87話 第一〇、太平洋帰航日記(付世界周遊再見) 八七、南洋の迎年
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明治四十五年一月一日(元旦)、晴れ。朝、船中に新年拝賀式あり。船長の発声にて両陛下の万歳を三唱しおわり、雑煮を味わい屠蘇を傾け、さらに領事館に至りて新年の遥拝をなし、午後市外の散策を試み、水族館に入る。異様の魚類多し。また、他方面へも電車にて遊覧す。この日の行程また数十マイルに達す。当夕、帰船して所感を賦す。
熱海波頭寄客身、学禅未達歳将新、望中雲綻漏涼月、認得破顔微笑春。
(暑熱の波の上に旅の身をまかせ、禅を学ぶもいまだ悟りを得ずして新年を迎えようとしている。一望のうちに雲のすきまから涼しげな月の光がもれ、思わず顔をほころばせ、微笑をふくんで春を待つ心境とはなった。)
天地作家波作筵、太平洋上遇新年、我元生死海頭客、不怪佳辰身在船。
(天地を家とし波をしきものと考え、太平洋上に新年を迎えた。われはもとより生死を海にたくして旅客となり、それ故にこの佳き日に身を船中においているのである。)
平洋の島にやどりて春見れば、草花さきて青葉しげれり
鶯も鳴かずそあるらん島里は、春とはいへど梅もなければ
異域の孤島にありて連軒旭旗の風に翻るを見るは、快もまたはなはだし。
一月二日、晴れ。朝、石田氏と正金銀行支店に至り、各室を一覧す。銀行の新築としては最新式なりという。さらに赤井氏と同乗して、行くこと七マイル、名所かつ古戦場たるパリ峡に遊ぶ。背面の海浜および草野を一瞰し、風光明媚、眺望絶佳なり。ただ、峡間を通過する風力強く、帽を飛ばすの恐れあり。一帯の山勢は屹然として屏風のごとし。巌頭に古戦場の由来を刻せるを見る。帰路迂回して博物館に至り、館内を一覧す。本島および南洋諸島の土人の、衣食住および風俗に関する遺物を陳列せるあり。午時、領事館にて金曜会員とともに撮影し、かつ総領事とともに午餐を喫し、ハワイ中学校に移りて講話をなす。聴衆百余名、本願寺出張所長今村恵猛氏の主催なり。当夕は赤井氏宅にて晩餐を饗せらる。食後、さらに中央学院に至りて妖怪研究の結果を演述す。聴衆満堂約三百名に及ぶ。勝又英次郎氏その校長たり。