南半球五万哩

99話 付録 四、南アフリカ行より『新仏教』へ寄せたる船中奇談

3,016字 約6分 2011年10月25日 公開

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 豪州より南アフリカへ進航するに、旅費節減のために三等客船へ乗り込み、メルボルン市を出航して、喜望峰に入港するまで海路七千マイル、日数四週間の長途なれば、船中の奇談積んで山をなすほどである。その中の四、五の談片をここに掲げましょう。

 汽船は一万二千トンにして、一等客船なれども、その設備には一等二等なく、ただ三等のみである。ゆえに、その乗客は小児までを合すればおよそ三百人の多数なれども、みな中等社会もしくはそれ以下の白人と見て、その中には僧侶もあり、軍人もあり、医師もあり、教員もあれども、八、九分どおりは農工商の人である。なかんずく、商店の番頭、手代、土木の技師の人たちが多いように見受けた。まず船中の設備より申すに、日本の三等と違い、客室がありて、一人ずつの寝台が付いておる。一室内に四人入れと、八人入れとの二とおりに分かれておる。総計九十四室ありて、四百人をいるるべき寝台の設備がある。最初、日本より豪州まで、郵船会社日光丸の一等客に加わりたる慣習あるために、船内万事につきて不潔に感じたが、一週間を経過したる後は、その感じがなくなった。

 まず一室内八人室に、洗面器、コップ、尿器、各一個よりほか備えてない。朝起きるときには大混雑である。夜中は一個の尿器に八人分をたくわえるから、これまた大変だ。その器にふたがないから、風雨にて外窓を開くことのできぬ場合には、ずいぶん臭気、鼻を襲い来たる。室内の掃除は一週間一回であるが、南京虫のおらざりしは幸いであった。寝台は一室の四壁に、上下二段になりてできておる。しかして中央には、衣類をかける折れ釘がたくさん付いてあるから、八人の衣服はことごとくこれにかけてある。あたかも柳原の古着店のごとくに見ゆるは奇だ。靴みがきも洗濯も、みな船客自身でせなければならぬ。船の方では一切構わぬというきまりである。ゆえに船客はみな、靴墨から洗濯シャボンまで持参して乗りおるが、拙者は不慣れのためにその用意なく、少し閉口した。

 さて、食事のときは一層大混雑である。およそ食事の時間五分前から、ソロソロ食堂へつめかけ、鐘報を待ち構えておる。一食卓に十八人ずつ互いに向かい合わせて対座するが、給仕のボーイは一人である。しかしボーイの熟練には感心する。スープやほかの料理の皿に盛りたるものを、片手に七個くらい載せて勝手場より運びて来るに、船の波にゆられて、われわれは柱にたよらなくては歩き得ぬ所を、皿一つ落とさず、汁一滴こぼさずに運ぶのは、立派な曲芸である。幾杯かえても、たくさんの皿を少しも間違えぬのも感心である。食事は毎回二品くらいのもので、一品をなんべんおかわりしても差し支えない。拙者などはごく小食の方で、ほかの客は二倍くらいたしかにつめこむにも驚いた。日曜日の晩食に限りて果物が出るが、早く取らぬとすぐになくなってしまう。ジャガタラ芋は三度の食事ごとに卓上に積んである。毎日、朝から晩まで、この芋の皮ばかりむく役目のボーイがおる。その速やかなること、一分間に二十個の大芋の皮をむくこと容易である。これは芋むきボーイとでも呼ぶであろう。

 お茶またはコーヒーは朝食のときのみ差し出だし、昼食および晩食には一切差し出ださぬ。そこで乗客がみな、茶器、茶菓、紅茶、コーヒー、コーコー、チョコレート等、たくさん持参して載っておる。午後三時になると、おのおの己の室より茶菓、茶器を携え来たりて食堂に集まり、互いに己の菓子をほかの者に配付して、互いにモテナシをするありさまは、わが国の花見か遊山に、おのおの弁当を持参して、互いに配付しあうと同一である。また、ほかの客を招きて、己の茶を飲ましむることもときどきある。拙者は右ようのことは全く知らざるために、なんにも準備せずに乗船せしは、今回旅行の一大失策であった。

 乗客の衣服には、なんらの制限なく勝手次第なれば、十人十色である。婦人の寝巻に、日本服を着しいたるもの二人見受けた。カラーをつけておるものは一割くらいでありて、しかもその一割の九分どおりはゴム製カラーである。食堂のほかに喫煙室と読書室があるが、読書室は女子の占領、喫煙室は男子の専有の姿になっておる。そのほか甲板の上は男女共同の遊び場である。

 室内の喫煙は非常に厳重に取り締まりをなし、もしその禁を犯すものあるときは英国の刑法に照らし、十円の罰金かまたは一カ月の禁錮に処することを掲示してあるが、甲板上にタンツバを吐くことの禁制がないためにタンをはき散らす。その下に子供が寝たり、コロゲたりしておるのには、感心ができぬ。中には子供が甲板の上に小便しておるものあるが、それを見てしかりもせぬのは、奇怪である。

 入浴は勝手にできるようになっておるが、十分より長かるべからずの規則であって、着物をぬいだりきたりするに五分かかるから、実際の入浴時間は五分以内である。ゆえに垢を落とす時間がない。腰掛けはすべて板敷きであった。船中、一個の蒲団付きまたはトウ付きの椅子、腰掛けのなきには、痔持ちの拙者は閉口した。たびたび乗り慣れたる人は、自分用の椅子を持参しておる。

 食事は、はじめはマズイように感じたれども後にはオイシクなり、なかんずく、スープはいろいろの余りものを入れて煮出すとみえて、百味のあじを持っておるから非常にオイシク、毎度二杯ずつ傾けた。肉はあまり大切りにて、拙者のごとき歯の弱いものには閉口であった。

 それから毎日、昼夜にかけて遊技会、余興会がありて、なかなかにぎやかである。昼間は午前午後ともに、甲板上で遊技の競争がある。夜に入れば食事にて余興が始まる。日曜日のほかは一日も休みがない。拙者などは無芸であるから、約三十日の間傍観していたが、昼間は毎日、学校の運動会に招かれたと同様で、種々の競走を見た。その中で最もおかしく感じたるは、人が鶏のまねして闘うのと、猿の泳ぐまねをして競技したのである。そのほかの異風の競走は、わが国の運動会にて見たものと別に変わらない。競走の道具はことごとく船中にそなえてあるから、なんでもできる。

 ただ一つわが国にて見るべからざるものは、男が馬になり、女が騎手になりて競走したる一事である。男は馬のごとく、女を背上にのせながら、四足にて走りて競争するが、いかにも奇観であった。夜は余興会として、種々の隠し芸をする。あたかも寄席を見るようである。競走、競技、すべて賞与を与えることにきまっておるから、子供まで熱心になって競争する。その賞与金はときどき募集するが、おのおの競って出金するは妙だ。拙者も日本を代表して、金一ポンド(金十円)奮発して寄付した。

 つぎに、婦人の権力につきて一例を挙ぐるに、船客中に、生まれて三、四カ月くらいの赤子をつれて、夫婦ともに乗船したるものがある。毎日、亭主はその赤子をあるいは抱き、あるいは小さき行李に入れて、介抱しておるに、妻は勝手に、ほかの人々とカルタ遊びをして楽んでおるなどは、わが国において見るべからざる現象である。また、夫婦連れの中には、ほかの者と遊ばずして、終日夫婦同士のみにて、将棋やカルタを楽しみておるものもある。また、婦人しかも老婦人が、男子とともに甲板にて縄飛びをして遊んだり、男子のする運動は、女子もたいていこれに加わりて競争しておる。風俗の相違は奇態なものである。まず、船中の奇談はこれにてとめておきましょう。

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