南半球五万哩

96話 付録 一、豪州より哲学会に寄せたる書簡

1,358字 約3分 2011年10月25日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 豪州の学術界に関しては、今なお幼稚なりと評せざるを得ず。なかんずく哲学、文学に関しては、最も幼稚を極めおり申し候。

 大学はシドニー、メルボルン、アデレード、ホバートの四市に建設せられ、ブリズベーン市にも新設のことに決定しおり、各州に大学を設立する方針に候えども、そのいわゆる大学すなわちユニバーシティーは、わが高等中学程度くらいのものに見受け申し候。拙者の実際見聞せし大学は、シドニー大学とメルボルン大学との二校に候。メルボルン市には約十日間滞在せしにつき、教授にも会見し内部の情況をも聞き及び候うが、第一に文学や哲学の専門科これなく、ただアーツの科目の下にて論理学、哲学を兼修するに過ぎず。

アーツ科(古文学、歴史学、論理学および哲学、数学、近世語学)

 右の諸学を、一年を限りまたは数年にまたがりて履修する課程に候。しかして全科を修了するに三年間を要するのみに候。

 そのほか教育学、心理学、倫理学は別に二年間の教育科あれば、この方にて兼修する由に候。これを要するに、豪州の教育制度にては、初等小学より高等小学に入り、高等小学在学中に試験によりて大学に入り、三年間にて修了する程度なれば、そのいわゆる大学は、わが高等中学程度なること明了に候。

 ただし、実際の実験応用を主とする方面は、比較的進みおるように見受け申し候。なにぶん本州は新開の植民地にて、各都会みな最近五十年ないし百年の間に建設せられたる市街なれば、各州に大学の設立あるだけが、実に非常の長足の進歩と申すべきものと存じ候。

 ことに大学の建築のごときは、わが東京帝国大学以上の壮観を極め、各大学中に壮大なる図書館あるいは博物館を兼設せるがごときは、仰嘆せざるを得ず候えども、一般の人民の哲学思想に幼稚なるには、これまた驚き申し候。

 ある日、某市の紳士によりて組織せられたる倶楽部に出席し、数名の紳士と談話を交えたることありしが、拙者が哲学専門なりというを聞きて、哲学とはいかなる学問なりやとの尋問を起こすものこれあり。拙者はこれに答えて、人生の本源、宇宙の原始等を究明する学なりといいたれば、一人はこれを評してヤソ教の創世史と同一の学問なりといい、一人は歴史学に同じといい、あるいは地質学と同様なりという異説相起こり申し候。この一例によりて、哲学の知識の程度いかんを見るを得べしと存じ候。なにぶん本州は土地広く、人民少なく、事業多くして人手足らず、一方マイルに二人平均数なれば、目前の事業に追われて、悠然として明窓浄几の下に静座沈思する余暇これなし。したがって、人民の快活にしてよく活動しおるには、実に感心つかまつり候。将来の発展においても、大いに驚くべきものあらんと予想するところに候。

 本州の大学につき奇異なる現象は、女学生の多きの一事に候。メルボルン大学にては総計一千十三名の学生中、百六十一人は女学生に候。シドニー大学にては一千四百名の学生中、三百人は女学生なる由に聞き及び申し候。大学にかかる女学生の多きは無類ならんと存じ候。大学にてもその点を得意とせるものに見受け申し候。しかして女権は(婦人が選挙権を有するにもかかわらず)米国ほどに盛んならざるやに相見え、百般のことが英国三分、米国七分くらいの程度にて、英米の折衷と鑑察を下し申し候。(下略)

目次に戻る

目次