瞼の母

3話 〔序幕〕 第三場 冬の夜の街

577字 約1分 2014年9月2日 公開

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江戸の、とある街。

真黒い冬の夜。辻番所(つじばんしょ)が半分だけ見える。

中くらいの商人の母が、杖をつき提灯をさげて通る。その息子が後から急いで追いつく。

商人  おッかさんおッかさん、おッかさんてば。

母親  おうおう直ちゃんか。もう帰ってきたのかい、寒かったろう。

商人  思いの外早かったでしょう。どうでしたおッかさん。今夜の手品は面白かったろう。

母親  ああ面白かったよ。あすの晩はあたしが留守番をするから、お前達夫婦で行っておいでよ。

商人  そんなに面白かったんですか、よかったねおッかさん。おぶって行ってあげましょうか。

母親  有難いけれど、若い者がみっともない、わたしはボツボツ歩くからいいよ。

商人  構やしませんよ夜ですもの。夜でなくたって子が親をおぶって行くのに、笑う人があるもんですか。おッかさん老いては子に従えですよ。倅のいう事を聞かないと叱られますとさ。

番場の忠太郎、頬冠りをして通りかかり、佇んで見ている。

母親  ホホホホ。息子に叱られては怖いから、それではおぶって貰おうかしら。

商人  それがようござんす。さあおッかさん。どッこい。おッかさんなんか軽いのだもの、何でもありゃしませんよ。おッかさん寒かったらわたしの肩の処へ顔を押ッ付けるとようござんすよ。

忠太郎 (母子を見送り、羨望に耐えず)仕合せな、お袋さん、息子さんだ。(口の中で)羨ましいなあ。

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