3話 三
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伊良湖岬は、天下の絶勝と言つても、決して溢美ではなかつた。其他に、私は何処にかうした大きな眺めを持つたシインを発見したであらうか。伊豆の海岸か、否。駿河の海岸か、否。紀伊の海岸か、否。それは伊良湖が持つた一部の比較を求めれば、それに匹敵するに足るほどのものはないことはないかも知れないけれども、しかもその大きなシインには――?
岬頭に達する路から、伊勢海の静かな波が見えると共に、一度岬頭の砂山を越せば、太平洋の怒濤が凄じい勢で押寄せて来てゐた。それには、南洋からの椰子の実だの、難破船の破片や器の断片などが絶えず打寄せられた。そこからは、神島、答志島を隔てゝ、志摩の安乗の灯台の火光をも望むことが出来れば、沖の汽船の烟の静かに靡くのをも見ることが出来た。岬頭から右に恋路ヶ浦を伝つて行くと、その長い砂浜は漸く尽きて、小さな絶崖の砕けて海中に落ちてゐるさまが次第にその前にあらはれて来た。その海中に落ちたものゝ中には、石門の形をしたものなどがあつて、怒濤が常に寄せて来ては砕けた。
伊良湖に行つたものは、誰でも神島に渡つて見たくなるであらう。それほど島は眼の前に近く、怒濤の中に漂つてゐるのであつた。私は幸ひに、便船があつたので渡つて見た。名だたる水道だけあつて、それは想像することも出来ないほどそれほど波濤が高かつた。血気盛んな船頭が十人近くも曳々声を出して艫を操つても、それでもともすれば、舟は潮に流されるほどであつた。島には桂光院といふ寺があつた。そこに私達は一夜泊つた。
島の西南の隅に、大きな玄武岩の洞窟があつた。かなりに奇観であつたのを私は未だに忘れない。
嵐雪の文集の中に、この附近で、しけに逢つて辛うじて此島の一角に避難したことなどの書いてあつたのが思ひ出された。