鳥影

17話 (四)の四

1,375字 約3分 2008年11月11日 公開

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 挨拶が済むと、静子は直ぐ、智恵子が片付けかけた裁縫物(したてもの)に目をつけて、

『まあ()い柄ね。』

『でも無いわ。』

貴女(あんた)ンの?』

正可(まさか)! (こんな)小いの着られやしないわ。』と、笑ひ乍ら縫掛のそれを(つま)んで見せる。

『梅ちやんの?』と少し声を潜めた。

『え、新坊さんと二人(ふたあり)の。』

『然う?』と言つて、静子は思ひ有気(ありげ)な眼付をした。無論、智恵子が買つて呉れたものと心に察したので。

 智恵子は身の周囲(まはり)を取片付けると、改めて嬉気(うれしげ)な顔をして、

『よく被来(いらし)つたわね!』

『貴女は(ちつ)とも被来つて下さらないのね?』

『済まなかつたわ。』と何気なく言つたが、一寸目の遣場に困つた。そして、微笑んでる様な静子の目と見合せると色には出なかつたが、ポツと顔の赧むを覚えた。静子清子の外には友も無い身の、(富江とは同僚乍ら余り親くしなかつた。)小川家にも一週に一度は必ず(たづ)ねる習慣(ならはし)であつたのに、信吾が帰つてからは、何といふ事なしに訪ねようとしなかつた。

『今日お多忙(いそが)しくつて?』

(いいえ)、土曜日ですもの、(ゆつく)りしてらしつても()いわね?』

『可けないの。今日は私、お使者(つかひ)よ。』

『でもマア可いわ。』

『アラ、貴女のお迎ひに来たのよ。今夜アノ、(うち)で加留多会を()りますから母が何卒(どうぞ)ツて。……被来(いらつしや)るわね?』

『加留多、私取れなくつてよ。』

『マア、貴女御謙遜ね?』

真箇(ほんと)よ。随分(しばら)く取らないんですもの。』

『可いわ。私だつて下手ですもの。ね、被来るわね?』と静子は姉にでも甘へる様な調子。

『然うね?』と智恵子は、心では行く事に決めてゐ乍ら、余り気の乗らぬ様な口を利いて、『誰々? 集るのは?』

『十人(ばかし)よ。』

『随分多勢ね?』

『だつて、(うち)許りでも選手(チヤンピオン)が三人ゐるんですもの。』

『オヤ、その一人は?』と智恵子は調戯(からか)ふ様に目で笑ふ。

『此処に。』と(おとがひ)で我が胸を指して、『下手組の大将よ。』と無邪気に笑つた。

 智恵子は、信吾が帰つてからの静子の、常になく生々(いきいき)(はしや)いでゐることを感じた。そして、それが何かしら物足らぬ様な情緒(こころもち)を起させた。自分にも兄がある。然し、その兄と自分の間に、何の情愛がある?

 智恵子は我知らず気が進んだ。『何時から? 静子さん。』

『今直ぐ、何物(なんに)も無いんですけど晩餐(ごはん)を差上げてから始めるんですつて。私これから、清子さんと神山さんをお誘ひして行かなけやならないの、一緒に行つて下すつて? 済まないけど。』

『ハ。貴女となら何処までゞも。』と、笑つた。

 (やが)て智恵子は、『それでは一寸。』と会釈して、『失礼ですわねえ。』と言ひ乍ら、(へや)の隅で着換に懸つたが、何を思つてか、取出した衣服(きもの)は其儘に、着てゐた紺絣の平常着(ふだんぎ)へ、袴だけ穿いた。

 其後姿を見上げてゐた静子は、思出す事でもあるらしく(わらひ)を含んでゐたが、少し小声で、『アノ山内様ね。』

『え。』と此方(こつち)へ向く。

『アノウ……』と、智恵子の真面目な顔を見ては悪いことを言出したと思つたらしく、心持極悪気(きまりわるげ)に頬を染めたが、『詰らない事よ。…………でも神山さんが言つてるの。アノ、少し何してるんですつて、神山さんに。』

『何してるつて、何を?』

『アラ!』と静子は耳まで紅くした。

正可(まさか)!』

『でも富江さん自身で被仰(おつしや)つたんですわ。』と、自分の事でも弁解する様に言ふ。

『マア()の方は!』と智恵子は少し驚いた様に目を瞠つた。それは富江の事を言つたのだが、静子の方では、山内の事の様に聞いた。

 程なくして二人は(この)()を出た。

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