エスキモーの国から

7話 黒い雲

1,339字 約3分 2022年3月29日 公開

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 英国の天文学者フレッド・ホイルの名は、日本にもよく知られている。新しい宇宙論の提唱者かつ解説者として彼の名は、英国でベスト・セラーになり、世界各国語に翻訳されて、広く読まれている。

 彼の説によると、太陽は死滅の道程にはなく、反対にだんだん熱くなり、将来は地球も火の球になってしまうというのであるから、おだやかでない。

 もっとも何千万年か、何億年か先のことである。

 それよりも印象的なのは、この全宇宙には、地球とよく似た自然条件の惑星が、少なくも五十万個はあるという彼の説である。太陽系だけが、宇宙で特殊の地位にあるとは考えられない。

 それで自然条件が同じであれば、生物も似たものが発生し、そこにはわれわれの人類と同じような人類が棲息していると考える方が、科学的である。

 この地球上では、何十億という人類が、やれ原爆だの人工衛星だのといって、いがみ合っている。

 そういう人類がこの地球の外にも、五十万種族くらいいるというのであるから、まさに人生観にひびく科学論である。

 ところがこの天文学者が、二年ばかり前に科学小説を書いてそれが大分評判になり、最近その普及版も出ている。表題は「黒い雲」というのである。ベスト・セラーの科学普及本を書き、今度は科学小説も書くというのであるから、いわゆる科学ジャーナリストの一人と考えられるかもしれない。

 しかし本人は正統な天文学者で、ケンブリッジで数学を講義し、アメリカの大学で天文学の講義もしている。

 今度グリーンランドへ来る途中、同行のアメリカの連中の一人が、この「黒い雲」に熱中していて、面白いから読んでみろといって貸してくれた。

 ホイルの科学書の方は前に読んだことがあり、たいへん面白かったので、今度の小説にも、一寸興味があった。それで氷冠上の長い旅の退屈しのぎに読んでみたが、結論を先にいえば、やはり科学者には、小説は書けないということに落ちついた。

 この本は、内容も着想も非常に面白いのである。

 宇宙空間にきわめて稀薄な気体があることは、現在一般に認められていることであり、それが彼の専門でもある。ところがその気体の比較的濃い気団が、宇宙の一部にあって、それが太陽系へやってくる。そして地球の軌道内にはいってしまう。そうすると太陽が完全に遮閉されるので、地球に天変地異が起こり、その後に酷寒が訪れ、生物の大部分は死滅に瀕する。

 この着想は、未知の天体が太陽系へやってくるという従来の類似本よりも、一段優れている。

 現在の科学と著しく矛盾しない未知の現象を導入した点が、みそである。その上その黒い雲が太陽系へはいったことを、天空写真と惑星の軌道異変から発見するところなど、大いに専門的であって、なかなか面白い。

 しかしいよいよその黒い雲がやってきて、地球上に大騒動が起こる顛末になると、もう書けない。「熱帯地方では、住民の三分の二まで死んでしまった。暖房設備と燃料の準備があった国では、少数の死者ですんだ」という調子の記述しかできない。

 要するに小説の部分になると書けないのである。

 後半はその黒い雲に生命があることがわかって、それと通信をするというので、奇想天外のようであるが、サイバネチックス患者の妄想であって、少々馬鹿げている。

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