欧米各国 政教日記

8話 第一、周遊の目的および太平洋紀行の部 第八、社会的の文明は模擬すべからず

2,396字 約5分 2012年10月21日 公開

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 政教子曰く、器機的の文明は、今日西洋に存するものをただちにわが国に適用することを得るなり。例えば汽船、汽車のごとし。西洋の舟車を買ってこれをわが国に用うるも、その実用あるにいたりては同一なり。しかるに社会的の文明、別して精神上の文明は、平易即時に模擬適用することあたわざるのみならず、その国風、民俗に応じて、その用法を異にせざるべからず。語を換えてこれを言えば、西洋の文明をひとたびわが日本の腸胃に入れ、これを消化吸収して一個の日本的の文明となさざるべからず。例えば、北米合衆国は共和政治にして、その国いたって富み、その文明いたって盛んなりといえども、決してただちにその風をわが国に適用すべからず。もし、ただちにこれを適用すれば、わが国体を害し、わが人心をそこない、わが国の生存独立の上に大影響あるを免れず。ゆえに、もしこれを適用せんと欲せば、まずその文明を消化変質して、わが従来系続せる国体の原形を保持せしむるを要す。なんとなれば、社会は一個の生活物にして、動物の発達と同一の規則を有すればなり。例えばここに一動物あり、もしこれを養育せんと欲すれば、必ず外物をひとたびその消化機関の中に入れ、これをしてそれ自体の原質に変化せしむるを要すると同一般なり。

 宗教もまたしかり。わが国には千百年来、わが国体、民情に適合せる宗教あり、西洋各国にはその国体に適合せる宗教あり。すなわち共和政治の国には、共和政治とその性質を同じくする宗教あり、米国の宗教これなり。君民共治の国には、その政体と同組織を有する宗教あり、なお英国の国教宗のごとし。君主専制の国には、その国体と同主義の宗教あり、ロシアの国教のごとし。しかして、皇統一系の国には僧統一系の宗教あり、わが国本願寺宗のごとし。本願寺宗の僧統一系は、決して偶然に起こりしにあらず、一方に皇統一系あるによる。一方に皇統一系あるは、わが古来の人民、血統を重んぜしによる。人民、血統を重んずるをもって、一方には皇統一系あり、他方には僧統一系あり。両方に血統一系あるをもって、人民ますます血統を重んずるに至るは自然の勢いなり。ゆえに、この二者互いに相助くるところあるは必然なり。もし、人みな僧統一系の非理なるを知りて、わが国の教会ことごとく自由共和主義を用いて組織するに至らば、これとともに、わが人民の血統を尊重する風習、また次第に破るるに至るべし。ゆえに余曰く、各国みな、その国に適合せる一種特別の宗教あり。これをもって欧米各国はその表面のみは一般にヤソ国と称するも、その国特有の宗派を用う。すなわち、ロシアはギリシア教を用い、ドイツは新教を用い、フランスは旧教を用い、英国および米国は新教を用うるなり。しかして、ロシアのギリシア教はギリシアおよびトルコなるギリシア教と同名異実にして、全く異なりたる組織を有し、ドイツの新教と英国の新教と米国の新教およびフランス、スイスの間にある新教は、おのおの全く異なりたる宗派にして、その組織もとより同じからず。これ、なんの理によるや。けだし、かくのごとく宗派および組織を異にするは、その国の独立上必要なる理由あるによる。

 これによりてこれをみるに、将来わが国の宗教を改良せんと欲せば、文明の元素をひとたびわが従来の宗教の胃管の中に入れて消化するを要するなり。そもそもわが国従来の宗教中、仏教のごときは悟道といい安心といい修身といい斉家といい、その教理にいたりてはヤソ教に説くところのものを含有せざるはなし。また、これを応用して実際上、ヤソ教と同一の結果を生ずることあたわざるの理なし。ただ、その教の今日に振るわざるは、教にあらずして人にあり。この人を改良すれば、宗教おのずから改良を得べし。しかして、この人を改良するは国家の文明上最も必要のことにして、現今わが国にある僧侶およそ七万人と称す。この七万人は三千七百万人の一部分にして、みな同一種の日本人たり。西洋人日本に来たりて、わが僧侶の品行下等の地位にあるを見れば、その国に帰りて必ず人に語りて曰く、日本国の野蛮推して知るべし。僧侶の不道徳かくのごとし。すなわち、僧侶の不道不徳は日本人一般の野蛮を代表するなり。ゆえに、日本国をして欧米同等の文明国となさんと欲せば、まず人を教導するをもって本職とする僧侶を教育せざるべからず。もし人ありて、わが国の僧侶はともに談ずるに足らざれば、これを捨てて外国の僧侶をまつべしといわば、これ日本国あるを忘れ、日本人あるを知らざるものなり。

 近年、世間の論ようやく移り、しきりにヤソ教を主唱するものあり、仏教を排斥するものあり。しかして、かれを主唱するものかれを知らず、これを排斥するものこれを知らず。ただ、その口実とするところ、ヤソ教は欧米諸国の宗教なり、開明社会の宗教なり。ゆえに、わが国ひとたびヤソ教を用うれば、国家を富強にすることを得べし、人知を発達することを得べし、欧米人民の愛顧を受くることを得べし、開明社会と交際を通ずることを得べしと惑えるもまたはなはだし。もしその論者に向かいて、英国のヤソ教と米国のヤソ教とその異同いかん、ドイツのヤソ教とフランスのヤソ教とその区別いかんをたずぬるときは、さらに答うることあたわざるべし。彼ただ曰く、これみなヤソ教なれば、定めて同一なるべしと。ああ妄なるかな、論者の言や。ヤソ教中の甲派の乙派に異なるは、その一派の仏教の一派と異なるよりはなはだし。かつ欧米各国みなその国固有のヤソ教ありて、宗教を論ずるもの、決してわが国のごとく、ロシアのヤソ教もフランスのヤソ教も英教も米教も混同して主唱するにあらず。宗教に一定独立の見なきは、ひいて一国の上に及ぶ。いやしくも国家の独立に志あるもの、あに戒めざるべけんや。これ、余が国家のために、欧米政教の関係を実視せんことを欲せしゆえんなり。

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