18話 (四)の五
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二人が医院の玄関に入ると、薬局の椅子に靠れて、処方簿か何かを調べてゐた加藤は、やをら其帳簿を伏せて快活に迎へた。
『や、婦人隊の方は少々遅れましたね、昌作さんの一隊は二十分許り前に行きましたよ。』
『然うで御座いますか。アノ慎次さんも被来て?』
『ハ。弟は加留多を取つた事がないてんで弱つてましたが、到頭引張られて行きました。マお上んなさい。コラ、清子、清子。』
そして、清子の行く事も快く許された。
『貴君も如何で御座いますか?』と智恵子が言つた。
『ハツハヽヽ、私は駄目ですよ、生れてから未だ加留多に勝つた事がないんで……だが何です、負傷者でもある様でしたら救護員として出張しませう。』
清子が着換の間に、静子は富江の宿を訪ねたが、一人で先に行つたといふ事であつた。
三人の女傘が後になり先になり、穂の揃つた麦畑の中を、睦気に川崎に向つた。恰度鶴飼橋の袂に来た時、其処で落合ふ別の道から来た山内と出会した。山内は顔を真赤にして会釈して、不即不離の間隔をとつて、いかにも窮屈らしい足調で、十間許り前方をチヨコ/\と歩いた。
程近き線路を、好摩四時半発の上り列車が凄じい音を立て過ぎた頃、一行は小川家に着いた。噪いだ富江の笑声が屋外までも洩れた。岩手山は薄紫に《ぼ》けて、其肩近く静なる夏の日が傾いてゐた。
富江の外に、校長の進藤、準訓導の森川、加藤の弟の慎次、農学校を卒業したといふ馬顔の沼田、それに巡廻に来た松山といふ巡査まで上込んで、大分話が賑つてゐた。其処へ山内も交つた。
女組は一先別室に休息した。富江一人は彼室へ行き此室へ行き、宛然我家の様に振舞つた。お柳は朝から口喧しく台所を指揮してゐた。
晩餐の際には、厳い口髯を生やした主人の信之も出た。主人と巡査と校長の間に持上つた鮎釣の自慢話、それから、此近所の山にも猿が居る居ないの議論――それが済まぬうちに晩餐は終つて巡査は間もなく帰つた。
軈て信吾の書斎にしてゐる離室に、加留多の札が撒かれた。明るい五分心の吊洋燈二つの下に、入交りに男女の頭が両方から突合つて、其下を白い手や黒い手が飛ぶ。行儀よく並んだ札が見る間に減つて、開放した室が刻々に蒸熱くなつた。智恵子の前に一枚、富江の前に一枚……頬と頬が触れる許りに頭が集る。『春の夜の――』と山内が妙に気取つた節で読上げると、
『万歳ツ。』と富江が金切声で叫んだ。智恵子の札が手際よく抜かれて、第一戦は富江方の勝に帰した。智恵子、信吾、沼田、慎次、清子の顔には白粉が塗られた。信吾の片髯が白くなつたのを指さして、富江は声の限り笑つた。一同もそれに和した。沼田は片肌を脱ぎ、森川は立襟の洋服の鈕を脱して風を入れ乍ら、乾き掛つた白粉で皮膚が痙攣る様なのを気にして、顔を妙にモグ/\さしたので、一同は復笑つた。
『今度は復讐しませう。』と信吾が言つた。
『ホホヽヽ。』と智恵子は唯笑つた。
『新しく組を分けるんですよ。』と、富江は誰に言ふでもなく言つて、急しく札を切る。