エスキモーの国から

4話 北極が暑くて困る話

1,175字 約2分 2022年3月29日 公開

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 北氷洋の中に、いくつかの氷の島がただよっている。

 それ等の島は、北氷洋中の海流にのって、ごくゆっくりと北極を中心にして廻っている。一廻りするのに約十年かかる。

 その中の一番大きい島には、T3という名がついている。ターゲット(的)三番の略称である。大部分のところ北氷洋は一面に海氷でおおわれているので、こういう氷島があっても、一寸見つけにくい。それに天気の悪い日が多いので、たいていの場合、レーダーで飛行機から見つけるのである。丁度的を射当てるのと似ているので、こういう名前がついたのだそうである。

 T3の島は、長さが九マイル、幅五マイル、厚さ七十数フィートというとんでもなく大きい氷の一枚板である。

 カナダの北氷洋岸エルズミュア島の氷河から流れ出した氷が、浅瀬のところに棚氷をつくっている。それが折れて流れ出したものが、この氷の浮島である。

 こういう氷島は、昔からたくさん知られていて、かつてソ連のパパーニンが越冬したのも、同種の氷島である。アメリカでも、五年くらい前からT3の上に観測所をつくり、そこで気象観測と海洋観測とをやっている。北氷洋の海洋観測には、これは絶好の場所である。船を一年間北氷洋に浮べておこうと思っても、それはできない相談である。この氷島なら、無料で何年でも使えるのであるから、まことに有難い話である。

 ところが、アメリカの場合、一つ困るのは、そういうところへ一人前の地球物理学者が、なかなか行きたがらない。稀に希望者があっても、夏の間暫く行くだけで、一年間越冬して、連続観測をやろうというような篤志家は滅多にいない。科学的には、そういう資料が大切なのである。

 昨年フランスのシャモニイで開かれた国際雪氷委員会の会議で、その話が出て、日本から科学者に二人行ってもらうことになった。それでこの四月、北大からK助教授とM助手とが、その島へ行って、もう観測を始めている。

 そのうちM君の方は、少なくも一年、できれば二年でも三年でも頑張るといっている。

 M君は妙な男で、昔から、北極か南極に住むことを、一生の念願にしていた。それで極地生活に身体を馴らすために、札幌にいても、冬中火の気のない部屋に住んで、湯は決して飲まず、水ばかり飲んでいた。そして生(なま)の肉や生の魚を食べる練習をしていたそうである。

 ところで先日、T3からM君の手紙がきたが、それによると、全く当てがはずれて困っているそうである。第一部屋の中が暑すぎて、全く北極の感じがしない。それに食べ物は、北海道では滅多に食べられなかった洋食を毎日くわされる。夜は映画もある。これでは何のために北極へ来たのか、わけがわからない。

 仕方なく朝の観測のときに、少し早く起きる。

 氷の島の遙か遠方まで歩いて行って、朝の冷たい空気を胸一杯吸って、辛うじて北極の感じを味わっているそうである。

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