60話 (十三)の二
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二人は暫時言葉が無かつた。
静子はそれを、屹度兄の信吾の事とは察した。が、兄の事を思ふだけに、何と訊いて可いか解らなかつた。
稍あつてから、
『え? 何の事私が誤解してるツて?』と静子が再言ふ。
『言はずに置くわ、私。』と、思切り悪く言つて、清子は漸々首を上げる。
『アラ怎うして?』
『兄の事……ぢやなくつて?』
清子は羞し気に俯向いた。
『清子さん、私何も、貴女の事悪くなんか思つてゐやしなくつてよ。』
『アラ然うぢやなくつてよ。それは私だつて能く知つててよ。』
二人は懐し気に目を見合せた。
『私此の家に嫁た事、貴女可怪いと思つたでせう?』と、稍あつて清子は極悪相に言つた。
『でもないわ……今になつては。』と、静子は心苦し気である。静子は、アノ事あつて以来兄信吾の心が解りかねた。そして、その兄の不徳を、今又一つ聞ねばならぬといふ気がすると、流石に兄妹であれば辛くない訳に行かぬ。が、又、目の前の清子を見ると、この世に唯一人の自分の友が此人だと言ふ許りなき慕しさが胸に湧いた。
『済まないわ、このお話するのは!』
『マ清子さん!……貴女其に……私になら何だつて言つて下すつたつて可いわ。貴女許りよ、私姉さんの様に思つてるのは!』
『……私ね……真箇の姉妹になりたかつたの。貴女と。』
然う言つて清子は静子の手を握る。
『解つてよ。』と、静子は聞えるか聞えぬかに言つて、眤と眼を瞑ぢた。其眼から涙が溢れる。
『嬉しいわ、私は。』と清子は友の手を強く引く。二人の涙は清子の膝に落ちた。
そして言つた。『私信吾さんに逢つて頂いてよ、此方の方の話があつた時……忘れないわ、去年の七月二十三日よ、鶴飼橋の上の観音様の杜で。』
『………………』
『私甚に……男の方は矢張気が強いわねえ!』
『何と言つて其時、兄が?』
『……此家へ来る事を勧めて下すつたわ、アノ、兄様は。』
『マ然う!』と静子は強く言つた。そして、
『……済まなかつたわ清子様、真箇に私……今迄知らなかつたんですもの。』と言ふなり、清子の膝に泣伏した。
『何も其様に!』と清子も泣声で言つて、そして二人は相抱いて暫泣いた。
『詰らないわねえ、女なんて!』と、稍あつて静子はしみ/″\言ふ。
『真箇ねえ!』と清子は応じた。
二人の親みは増した。
九月が来た。
信吾の不意に発つて以来、富江は長い手紙を三四度東京に送つた。が、葉書一本の返事すらない。そして富江は相不変何時でも噪いでゐる。
肺を病んだ五尺不足の山内は、到頭八月の末に盛岡に帰つて了つた。聞けば智恵子吉野と同じ病院に入つたといふ。
浜野の家――智恵子の宿では、祖母の病気が悪くもならず癒くもならぬ。
お利代は一生懸命裁縫に励んでゐる。時には智恵子から習つた讃美歌を、小声で小供らに歌つて聞かしてる事もある。村では好からぬ噂を立てた。それは、お利代も智恵子に感化れて、耶蘇信者になつたので、早く祖母の死ぬ事を毎晩神に祈つてるといふので。――そして、祖母の死ぬのを待つて函館の先の夫の許へ行くのだ、と伝へられた。
快く晴れた或日の午前であつた。昌作は浮かぬ顔をして町を歩いてゐた。そして郵便局の前へ来ると、懐から二枚の葉書を出してポストに入れた。――昌作は米国に行くことも出来ず、明日発つて十里許りの山奥の或小学校の代用教員に赴任することになつた。――その葉書は盛岡の病院なる智恵子と山内に宛てたもの。――山内には手短く見舞の文句と自身の方の事を書いたが、智恵子への一枚には、気取つた字で歌一首。
『秋の声まづ逸早く耳に入るかゝる性有つ悲むべかり。』
渋民村に秋風が見舞つた。(大尾)
(附記。この一篇は作者が新聞小説としての最初の試作なりき。回を重ぬる六十回、時歳末に際して予期の如く事件を発展せしむる能はず茲に一先づ擱筆するに到れるは作者の多少遺憾とする所なり。他日若し幸ひにして機会あらば、作者は稿を改めて更に智恵子吉野を主人公としたる本篇の続篇を書かむと欲す。}
〔「東京毎日新聞」明治四十一年十一月~十二月〕