婦人問題解決の急務

4話 四 女子の虚偽的行為は男子に対する正当防禦

3,220字 約6分 2020年8月28日 公開

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 さればこそ紀元前三、四世紀の交に基督(キリスト)教の羅馬(ローマ)に入り来り、神力に頼る大なる威厳を以て、千古の疑問たる婦人問題に一夫一婦制の解決を下すや、多少の反対はあったけれども、汨々(いついつ)として(みなぎ)り来る潮勢の(ふせ)(がた)き如く、ついに欧米の文明諸国に瀰漫(びまん)し、法律の上にも実現されて婦人の社会に占むべき地位は確保され、次第に一家の主人たる観を呈するに至った。しかしながらこれを男子に比すればなお甚だ低級なるものあるにより、四囲の社会的状態と婦人の自覚の開くるとに従い一種の連動を起し、ついに新西蘭(ニュージーランド)那威(ノルウェー)、北米諸州に於ては婦人の参政権を許し、近頃英国に於てもまた大多数を以て婦人に参政権を与えた。即ち欧米諸国には男女が次第に同一の地位を社会に占めつつあるのである。これに対して東洋諸国はどうであるか、その弱点多き中にもこの重要なる婦人問題の解決されぬ事は、少なくとも東洋の道徳に(いささ)かの進歩なきを証するものである。二千年前の立法者の定めた所のものを不磨(ふま)の経典として少しも疑うこと無く、これに違える新来の思想をばことごとく異端視するが如くんば、なんに由ってその国歩を進め新文明と対抗することが出来よう。

 婦人問題の解決し難きは立法者が男子のみであるからだ。元来東洋では男子の権利を認めて婦人の権利をこれと同等に認めぬが、然らば婦人をなんと見るか。婦人とて禽獣で無く男子と等しく人間である。両性並存せずんば(たね)蓄殖(ちくしょく)は無かるべく、男子と婦人とは、共に社会を構成する経と緯とである。然るに独り経を重んじて緯を軽んずるという道理はない。一体可笑(おか)しいことには用語の上より考うれば、西洋では祖国、即ち本国という語は、英語に於ても、仏語に於ても、はた独逸(ドイツ)語に於ても父の国という意味を有するに反し、東洋では必ず父母の国と称し、一方を偏重して父の国、もしくは母の国というが如きことをせぬ。これよりすれば西洋こそ男尊女卑の国であり、東洋はこれに反して両性を平等視する国で有るべきに(かか)わらず、事実の示すところはこれに反し、西洋諸国に於て早く婦人の社会上の地位を認めおるに、東洋諸国ではこれを認めておらぬ。天賦の体質の上より見れば言うまでもなく男剛女柔と分れるが、柔()く剛を制す。男子の足らざるところは女子()くこれを補い、女子の足らざるところは男子能くこれを補う。互譲(ごじょう)の精神を以て相頼り相助くるところに男女の義務が存在し、美しき道徳の根源はここに涵養(かんよう)される。即ち婦人には懐胎という自ずからなる天の使命あり、すでに分娩すれば家業は出来ず。また授乳する故に食欲は二人前にも暴進する。(しか)してその食美ならざれば乳量減ずるを以て、これを養うべく男子は平生の二倍以上に多く働かなければならぬ。これは男子にとって避くるを許さぬ義務である。しかしながら男子に養わるる女子の義務もまた甚だ重大なるものである。

 即ち第一に、懐胎分娩の苦痛の忍ばざるべからざるはもとより論なく、孩提(がいてい)の小供に添乳しまた小用をさする。更に小供がやや長じて言語を知るに至れば、一切の動作進退はことごとく母親が導かなければならぬ。小供はやがて外に出でて近隣の小供と遊戯するが、これ人間の社会生活を見習う初階で、他日社会の一員として活動する人格如何(いかん)は、おおよそこの時に於て定まるものだから、これを指導する母たる者の天職は甚だ重大である。昔から偉人の母は賢婦であるというゆえんはここに在るので、小供は感化を多く家庭に於ける母より受ける。かくの如く婦人は到底(とうてい)無器用なる男子の出来ぬ多くの労力を自らするのであって、其処(そこ)に自然に男女間の分業が行われる。が、この分業から一種の(へい)(きざ)す。女は内を守り、男は外に労するがために、外に労する男がややもすると放逸に陥り易く、ついに頽風(たいふう)汚俗(おぞく)(かも)すに至る。近来段々農村の風俗までも悪化され行くというが、その(しか)るゆえんを(たず)ぬるに、鉱山の開掘、各種の工場の開設、もしくは鉄道敷設水力電気工事という如きなんらかの請負事業でも始まると、其処(そこ)に集るものは男子の労働者であって、女子は少ない。これら男子の労働者が、無聊(ぶりょう)を慰すべく旗亭(きてい)に集るや、相手無しには飲めぬから、ついに酌婦を招いて悪巫山戯(わるふざけ)をする。するとこれが一種の御手本になって村の若者が直ちにこれに悪化され、郷党の風俗崩壊の端を(ひら)くのである。かくの如きはなんに因るかというに、婦人を内に幽屏(ゆうへい)して外に出られぬ者になしておくからである。婦人が社会に地位を占めて男子と同等の権利を有し、男子の(おもむ)く場には女子もまたこれに赴くを得るというが如くであれば、かくの如き頽風汚俗も、その発芽を見出さぬであろう。即ちその証拠には、寺とか宮とかいう所に多くの男女が相集り歌を謡い、楽を奏して神霊を喜ばしむると同時に、自らもその団体的娯楽によって鬱懐(うっかい)を散する場合には、なんらの弊害なく、低級なる三味太鼓のざんざめきで、馬鹿囃子をやる如き騒ぎをしても、かくの如き処に卑猥なる所行の現れることが少ない。これに依ってこれを見れば、婦人の解放は風俗上より熟考すべき一問題である。

 日本は従来比較的厳格なる封建制度を以て民風の廃頽を制しつつ来たものであるけれども、()かもなお十分にこれを制するを得ずして幾多の悪風を醸したが、かくの如きは畢竟(ひっきょう)婦人を人間として男子と同じき人格者と認めず、外に出でて具体的に多数の者と交わることを許さぬためである。もっとも婦人をしてこの域に達せしむるには十分なる教育が必要であるが、昔は教育は婦人に有害なりとのみ認め、女は己を愛する者のために(かたちづく)るという語も有る如く、女子はただ男子を慰藉(いしゃ)するためにのみこの世に存在するものと認められていたから致方(いたしかた)ない。而してこの極まるところは、ついに婦人をして虚偽の道徳を守らしむるに至ったのである。外敵に苦しめらるる国民は嘘を言うという事だが、これには至理が存し、女子は初中終(しょっちゅう)男子なる内敵に苦しめられているから、ついには嘘が上手になる。嘘というと一概にこれを賤しむるが、嘘は常に弱者にとっての唯一の武器である。例せばここに貪官汚吏(どんかんおり)あって苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)を事とし、一村に対して一万円の負担を命ずる事ある場合に、仮りにその村民をしてその官吏に対し五千円の賄賂を贈り、彼をしてその誅求を思い止らしむることが出来たとしたならば如何(どう)であるか。贈賄は卑劣の行為なりとするも、()かもその卑劣の行為を忍ぶことによって五千円を贈与するも、なお差引き五千円を利し得る。これ如何(いか)なる世にも贈賄の()み難きゆえんであるが、男子に対する女子の嘘もまたこの類である。女をして嘘を言わざらしめんために女大学の如き著述あるも男子のことを少しも説かず、女子に対してなんらの権利を与えず陰陽天地の理法を仮説して、それに依ってただ服従の義務を説き、女子は男子に対してあくまで柔順なれとのみ教える。夫に対して貞淑なれと教える。胎教とて、妊娠時にも、坐作進退の些事(さじ)より、一切の心得について一向厳正なれとのみ教え、(しか)して女子に対してかくの如き要求をあえてする男子の所行如何(いかん)と顧みるに、甚だ放縦不羈(ほうじゅうふき)である。(しか)らば婦人に血の有る、自己独り絶対服従を肯てすることが出来ようぞ。()かも力及ばず。これ女子の男子に対して、ついに虚偽の行いあるゆえんである。多くの女子は男子に対して佞媚(ねいび)であり、男子はややもすればこれに魅せられて身を誤る。これに於て人の国を傾け人の城を傾くると称して女子を恐るるが、諦観すればかくの如きは女子何すれぞ男子を(あざむ)かん。男子が自ら女子に欺かるるので、()かもそのここに至るは因果は廻る小車の如く、前に自ら女子を欺きたるその応報の覿面(てきめん)に示現したのに外ならぬ。即ち男子が自己に都合好き得手勝手の解説を下し、真実の婦人問題の解決を下さぬがためである。今や世界の大勢は急転直下して、社会主義が当面の問題と為りつつあるが、更にこれに譲らぬものとして婦人問題が提供され、しきりにその解決を迫っている。

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