月25日 公開

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 十月二十二日(日曜)、雨。両岸の山光、雲煙を破りて暁窓に入る。千湾万曲の岸頭に、脈々の岩山雪をいただきて走るを見る所、毫もノルウェー西岸と異なることなく、その風光の美は二者伯仲の間におる。ただ遺憾なるは、雨のために遮られて、全景に接するを得ざるにあり。

峡間一路截風行、怒浪打舟窓有声、残雪白辺春自満、岩陰已見緑苔生。

(海峡の間を一路風をきりさくようにしてゆけば、怒れる波は船を打ちつけて船窓に波の音がひびく。残雪の白くみえるあたりには春はおのずと満ちて、岩陰にはすでに緑の苔のもえいずるさまが見られるのである。)

 午後に至り狭所を出でて広峡に入りたるに、両岸全く雲煙の中にとざされ、一物の目に触るるなく、逆風激浪にゆられつつ航走す。夜に入りて船の動揺ことにはなはだし。

四方の海いと広けれど、たぐひなき荒波たつはマゼランの瀬戸

 二十三日、曇り。風ようやくしずまり、雨また収まるも、残雲なお眼界をとざし、天気おのずから濛々たり。ただ太平洋の浩波の凸形をえがきて押し寄せ来たるために、船は依然として動揺を継続す。午後に至りて暫時晴空を見たるも、晩に及んでまた雨となる。

帰舟已入太平洋、仰望天涯只渺茫、峡雨嶺雲何処去、万波一碧染吟膓。

(北に向かう船はすでに太平洋に入り、仰いで天の果てを望めば、ただ広くはてもない。海峡の雨と嶺の雲もいずこにか去り、波のすべては碧一色となり、吟詠の人の腸をも染めあげるかのようである。)

 船は海岸をさる数十マイルの波上にあれば、終日チリの陸もアンデスの嶺も眼中に入らず、やや無聊を覚ゆ。

 二十四日、曇り。終日風力よりも波高く、船の傾動はなはだし。ときどき少雨あり。マゼラン峡の風、この沿岸の雨は南米の名物なりという。あたかも台湾にて「新竹の風、宜蘭の雨」というがごとし。

 二十五日、曇り。午後に至り対岸の連山を望む。三時後は濃霧に入り、汽笛を鳴らして進航す。夜九時、チリ国コロネル港内に入りて停船す。

 二十六日、晴れ。温計六十度、林野草色青く、港上の春色暁窓に映ず。

古籠岬畔暁烟収、繋纜鵬程万里舟、汽笛一声山水緑、智南春色満津頭。

古籠(コロネル)の岬のあたり、あかつきのもやが消えて、遠大な道のりである万里を越えた船をつなぎとめる。汽笛一声を発すれば山も水も緑にそまり、(チリ)南部の春景色は港のあたりに満ちている。)

 夕陽まさに落ちんとするとき、一鉤の新月西天に懸かる。その光を月球の左辺に見る。この港は石炭輸出港にして、汽船みな載炭のためにここに入る。市街は矮屋小店のみなるも、汽車の来往頻繁なるは、石炭輸送のためなり。午後五時抜錨して、夜九時タルカワノ港に入る。これ、チリ国第三に位する都会たるコンセプシオン市の要港にして、また本州の軍港たり。

 二十七日、晴れ。港内に一隻の軍艦碇泊せるを見る。

一帯臥丘傍海長、高低瓦屋映波光、阜頭戦艦吹煙坐、南米猶知講国防。

(一帯の低い丘に長く海がひろがり、高低ふぞろいの瓦屋根に波の光がてり映えている。阜頭の戦艦は煙を吹きあげながら碇泊し、南米はなお国防に力を入れていることが知られるのである。)

 午後出港。風和し波平らかにして、夕日紅を流し、半月空に印す。

 二十八日、晴れ。朝七時、バルパライソ港内に入る。

 以下、「南米西部紀行」に譲る。

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