4話 福沢先生の日常生活
読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
読み上げの速さ
組み方
かの医師弁護士などの住居を見ると玄関は立派、応接室には美しい書籍――而かも要りもせぬもの――を飾っておどかすにも拘わらず、勝手元はなにやら怪しげなのが多いようだが、福沢先生にはそんな事が微塵もない。座敷へ通ってみると花が活けてある。お嬢さんが踊りを踊っている。三味線を弾いている。先生は平気で煙草を吸いながら、面白そうに見たり聞いたりしている。奥さんも傍に聞いている。親戚が来ても一緒に聞うじゃないかという風である。宛然俗人の家で、学者の生活としては実に平凡極まるものである。しかのみならず訪問客には坊主もいれば神主もいる。俗人も山師も新聞記者も種々雑多なものが来ている。先生閑があると、煙草盆を下げて出て誰にでも会って話をする。気に喰わぬから門前払いを喰すとか、仏頂面をして話すとかいう事が更にない。誠にはや平凡なものだが、これも先生の凡人主義から来ておるので、先生の眼から見れば、君子も小人も学者も俗人もない。すべてが凡人で、彼も凡人我も凡人であるから、凡人同士の集合に、誰彼の差別のあるべきはずがない。ここが間口も奥行も一切平等なる福沢先生の純凡人主義の極致で、我輩の大いに敬服するところである。