98話 付録 三、南アフリカ行の船中より『東洋哲学』へ寄せたる風俗談
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西洋の風俗にも長所と短所とがあり、わが国の習俗にも長短があるが、その要は、かれの長を取りてわが短を補うようにせねばならぬ。今回豪州行の船名は、郵船会社日光丸でありしが、その船長の話に、前回日本帰航の際、上等船客豪州人六十人乗り込み、その中に宗教家ありて日曜に礼拝式を行い、その席に集まりたる賽銭は、日本の慈善事業に寄付するとの申し出でであった。かくして四回の日曜に集まりたる総額は二百円に達し、これを赤十字社へ寄付したとの話を聞いた。かの国は金の安い国であるけれども、一体に公共慈善に関する事柄には金を出だす国風である。
豪州より南アフリカへ渡る船中は、英人および豪州人のみなりしが、総数小児までを合すれば約三百人の乗客でありて、それがみな中等もしくは中等以下の社会である。客船がすでに三等乗客のみの設備なれば、上流の人の乗るはずはない。余が第一に感じたるは、よく活動する一事である。もとより船中のことなれば業務はないが、一刻も徒然としておることなく、朝起きてより夜寝るまで遊戯遊動に従事して、寸暇を余さぬほどである。西洋の諺に「よく働きよく遊ぶ」とはこのことであろう。
また、平日はカルタ遊びやいろいろの勝負事に狂するがごとく熱中しておるが、今回は一度も金をかけて勝負を争いたるを見ざりしは意外であった。あるいは中等社会は上等社会より風儀のよい故か、また豪州に限りてしかるかは、余の判知しあたわざるところである。また、日曜日には一切勝負遊びをなさず、閑読静話のみにて一日を送り、船中粛然として声なきありさまなるには感心した。この点につきては、上等社会よりも中等社会の方のよきことが分かる。
また、当日は午前夜分両度礼拝式があるが、旧教信者のほかはたいてい参席謹聴しておる。また、平日の運動にもなるべく多数共同して、規律正しくすることを好む風がありて、船中にて運動会を組織し、会長、幹事を選定し、これに一任して日々の遊戯の種類と時間とを定めしむるようにしてある。
乗客中、男子にして酒をのまざるものは二、三人くらいのもので、ほかはみなよく飲むも、過飲泥酔は一人もなく、喧嘩口論も一回も聞かざりしは賞賛すべき美風である。また、晩食前には必ず顔を洗い、髪をくしけずり威儀を整え、また毎朝必ずひげをそるも美風である。室外に出でては、いかに暑き日にても決して肌を外に示さぬのもよき習慣である。
子供もたくさん乗り込み、互いに気ままに遊んでおるが、トント喧嘩せぬのは妙である。船中の食事は子供の時間と大人の時間とが違う。子供の方は三十分ずつ前に食事するきまりである。食事すめば別席にて、親たちの食事の間、機嫌よく遊んでおる。五、六歳の幼児が、決してその間は親の許へ近よらぬのは実に感心である。
以上は船中にて実視したる美風の一端を、紹介までに掲げたる次第である。